「ひなー、そろそろ出んと学校遅刻よー?」

階下から母の呼ぶ声がする。

「いかない。調子悪い」
「そんなこと言って……。昨日も一昨日も母さん帰って来る頃には元気にゲームしてたじゃない」
「調子悪いったら悪いのっ! 絶対行かないっ!」

部屋に入ってきた母に、そう言い返して布団の中に潜り込む。
暫く部屋にとどまっていた母だけど、私がてこでも動かないことを理解すると、諦めて出て行った。
多分溜息混じりで、学校に欠席連絡をしてるんだろう。

「絶対行かない」

そんな母に多少申し訳なさを感じないでもなかったが、私の意思は揺るがない。

だって学校なんか行ったって、何もいい事ないんだもん。

今週の頭から絶賛プチ不登校中な私。
理由は先週末、仲の良い幼馴染とその先輩で組んでるバンドで集まった時のこと。



***


「え、解散?」
「おん」

春の卒業イベントで、歌うことになってる私たち。
そのイベントを最後に解散すると、作曲兼ベース担当の光が、突然宣言した。

「ど、どうして?」

このバンドは2年前、私たちがまだ中1だった時、1つ上の謙也君に誘われて、私と光、それに謙也君の弟の翔太君を加えた4人で結成した。

「私たち、謙也君と同じトコ行くんでしょ。今度からは高等部の音楽室でやれば、」
「それができんのや」
「何でっ!?」
「俺、四天宝寺の高等部へは行かへんねん」

正に青天の霹靂。
外部へ転出していく人が全くいないでもないけれど、幼い頃からずっと一緒だった光とは、これから先も離れることはないと思い込んでいたから。

「嘘……」
「嘘やない」
「謙也君はっ!? このバンド作るって言ったの、謙也君だよね。解散しちゃっていいのっ!?」

リーダーの彼に話題を振れば、謙也君は困ったような顔をした。

「このバンドは財前おらんと曲がないからな。しゃーないんちゃう」
「翔太君はっ!?」
「俺も兄貴たちに賛成。ずっとおんなじ曲ばっかやっててもつまらんし」
「そんな……」

諦めきれない私と、淡白なみんな。

なんでそんな簡単にやめようなんて言えちゃうの?

「……ない」

私だけ置いてけぼりにされてるみたいで悔しくて、悲しくて。

「解散するなら、私、もう歌わないっ!!」

泣いて音楽室を飛び出した。
そしてみんなに会いたくなくて、今に至る。

「……何でこうなっちゃったのかなぁ」

耳に当てたイヤホンから流れるのは、私たちの演奏。
1番楽しかった頃の思い出。

ずっとこれが続くと思っていたのに。

ぐすんと鼻を啜って、腫れぼったい瞼を閉じた。



***



それからどれくらいの時間が経ったんだろう。
部屋の外がやけに騒々しくて、それで目が覚めた。

そして、寝ぼけ眼をこすりながら、のろのろと起き上がったのと同時に、部屋のドアがバンっ! と激しい音を立てて、文字通り蹴破られた。

「ぎゃあっ!? な、ななな何勝手に入ってきてんの!!」

道場破りの如く部屋に押し入ってきた光に、条件反射で枕を投げるも、ヤツは華麗にスルー。

「喧しい。ひなが全然学校来ぃひんからやろが、ボケ」

半眼で見下ろすこちらを見下ろす光。

「しょーがないでしょ、体調悪いんだから」
「嘘つけ。叫ぶ元気あるクセに。仮病なんはバレバレや」
「う……」

ほれみろ、と、じとっとした視線を向けられた私は、押し黙るしかない。
暫く無言の睨み合いをしていた私たちだけど、光が一つ溜息をついて、視線を外した。

「その……、悪かったな、学校かわること、ずっと黙ってて」

そしてベッドの端に腰掛けた光は、話しにくそうに、口火を切った。

「やっぱり、謙也君たちにはとっくに知らせてたんだ?」
「……おん」

おかしいと思った。
冷静な翔太君ならともかく、謙也君が突然光の話を聞いて、あんな風に落ち着いてるはずがない。

「なんで言ってくれなかったの」
「言うたら、お前泣くかと思って」

言うに言い出せなかった、と謝る光。

「ホンマは外部進学するかどうかも、めっちゃ悩んだんや。なんやかんやでひなや、先輩らと一緒やと楽しいし。やけど、やりたいこととか考えたら、エスカレーター式に進学する訳にはいかんくて」
「で、光はやりたいことを選んだんだ」
「……おん」

光のやりたいことが何なのかは知らない。
でも、目標持ってる光は眩しくて、どんどん私との距離が開いてくみたいで、さみしくなる。

「……なぁ、ひな。ひとつ自分に頼みがあるんやけど」
「……何よ」
「ちゃんと学校来いや。……お前とおんなじクラスになれるのも、これで最後なんやから」

ぶっきらぼうな口調は、少しだけ暗くて、もしかして光も寂しいのだろうか。

「自分で外部進学決めといて、情けないって思うやろ」

思い切って訊ねると、光はそう言って苦笑いした。

それが、すごく意外で、私は目を瞬かせた。

「それから、もう1コ」
「今度は何?」
「歌って。俺はお前の歌が聴きたくて、曲作ってたんやから」

まるで告白みたいな言い草に、胸が高鳴る。

でも、もしかしてこの期待も全然ハズレじゃないのかも。
だって、歌えと言ったあとの光の顔が、少しだけど赤いから。

「光がそんなに頼むんなら仕方ないかな。でも、私からも1コ条件」
「……なんやねん」

「光が私に学校来て欲しい理由をちゃんと教えて。そしたら学校も行くし、光の歌、歌ってあげる」
「……まぁ、しゃーないか」

がしがしと頭を乱暴に掻く光。

「いっぺんしか言わんから、ちゃんと聞いときや」

そう宣言した後、光が紡いだ言葉は、私を動かすのに充分過ぎるものだった。



魔法のコトバ




翌日。
(なぁ、兄貴)
(なんや、翔太)
(ひな先輩復活はええんやけど、俺ら、完全にお邪魔虫とちゃう?)
(翔太……、それは言うたら負けや……)





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