あまつかぜ
※ヒロイン死ネタ
苦手な方はブラウザバックでお戻り下さい。
揃いの制服を身につけた生徒達で賑わう通学路。
何ひとつ変わらない、いつも通りの風景。
ただし、俺の隣に詩歌がいないことを除けば。
隣にいない原因が喧嘩とかやったら、まだよかった。
学校に行けばクラスで会えるから。
でも彼女はもうそこにもいない。
それどころか、この世界のどこを探しても、彼女はいない。
改めてその事実を思いおこすと、鼻の奥がツンとして、胸が締め付けられた。
***
「おはよーさん」
「……はよ」
明るく振る舞う謙也に、気のない返事をして、自分の席に座る。
隣は詩歌の席。
彼女がいなくなっても机を片すことはせず、その死を悼んで、一輪挿しがおかれていた。
「……あれ?」
やけど、彼女の死を思い知らせる花が、今日はない。
「謙也、ここの花は?」
「は?」
前に座っとる謙也に訊ねると、怪訝な顔をされた。
「机に花なんて何縁起でもないこと言うてんねん」
「は?」
声のトーンこそ普通だが、謙也の表情が、信じられんモンをみたと言っている。
そりゃ、俺やって信じたくなかった。
やけど、先日彼女の葬式にも参列して――
「ホントにね」
そんな思考を遮る女子の声。
それは、どんなに聞きたくても、もう二度と聞けないはずのもので。
「蔵ノ介は彼女の私に死んでほしい訳?」
勢いよく振り向けば、拗ねとる詩歌の姿。
「ほら、今もユーレイでもみたみたいな顔してる」
驚いて二の句が継げん俺に対して、詩歌は「ひどい」と口を尖らせる。
「そんなに嫌われてたんだ……」
「んなことある訳ないやろっ!」
しゅんとしょげた詩歌を思いっ切り抱きしめると、確かな温もりが伝わってくる。
「ちょ……蔵ノ介、ここ、教室……っ!」
焦ってもがく彼女にはお構いなしに、その温度を逃さないよう、ぎゅっとする。
……あぁ、夢やない。
華奢な身体の柔らかさも、髪から香る仄かなシャンプーの匂いも。
確かに彼女は生きている。
その現実を失わないように、強く強く腕の中に閉じ込めた。
***
それからの1日はほぼいつも通り。
授業受けて、詩歌と屋上で昼ご飯。
部活に行けば、前と変わらずサポートしてくれて。
そして暮れなずむ街を手を繋いで帰る。
きっと昨日までの俺は悪い夢をみてたんや。
詩歌がいなくなるなんてあるハズない。
漸く、そう思えたのに。
幸せな夢の終わりは、唐突に訪れた。
「蔵ノ介、ここでいいよ」
いつもみたいに詩歌の家へ送る途中、急に彼女がそう言った。
まだ彼女の家まで5分くらいかかるのに。
「え、何……、!?」
何故、と問い質す言葉は声にならない。
やって、彼女を透かして夜色に変わる街が見えたから。
「ごめんね、もういかなくちゃ」
どこに、なんて訊かなくてもわかる。
それでも問おうとした声は、掠れた呼吸音にしかならなかった。
「私、蔵ノ介に出会えて幸せだったよ」
キラキラとまばゆい光の粒が詩歌の身体を包んでいく。
「っ、嫌だ、詩歌……っ!」
彼女を喪いたくなくて、必死に繋ぎ止めようとしても、詩歌に触れることができない。
「一緒にいられなくてごめんね」
「っ、嫌や嫌やっ!」
子供のように駄々をこねる俺に向けられた彼女の笑顔。
「愛してくれてありがとう――」
伸ばした指先が詩歌の鼻筋に触れる直前で、彼女の姿が掻き消えた。
「いくな、詩歌っ!!」
自分の叫び声で目が覚める。
滲んだ視界に映る天井へと伸ばした掌。
最後に彼女に触れたそれを閉じてみても、ただ虚空を掴むだけやった。
あまつかぜ
くものかよひぢ ふきとぢよ
をとめのすがた しばしとどめむ
(キミのいない世界で、俺はどうやって生きればいい?)
-6-
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