目を開けると、真っ白な空間が広がっていた。
ぼんやりしている脳が、それを純白のカーテンに四角く区切られた天井だと認識するまで、更に数秒を要した。
「……ここ、どこ……?」
「保健室や。五十鈴川さん、倒れたの、覚えてへんの?」
完全に独り言のつもりで漏らした問い掛け。
まずそれに返事があったことに驚いて。
更にその声の主が誰なのか判別できると、それまで半分霞みがかってた神経回路が、一気に覚醒した。
「白石く……っ!?」
横たわっていた身体を勢いよく起こすと、視界がぐらつく。
「っ、急に動いたらあかんっ!」
そのままのけ反って、ベッドに倒れるはずだった身体を支えてくれた逞しい腕。
「ご、ごめん……」
しゅんとうなだれると、白石君は、「頭打たんでよかった」と柔らかな笑みをみせて、そっと私の身体を横たえさせてくれる。
「……もしかしなくても、ここまで運んでくれたのって、白石君だったり……?」
看病に手慣れたふうなのと、彼が保健委員だったことを思い出して、おそるおそる訊ねると、白石君は、何でもないことのように頷いた。
……やっぱり。
対する私はその答えに、がっくりと肩を落とす。
これはぜっったいバレたよね……、私の体重。
「ごめん、重かったよね……」
「いや、全然。むしろ軽すぎるくらいや。ちゃんとご飯食うてる?」
と、どこかの漫画にありそうな台詞を宣って、白石君は私の額に氷とタオルをあてがってくれる。
「あー、最近はあんまり食欲ないかも。暑すぎて」
さっきの質問に正直に答えると、白石君は困ったように眉を下げた。
「そういうときは多少無理してでも、食わなあかんで。でないと体力なくなってまうから」
「はぁい」
白石君は真面目な顔で、母親みたいなことをいう。
そんな彼に対して素直に返事をすると、「いい子いい子」と撫でられた。
「ホンマ気をつけてや。俺、五十鈴川さんに倒れられると心配でたまらんのや」
学校イチのアイドルといっても過言ではないくらい人気を誇る白石君。
そんな人に、心から心配してるような表情で、そんなことを言われたら、うっかりときめいてしまうじゃないか。
それがたとえ単なるクラスメイトのひとりに向けたものだったとしても。
「……白石君ってさ、実は結構罪つくりな人だよね」
「は?」
ぼそっとそう漏らすと、白石君は心外なと言わんばかりに、目を見開いた。
「白石君にその気がなくても、さっきみたいなこと言われたら、女の子は誰だって勘違いしちゃうよ」
「……あんな、五十鈴川さん」
思ったことをそのまま口に出すと、白石君は少しムッとして、盛大な溜息をついた。
「俺、そんなタラシやないで」
「そうなの?」
確かに悪いタラシではないだろうけど。
生徒教師関係なく、老若男女に好かれてる実績からすれば、白石君は紛れもない人タラシだ。
「それに、いくら俺が保健委員やっちゅうても、意識してへんコをここまで世話せんよ」
白石君の真剣な瞳が、真っ直ぐに覗き込まれると、顔中に熱が集まる。
ぼふっ。
「五十鈴川さん?」
頭の下にあった枕で真っ赤になってるはずの顔を隠す。
「……やっぱりタラシだ、白石君」
たった一言で私の心を掻っ攫ってしまったんだから。
「こんな俺は嫌い?」
しょんぼりした声が降ってくる。
「嫌い、……じゃ、ない、よ……」
我ながら捻くれた答えだと思う。
こんなんじゃ、白石君に幻滅されてしまうかも。
「素直やないな、五十鈴川さん」
くすりと、呆れたような笑い声。
「この手は“好き”ってイミにとらえてええの?」
無意識に掴んでたのは、ベッドの端に置かれてた白石君の指。
そんな私の手を包みこむように握り返した白石君の問に、かろうじて、顔を隠したまま首を縦に振ると。
「……おおきに、五十鈴川さん」
握られたままの腕がするりと持ち上がり、手の甲に柔らかな感触が落とされた。
熱中症注意報
(私の身体に篭った熱は当分下がりそうにない)
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