「はぁ、ホンマあのヒトらようやるわ……」
遅い秋の嵐のせいで、完全に陸の孤島と化したU‐17合宿所。
搬入が遅れとるらしい肉(タコ焼きかケーキやっちゅう話もあるが)を、雑用係になった青学の1年が隠し持っとるとかで、盛大な争奪戦が勃発した。
そら、毎日毎日エラいハードなメニューをこなさなあかんうえ、娯楽に乏しいこの合宿所では、好きなモンを食えるっちゅうんが唯一の息抜きやけども。
それの為に削れる体力は正直俺には備わってへん。
「汁粉缶が売り切れてへんのが救いやな」
自販機のボタンを押すとあったかい汁粉がガコンと落ちてくる。
「あ、光だ」
これでゆっくり自室で過ごせるわと思っていたら、ここでは珍しい女の声。
その主の顔は見ずともわかる。
やっていつも1番近くで耳にしとった声やから。
「五十鈴川……、」
ゴトンっ!
何気なく振り向いた瞬間、俺は手にしていた汁粉缶を床に落とした。
薄手のTシャツに浮かぶ曲線的なボディライン。
珍しく下ろされている髪は、風呂上がりなのか、艶やかに濡れていて。
「どしたの?」
当の本人は自分の格好を気にした様子もなくキョトンとしとる。
「お前……、なんちゅうカッコしてんねん」
「……別に、フツーじゃない?」
首を傾げて、自分の姿を見回して答える五十鈴川。
「下着が透けてる訳でもないし、屋内完全暖房だから風邪も引かないし」
確かにそうやけど。
「今はマズイねん、色々と」
「色々って何よ?」
比較的フラストレーションが溜まってへん方やと思う俺かて、危うく理性の箍がはずれかけた。
野獣のように肉だかなんだかの争奪戦を繰り広げとる先輩らに見つかったら、たちまち餌食になってまうやろう。
「とにかく細かいことは気にせんと、これ羽織れ」
寝間着として持ってきとった私服のジャージを無造作に五十鈴川の肩にかけてやる。
「んで早よ部屋戻れ……って、何ニヤついとんねん」
かけてやっただけのジャージに袖を通して、笑み崩れる五十鈴川に半眼を向ける。
「光の匂いがするなって思って」
ガンっ!
予想もしなかった彼女の返答。
身構えとらんかった分、その破壊力は甚大で、思わず壁に頭をぶつけた。
「だ、大丈夫っ?」
おろおろとこちらを除き込む五十鈴川。
「…………、お前、今みたいな台詞、他のヤツらの前で絶対口にすんなや」
「え、私、何かマズいこと言ったっけ?」
目を瞬かせる彼女に溜息が出る。
無自覚もここまでくると犯罪や。
じとっとした視線を向けると、五十鈴川は脅えたようにたじろいだ。
「……ほれ、」
無自覚無防備なこいつに、言いたいことはごまんとあったが、肉争奪戦に参加しとる危険な連中に鉢合わせさせんようにするんが先決やと判断して、手を差し出す。
「部屋まで送ったる。今日は物騒やから」
「物騒って、夜道じゃないんだから」
「屋内でも色々あるんや」
「今日の光は過保護だね」
多分五十鈴川はあのバトルに遭遇してへんのやろう。
冗談やと思うたんか、くすくすと笑って手をとった。
「でも、」
「?」
「少し嬉しいかも」
はにかんだような声に「何で?」と肩越しに問うと。
「だってこうして光と2人きりなの、久しぶりだから」
脈打つ衝動を、すんでのところで押し止める。
平静を保つため、敢えて2人きりやっちゅうことを思考から追い出しとったんに、何でこうもサラっと、理性の崩壊を招くようなことを言うんや、こいつは。
「…………お前、俺に襲われたいん?」
「め、滅相もないっ!」
「やったら、ちょい黙っとき」
横目に釘を刺すと、彼女はしゅんとうなだれる。
そして、マネージャーたちの部屋に辿り着くまで終始無言を貫いた。
「変な争いに巻き込まれたなかったら、今日はもう部屋から出るんやないで」
「うん」
五十鈴川ら、マネージャーたちの部屋の前。
「ほな」
彼女が俺の忠告に頷いたんを確認し、自身が平静なうちにこの場を去ろうと踵を返したが。
「待って、」
意に反して右側にひかれる身体。
条件反射で首を巡らすと。
――――ちゅ、
頬に触れた柔らかな感触。
不意の出来事に思わず固まる。
「今日はありがとっ!おやすみなさいっ」
真っ赤な顔をした五十鈴川。
彼女は逃げるようにして、勢いよく扉を閉めた。
「……今のは反則やろ」
ずるずると壁にもたれて座り込む俺の独白は、ただ虚空へと溶けていった。
ヒミツの裏側
(……くそ、これじゃ眠れへん……)
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