凍てつく夜空。
吐き出す息が白く曇る。
暦の上では春を迎えたはずなのに、身にしみる寒さは和らぐどころか厳しさを増した気がする。

「さむ……」

肩を震わせ、閑静なオフィス街を抜けて最寄り駅に向かう。
道すがら、行き交う人々の中に、仲睦まじいカップルがやたらと目に付いた。
なんでやろ、と思ってふと腕時計をみれば、今日の日付は2月14日。
わかりやすい答えとともに脳裏に浮かぶのは去年までの甘い想い出。
やけど、今日はこのまま帰ってもあの部屋には明かりひとつ灯っていない。

自業自得や。

口元が自嘲に歪む。

仕事にかまけてひなとすれ違い続きだった日々。
彼女にだって仕事があるのに、俺はすれ違いの責任をひなに押し付けて、八つ当たりばかりしていた。
最後に彼女を見たのは、秋雨の夜。
確か何でもないようなことに俺が苛立って起こった喧嘩。

『大っキライっ!』

そう叫んで玄関を飛び出したひな。
いつもの喧嘩、少しすれば戻ってくる。
高を括って、俺は彼女の後を追おうともしなかった。
けれど、いつまで経っても玄関の扉が開かれることはなくて。

その意味に気がついた時には既に後の祭り。

ひながいない日々はモノクロフィルムのように退屈で。
彼女を喪って初めて、自分がどれだけ彼女を愛していたのかということに気づかされた。

「あ、雪」

通りすがりの誰かのそんな呟きが耳を掠めた。
灰色の空を見上げれば、白く淡く光る小さな粒がひらひらと舞い落ちてきていた。

人一倍寒がりやったひな。
こんな日に出掛けた時は、冷え切った彼女の手をつないで暖めてたっけ。

何を見ても何をしてても、思い出すのはひなと過ごした時のことばかりで。
この雪のように降り積もる後悔で、心が押し潰されそうやった。



幸せそうな街並みとは正反対の、暗く沈んだ気分で辿り着いたアパートの前。
伏せた視界の端に映ったのは、女性モノのブーツと白いコートの裾。

ひなの好みに似とるな、なんて思いながら顔をあげると。

「あ……、」

そこには戸惑ったような表情を浮かべた彼女本人がいた。

どうして、と訊きたいことは沢山あった。
せやけど、それよりも。

「ひな!」

目の前の彼女が幻ではないと確かめたくて。
腕の中に閉じ込めれば、コート越しに伝わるほのかな温もり。

あぁ、なんて愛おしいんやろう。

「ごめん……っ!」

ホンマはこの後に色々と言葉が繋がらなあかんのやけど、謝らなあかんことが多すぎて、これしか口をつかなかった。

「わ、私のほうこそ、ごめんなさい〜……」

腕の中で涙ぐむ声。
驚いて身体を離すと、ひなの潤んだ瞳と視線がかち合う。

しゃくり上げる彼女の言葉に耳を傾けると、出てったことに対する謝罪と、飛び出した手前、連絡するにもできなかったこと。
そして、俺と同じように後悔してたこと。

「もう、こんなこと、言えた立場じゃない、かもしれないけど、私、やっぱり蔵と一緒にいたい……!」

彼女の言葉が終わるか否か、俺はもう一度ひなを強く抱き締めた。

それは俺が言いたくても言えんかったこと。
そして、決してひなからはきけないと思ってた言葉。

「……ホンマにええの?」

あんなにも酷いことをしてきたのに。

とても出来た男ではなかった俺。
そんな俺がひなの隣にいてもええんかという思いが拭えない。

「離れて、気づいたの。私、やっぱり蔵が好」

き、が音になる直前、彼女の唇を塞ぐ。

二度と同じ過ちを繰り返さないと誓う口付け。

「俺もや。ひな以外は愛せへん」

泣き腫らした瞳が驚いたように瞬く。

「こんな俺やけど、二度とひなを泣かせたりはせんと誓うから……」



Frozen in my heart




(俺のそばにいてくれますか? という問いの答えは、久しぶりの笑顔と、彼女が頬に落としたキスだった)





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