はなのいろ


窓の外。
舞い散る桜。
その下を真新しい制服に身を包んで、笑顔を振り撒く新入生。

「はぁ〜……」

社会科準備室からその光景を眺めて、盛大な嘆息を漏らす。

「どないしたん、菅野?」
「またひとつ歳を取ってしまった……」

毎年春が来る度、切なくなる。

周りの友人は結婚したり、してないコだって、カレシはいて。

「私だけ相変わらず独り身のまま……」

今年こそは、と思うのに、出会いもないまま季節だけが過ぎていく。

「自分今年でいくつやっけ?」
「27」
「で、カレシいない歴は?」
「にじゅ……って何言わせるつもりよ、このちゃらんぽらん教師っ!」

室内だというのに頭にくたびれたチューリップハットを載せて、「おーコワ」とわざとらしい表情を作るのは渡邊オサム。

「もうちょいおしとやかにならんと、男も寄り付かへんし、生徒にも恐れられるでー?菅野センセ」
「余計なお世話って言ってるでしょっ!」

渡邊は中高6年間を四天宝寺で共にした同級生で、現在は同じ歴史教師。
しかも、学生時代も同じ硬式テニス部に所属してた私たちは、教員になった今もまた揃ってテニス部顧問になっている。

全く腐れ縁にも程がある。

「どうせ縁があるならもうちょっとマトモな人がよかった」
「うわ、ひどっ!それ俺がマトモやないみたいやん」
「室内で帽子被ってて、かつ季節を問わずトレンチ着てるあんたのどこがマトモなの?」
「マトモやん。外見ヘンでも仕事はできるし」
「自分で言うな!」

ドヤ顔の渡邊に手刀を落とす。
コイツの言うことが嘘ではないのが逆に腹立たしい。
渡邊率いる男子テニス部は全国常連。
生徒からの授業の評判もいい。

それに対して、女子テニス部は地区大会止まり。
授業の評判も可もなく不可もなく。

学生時代の頃から、私はこのちゃらんぽらん男に敵わない。

「やって俺要領ええもん」
「どーせ私は要領悪いですよーぅだ」

えっへんと言わんばかりに胸を張る渡邊に対して、舌を出してそっぽを向く。

ホント自覚的なトコがムカつく。

ガバッと乱暴にノートパソコンを開いて、仕事に向かう。

渡邊とこれ以上話してたら、新学期から般若の形相になりかねない。

「そないな扱いしたらパソコン壊れるでー?」

無視。

「もしもーし、菅野さーん?」

無視。

「そないに怒らんでも、馬鹿にしとる訳やないで?」

……いっそ耳栓でもしてやろうか。

意図的に無視してるのにもかかわらず、尚も話を続ける渡邊に苛立ちが募る。
完全にシャットダウンするために、耳栓代わりの音楽プレーヤーを取り出そうと机の引き出しに手をかけた瞬間。

「一生懸命努力しとる菅野、ええと思うで。俺は好きや」
「は……?」

さっきまで遠回しに人をけなしてたヤツが何を言うか。

引き出しに触れた手を止めて、胡乱げな視線を投げると、渡邊は僅かに眉を上げた。

「聞こえんかった?菅野のこと好きって言うたんやけど」
「……お世辞をどーも。ちゃんと仕事するから、もう邪魔しないで」
「ちょ、待ちぃや!」

にっと笑うその顔がどうにも胡散臭くて、早々に話を切り上げようと背を向けた肩を、がしっと掴まれた。

「……何?」
「菅野、今の言葉冗談やと思うてるやろ?」
「だとしたら、何?」

職場における何気ない会話の一部分。
しかも相手は日頃から冗談交えた会話をしてる渡邊。
さっきのを冗談もしくはからかいのネタ以外の何と捉えたらいいのか。

「はぁ〜……」

こちらを見下ろす渡邊の顔を睨みあげると、大きな溜息。
しかも「ホンマ鈍いヤツ」とか失礼なことまで宣う始末。

「な、」
「いくら俺でも、冗談で好きやなんて言わへんわ」
「え、」

反論の先を制して、渡邊の瞳が、真っ直ぐに私を捉える。

「菅野が好きや。人柄がとかそういうんだけやない。恋愛対象として、好きやねん」

せやから。

渡邊の顔がゆっくりと近づく。


「恋人いない歴、俺と一緒に終わらせん?」


耳元で囁く低音に不覚にもどきりとした。



はなのいろは
うつりにけりな いたずらに
わがみよにふる ながめせしまに




(菅野、答えは?)
(……タバコ止めるんなら考えてあげる)

((悔しいから絶対好きなんて言ってやんない))



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