どうしても好きになれない奴って、長い長い人生の中でひとりやふたりいると思うんだ。あんまり占いとか信じる方じゃないんだけど、相性って結構明暗分かれるんじゃないかなって、この年になって初めて思ったり。
「なにジロジロ見てんねん、ブス」
この隣の席の男、財前がそのことを教えてくれた。今までそんなこと思ったことなかったんだけど、席って本当に重要だ。嫌な奴が隣だってだけでこんなに学校生活が苦痛になるなんて。
『悪かったね、可愛くなくて。どーせ私は可愛くないですよ』
「開き直った。ブスが開き直ったらもう終いやで」
『心配どーも』
財前も財前だ。私のこと嫌いなら話し掛けなかったらいいのに。正直私だって面倒だ。こうして休み時間になる度に立ち上がって、仲の良い友人の席まで避難しないといけない。ああ、本当に面倒だ。
「窓際でこんな良い席やのに。隣がみょうじやなかったら最高やのになー」
『…あのさあ』
「なんや」
『そんなに私のこと嫌いなら話し掛けなかったらいいじゃない』
溜め息を残して嫌いな席を後にする。一ヶ月の我慢だ。長い人生の中のたった一ヶ月。あれ、でも青春の一ヶ月って貴重じゃないか?中二の一ヶ月なんてかなり重要じゃん。なんか考えてたらイライラしてきた。財前のばーか!
放課後にはやはりもうイライラも収まっていた。財前の言うことを真に受けるからイライラするんだってわかってるんだけどなかなか難しい。
運悪く今日は日直だった。書き忘れていた日誌を教室でひとり書いていると雨の音がしだした。暗くなっている空。ああ、終礼の後真っ直ぐ帰れてたら夕立になんてあうことなかったのに。
どうせ濡れるなら急ぐことない。ゆっくり雨の音を聞きながら日誌を書いていく。暫くすると教室の扉が開いた。そこにはもう一人の日直さんがいた。
「みょうじ」
『うん』
財前はそれから何も言わず、隣の席に座って顔を伏せた。何やってんだと一瞬思ったが、聞くだけ野暮だ。触らぬ神になんとやら。私からは何も仕掛けないでおこう。今こうして教室に来たのも、きっと雨で部活が中止になったとか、そんなところだろう。面倒なことは避けたい、そう頷いていたのに財前が沈黙を破った。
「日誌」
『うん』
「ごめん。書かんくて」
本当に財前から発せられた言葉なのだろうか。それさえも疑ってしまうような内容だった。財前は未だ机に顔を伏せている。どんな顔してるのかさえわからない。だからか緊張してしまっている私がいる。
『い、いいよ。財前、部活あるじゃん』
「うん。やから忘れてた」
『私暇だしさ。あ、そんなこと言ったら財前に可哀想とかって馬鹿にされそうだ、しまったぁー』
自分でイライラの種をまいてどうする私。馬鹿馬鹿と自分に言い聞かせていると隣からプッと笑い声がした。財前の方を向くと、机に伏せたまま、顔だけを私の方に向けていて、目が合った。
「なに一人で漫才しとんねん」
笑っている財前、初めて見たかも。だからか、つられて私まで笑ってしまった。なんだ、財前も可愛いとこあるじゃん。
そうしてまた日誌に視線を戻してシャーペンを走らせた。
二度目の沈黙。二度目は不思議と、この沈黙が嫌いではなかった。変なの。ほんの少し前までは話すのも面倒だったのに。二人で聞いている雨の音まで心地良く感じた。
「昼休み」
『え?』
「昼休み、みょうじさ、俺がお前のこと嫌いなんやったら話し掛けんなて言ったやろ」
『うん』
なんだろう。胸が高鳴ってる。なんで。私、財前の言葉に期待してる?ドキドキしてる意味がわからない。
「俺、ほんまは嫌いじゃ、ないから」
顔が熱くなったと思えば財前はまた机に顔を伏せてしまった。もしかしてこんな赤くなってるのは私だけなのか。財前はどんな顔してるんだ。伏せてしまうなんて、ずるい。こんな一言で今日まで浴びせられた罵声の数々をなかったことにできるとでも思っているのだろうか。心では、もう許してしまっている私が、そんな意地悪なことを思ってしまった。
『嘘つき』
「…え?」
『嘘つきだね。財前も』
自分の気持ちなんて、今はまだよくわからない。
『そして、私も』
でも、好きという気持ちと嫌いという気持ちはよく似ているような。そんな気がした。
(雨が上がったら一緒に帰ろう)(そう、財前に言ってみようかな)
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以前沙織さんにお会いした時に、是非にと頼み込んで書いていただきました(*^_^*)
もうこのツンツンデレ感がね、たまらんのですよ。
好きなコほど意地悪しちゃうなんて、可愛いじゃないですか…!
見た目大人びてるのに、恋愛沙汰には不慣れな財前がいい! というので私と沙織さんは意気投合しました。
これからも、素敵な財前書き続けて下さい!
沙織さんのお誕生日には白石君送ります(^O^)/
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