「ん゛……」
額にひんやりとした感触。
「漸く起きたか。お前、いびき煩すぎ」
自分が何故寝ていたのかも定かでない状況の中、かなり失礼なことを宣う淡泊な声。
「ざ、いぜん……?何で……?」
寝起きで掠れる声で問い掛ければ、彼は呆れたように溜息を漏らした。
「狙いすましたかのように、俺の目の前でぶっ倒れたヤツがよう言うわ」
「そうなの……?ごめん」
「ホンマにな。お前、くっそ重かったし」
「う゛……」
ぐさりと痛いトコをつく言葉。
財前の辞書には多分オブラートって単語は登録されてないんだろう。
「ていうか、財前がここまで運んでくれたの?」
まともに働きだした頭で彼の言葉を咀嚼して気づいた驚きの事実。
「……何や、文句あるんか」
「いや、全然」
少し意外だとは思ったけど。
何せめんどくさがりの財前だし。
最悪捨て置かれてもおかしくない。
「……五十鈴川、今めっちゃ失礼なこと考えとるやろ」
「そ、そそんなことないよっ」
じとっとした視線にたじろぐと、「やっぱ放っときゃよかった」とそら恐ろしい台詞がきこえてくる。
「……ま、冗談はこのくらいにしといて……。ほれ」青ざめた私に、ペットボトルを投げて寄越す。
「塩たした濃いめのスポドリ。とりあえず飲み」
「あ、ありがとう……」
一旦ペットボトルに口をつけると、半分以上を一気に飲み干してしまった。
「美味しい……」
渇いた身体に沁み渡るみたい。
「全部飲むなら飲んでええで。もう1本あるから」
それをきいて遠慮なく残りを飲み干す。
「おかわりっ!」
「ほれ」
両手を差し出せば、財前は苦笑を浮かべ、言葉通りもう1本を放り投げてくれた。
「財前って、こういうコトもできるんだね」
新しいペットボトルも半分くらい飲み干してしみじみと言うと、財前は「あのな、」と前置きした上で。
「俺、テニス部やから」
熱中症対策くらい心得とるわ。
そう言い返されて、漸く自分が倒れた原因を思い知る。
「私、熱中症だったんだ」
「……真昼間の運動場で倒れたんやから、ほぼ間違いないやろ。保健医おれへんから不確実やけど」
さっきから財前がせっせと動いていると思ったら。
「先生いなかったんだ?」
「んなもんおったら、とっくにお前の世話押し付けとるわ」
「ですよねー」
うん、自分以外の誰かがいた場合、財前がすすんで看病するなんてことは多分ない。
もしかして、心配して傍にいてくれてたのかも、何て期待するだけ無駄だ。
「で?」
「何?」
「具合は?」
と問われ、改めて自分の体調を確認すると、倒れる前まであった気持ち悪さとか、頭痛とか、全部嘘みたいになくなっていた。
「すこぶる良好?」
「ホンマに?」
ごく自然な動作で、大きな掌が額にあてられる。
「熱も……、ないな」
不意打ちの仕種に、心臓が不規則に脈打つ。
「まぁ、まだ少し顔赤いから、もう1時間くらい休んどき」
……誰のせいだよ。
「ほな」と踵を返した背中に向かって、口には出さず、心の中だけで文句を言う。
財前の手がふれた額が、いつまでも熱い気がした。
冷めない微熱
(……本気で期待しちゃうじゃん、バカ)
back