かささぎの
無人の改札を抜けると、身を切るような冷たい風が吹き荒ぶ。
手袋をしていてもかじかむ手を温めようと息を吐けば、それは夜色を白く濁らせた。
「あー、さむ……」
ひとりごちて見上げた空には、無数に輝く白い星。
街中のネオンもすっかり消えてしまった時間帯のせいか、都会で見る星空にしては数が多い気がする。
多分、精神的に余裕があれば素直に綺麗だと思えた光景だけれど、今の私には感じる寒さを助長させるだけ。
師走という名の通り、12月に入ってから急に忙しさが増した職場。
休日を潰したり、今日みたいに終電ギリギリまで粘っても、まだまだ仕事は残ってる。
おかげで会いたい人に会うどころか、電話さえもできない始末。
それが更に心のゆとりを奪っていた。
ヴーヴー。
大きな溜息をついた途端、コートのポケットで震えるスマートフォン。
職場からだろうか。
時間外の呼び出しも増えてきた近頃、嫌だな、と思いながら画面をみると。
「!」
表示されていたのは社名や同僚の名ではなく、ずっと会いたかった彼の名前。
「もっ、もしもしっ!」
片方の手袋を外して、慌ててロック画面を解除。
『こんばんは』
焦る私とは対照的に、落ち着いた低音ボイス。
『もしかして、起こしてしもた?』
「ううん、今まだ外だから、電話とるのに手間取って……」
何コールも待たせたせいだろう。電話の向こうで申し訳なさそうに眉を下げてるであろう彼の姿が、容易に想像できた。
こんなことがあるなら、したままスマホ弄れる手袋買っておけばよかったかな。
『まだ外……って、どこにおるん?』
驚き半分、お咎め半分みたいな口調の彼に、先程降りた駅の名前と残業で遅くなってしまったことを告げると。
『詩歌も大変やなぁ。せやけど女の子がこないな時間にひとり歩くんは、あんまよろしくないで?』
呆れたような口調でお小言。
過保護な彼の性格は熟知してるけれど、今日みたいな日に言われると、カチンとくる。
「そりゃそうかもしれないけどさぁっ!」
だからつい返す言葉が刺々しくなってしまう。
……やだな、せっかく話せたのに喧嘩になっちゃうの。
そして口に出した瞬間、後悔が襲う。
『せやから、』
突然途切れた電話。
焦ってもう1度通話ボタンに指を合わせた瞬間。
「!?」
「そーいう時は俺を呼びや」
急に肩を後ろに引かれたことに驚く間もなく、機械を介さない彼の声が頭上から降ってきた。
「く、くらっ!?」
目を瞠る私の視界一杯に、反対の終電に乗ってたんやと、悪戯を成功させた子供みたいに笑う彼の顔が映る。
「久しぶり、詩歌」
必然的に彼の胸に背中を預ける形になってた私の身体を、ぎゅっと抱き締める蔵。
こういう甘え方をする時は、滅多なことでは弱音を吐かない蔵が参ってる時のサイン。
「……だいぶ、お疲れ?」
苦笑気味に訊ねると、数瞬の間の後、小さく縦に首が振られた。
「……ごめんな。ホンマはそないなことないって言いたかったんやけど」
かっこ悪い、と恥じらう彼に、
「ううん、私はこうしてちゃんとホントのこと言って貰えるの、嬉しいよ」
だから、弱音こぼしたって良いのだと伝えると、
「おおきに。詩歌はいつもそう言うてくれるから、顔みた瞬間、安心して取り繕うこと忘れてしもたわ」
困ったように、だけどどこか嬉しそうに笑う。
「詩歌は?」
「え?」
「詩歌も随分大変そうやったやろ。疲れてへんの?」
「んー……と、そうだねぇ」
立て続けの残業とか色々嫌なこともたくさんあったけど。
「蔵に会った瞬間、忘れちゃった」
あれだけささくれだってた心も、今は不思議と凪いだ海のように穏やか。
私にとって、蔵は即効性の精神安定剤みたい。
「俺にとっての詩歌とおんなじやな」
どんなに辛い時でも、嫌なことがあっても、会った途端に気持ちが軽くなる。
「私たち、ホント似た者同士だね」
こちらを見下ろして微笑む蔵を見上げる形で笑みを返す。
彼の頭上で輝く満天の星空も、ついさっきまでとは違って、今はすごく綺麗だと素直にそう思えた。
かささぎの
わたせるはしに おくしもの
しろきをみれば よぞふけにける
(今は真逆の季節だけれど、星の川に架かる橋が、私たちを引き合わせてくれた気がした)
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