「財前くーんっ!」
「ざーいぜーんくーんっ!」
時は7月20日。
夏休みとは名ばかりの、補習づけの日々がスタートして1日め。
昼休みに入るや否や、四方八方で、とある名前が叫ばれていた。
「そっちいた?」
「ううん、そっちはっ!?」
「もうっ、ホントどこにいるのっ」
目の前ですれ違った女子たちが、彼を見つけられなかったことを確認しあって、それぞれまた別々の方角へ猛ダッシュ。
……全くよくやるわ。
昼休みなんてせいぜい30分。
貴重なランチタイムを人捜しに費やしてる彼女らに賞賛半分、呆れ半分の視線を送る。
「そっちはー!?」
「ダメーっ!テニス部部室もぬけの殻ーっ!」
ひとつ下の階に向けてだろうか。
校舎からの問い掛けにグラウンドに点在するワンピース姿のひとりが、これまた大声で返事をしていた。
確か今日は35度を越える猛暑日のハズ。
茹だるような真昼間に外出るなんて、私は絶対したくない。
したくない、んだけど。
左手に握ったケータイが震える。
新着メールを開けば、「早よ来い」の4文字だけ。
今すぐ大声あげたいくらいの苛立ちを飲み込んで、盛大な溜息に変える。
そして、辺りに誰もいないのをぱぱっと確認して、校舎の最上階の、更に上へと続く階段口を開けた。
「あつ……」
埃っぽい階段を上りきって、屋上へと続く扉を開けると、燦々と照り付ける太陽と、むわっとした熱気が、私の肌を直撃した。
その瞬間、心が折れ、回れ右して教室に戻ろうとした――んだけど。
「遅い」
それを阻止する頭上からの声。
「パシらせといて文句言うな」
理不尽な苦言に、ムッとした表情を向けるも、ソイツは意に介した様子もなく指で早よ来いと訴えてくる。
言いたいことはごまんとあるけど、大声をあげる訳にもいかないので、とりあえず全て飲み込んで、傍らにある梯子を昇る。
「こっちや」
姿が見えないのでキョロキョロしてると、彼は給水タンクの陰からひょっこりと顔を出した。
「ん」
私がかろうじて存在するタンクの日陰に入るなり、片手を差し出す目の前の男、財前光。
「ん、じゃないでしょっ!急遽購買にダッシュした私の、」
「おおきに」
私の文句を遮ったお礼の言葉。
珍しく素直な財前に、明日は真夏なのに雪でも降るんじゃないかと不安になった。
だっていつもだったら、こっちの苦情なんかどこ吹く風といった呈で黙殺するのに。
「ただでさえあっついのに、鬱陶しい小言なんか聞いてられんわ」
「何だとっ!?」
前言撤回。
人を小馬鹿にしたように鼻で笑う財前はやっぱ財前だった。
大体、ただでさえ暑がりのクセに、何処よりも暑い屋上にいるのがまず間違ってる。
同じ暑がりの私からしてみれば、自殺行為だ。
「せやから五十鈴川に、冷やし善哉買うてこいって言うたんやん」
「私をパシらせるのをさも当然のように言わないでくれる?」
「しゃーないやろ。屋上への階段室の鍵、壊れてるんを知ってんの、俺とお前だけなんやから。まぁ、五十鈴川がここをその他大勢に知られてもええならええけど」
「それはヤダ」
そもそも、私がうっかりしてなければ財前だってこの場所は知らなかったハズなのに。
今じゃ私よりもコイツのほうが、ココを活用する(主にサボるために)回数は多い気がする。
今日だって結局午前中は1コマも補習に出ていな……い。
「あれ、じゃあ何でガッコいるの?」
思い返して浮かぶ疑問。
来たところでサボるんなら、いっそ家にいればいいじゃないか。
そうすれば、プレゼント攻撃仕掛ける女の子から逃げなくてもいい訳だし、私もパシらされなくてすんだのに。
「……別に、そんなん俺の勝手やろ」
私の疑問は財前にとって都合のよろしくないモノだったらしく、さっきまでより数段不機嫌な声が返ってくる。
それでピンと来た。
サボり魔財前がわざわざガッコに来たのは、何か理由があるのだと。
「やっぱプレゼント欲しいとか?」
「アホ」
「じゃあ誕生日に会いたい誰かがいるとか?」
「…………」
無言の返答。
でも、一瞬だけ彼の目が見開かれたから、どうやら図星のようだ。
「誰誰っ、誰に会いたいの?」
「あー、うっさいわ、アホ」
世間的にはクールな(私にとってはそうでもないけど)財前を動かす相手に興味があって、彼を問い詰めると、顔面を片手で押し返された。
テニス部の面々……は、わざわざ会いにこなくても、会えるだろうし、きっと財前がうざがっても、勝手にお祝いしそうな気もする。
テニス部マネについても同様。
じゃあ、才色兼備な委員長?
それとも隣のクラスのフランス人形みたいに可愛いあのコとか……。
男子に人気のあるコを列挙してみても、財前の反応は変わらず。
「じゃあ誰よ?」
「…………や」
「は?」
返ってきたのは、いつもの財前らしくない小さな呟き。
上手く聞き取れなくて、もう1度訊ねると、予想外の答えが飛び出した。
「せやから、お前や」
思考、停止。
「やから、今日俺が会いたかったのは、五十鈴川なんや」
固まる私に、薄く色づいた財前の小綺麗な顔が迫る。
「イミ、わかるやろ?返事は?」
真夏の逃避行
行き着く先は
行き着く先は
(誕生日おめでとう。好きだよ、財前)
(彼の問いに頷いて、そういうと、財前は嬉しそうに笑った)
(彼の問いに頷いて、そういうと、財前は嬉しそうに笑った)
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