日中散々猛威を振るった太陽も、今は水平線の彼方へ落ち、僅かながら涼やかな風が吹くようになった。

「ちゅうても、まだ暑いけどな……」

提灯の連なる屋台の列を横目にみながら、手であおぐ。
昼間の灼熱地獄のような暑さではないけれど、突っ立っているだけでもじっとりと汗ばむくらいには暑い。

こういう日はクーラーの効いた家の中でごろごろするに限るのに。

小さく嘆息。

普段出歩かんような日に、外におるんは、ひな先輩に夏祭りに行きたいとねだられたからや。
受験生になった先輩は補習やら模試やらでめっちゃ忙しいらしく、夏休みも片手で数えられるほどしか会うてへん。
そんなひな先輩からのお誘いとあって、つい張り切ってしまい、約束の時間の30分前から、待ち合わせ場所である大木の下で待ちぼうけ。

こんな暑いなら早よから来るんやなかった。

浮かれとった少し前の自分がアホらしく思えてくるのと同時に、喉の渇きを覚えて、屋台でラムネでも買うてこようかと足を動かすと。

「光ーっ!」

喧噪の中でもよく通るひな先輩の声。

「おそ……」

パタパタと駆け寄る足音。
「遅いっスわ」と続くハズやった言葉は、振り返った瞬間、どっかに消えた。

「ごめんね、遅くなって。浴衣着るのに予想以上に手間取っちゃって……」

爽やかな水色地に、薄紅の撫子柄の浴衣。
珍しく結われた髪には、柄の色に合わせた涼やかなとんぼ玉の簪。
そして、程よく抜けた衣紋と露わになっとる項が、普段は感じられへん色気を醸し出しとる。

これは、反則やろ……。

どこぞのエクスタ部長と違って、髪フェチでも項フェチでもないけれど、鼓動が高鳴るのを止められへん。

「えと、光……?」

悶々とする俺の視界でひらひらと振られる手。
暴走気味の思考回路から抜け出すと、少ししゅんとしたひな先輩と視線がかちあう。

「やっぱり変、かな……?」

俺が黙っとったことに不安を覚えたんやろう。
先輩は眉を下げて自分の姿を見回した。

「別に……、悪ないっスわ」

似合うとる、と素直に言うことができなくて、つっけんどんな物言いになってまう。

こんなんじゃ、余計にひな先輩がっかりさせてまうだけやないか。

「よかった」

俺の心配をよそに、顔を綻ばせるひな先輩。
褒め言葉らしいことは全然口にしてへんのに、何故。

「だって光の“悪くない”は、“いい”ってことだから」

2年間一緒にいるからわかるよ。

そう言って誇らしげに笑う先輩。

……あぁ、ホンマこのヒトには敵わへん。

そう自覚する一方で、負けを認めるんが悔しくて、「あっそ」とまたしてもぶっきらぼうな相槌だけ打って、そのまますたすたと屋台の列に向かって歩き出す。

すると、「待って」と背中から追いかける声。
わざと少し先に進んでから立ち止まると、思ってたよりも後ろから、カランコロンと下駄を鳴らして、先輩が追ってくる。

そっか。浴衣やから歩きにくいんや。

そのことに漸く思い至り、先の自分を少し反省。

「ん、」

追いついた先輩に対して、左手を差し出す。

「ひな先輩、歩くのトロすぎっスわ」

相変わらず捻くれた言い方しかできないけれど、意図は伝わったらしく、先輩は驚いたような顔をしつつも、その手をとってくれた。

……あぁ、今日の俺は絶対どうかしとる。

こんな校区の祭なんて誰かおるかわからんような場所で、手繋ぐとか、普段の俺なら絶対しないのに。

それもこれも。

「ひな先輩の浴衣姿が可愛すぎるせいや……」
「何か言った?」

自然と零れとった独白。
キョトンとした顔の先輩と目が合えば、抱きしめたい衝動に駆られてしまう。

……ホンマ、何やねん、今日の俺。

「……何も」

衝動のままに行動するんをなけなしの理性で食い止めて、先輩から顔を背ける。

「……光」

そんな俺を知ってかしらずか、柔らかな声が名前を呼ぶ。

「何スか?」
「大好き」

脈絡無視した“好き”の一言と同時に、きゅっと左腕に抱き着く先輩。

……全く。
かろうじて理性を維持しとるだけやっちゅうのに。

ひな先輩が、俺の心中を知るはずもないことは仕方ない。
せやけど、このまま何もしないのも癪に触る。

「……ひな先輩、わかってはります?」
「何を?」

俺の問いに顔を上げる先輩。
せめてもの意趣返しとして、その額に、そっと唇を寄せた。

「!?」
「襲われても文句の言えへん距離やで?」

ニッと口角を吊り上げると、顔を真っ赤に染めるひな先輩。
その顔に、今度はちゃんと唇にキスしたいと思ってしまったんは、また別の話。



夕闇のときめき




(……光のバカ)
(とか言うて、抱き着いてくるとか、説得力ないですわ)
(だって、朱い顔見られるの、恥ずかしいんだもん……)
(…………ひな先輩、あんまひっつきすぎると、マジで襲いますで(胸、あたっとるっちゅうねんっ))





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