ちはやぶる


昨日までの雨が嘘のように、晴れ渡る空の下。
真っ白な教会の屋根の上にある鐘が、盛大に祝福の音を奏でると、荘厳な扉が開いて、一組の新郎新婦が現れた。
至る所に残る露が、陽の光を受けてキラキラと輝いている様は、まるで万物全てがあの2人を祝福しとる様にみえた。

……やとしたら、心から2人を祝えない俺は、背徳者なんやろうか。

純白のドレスに身を包んだ彼女――詩歌が、同じく白のタキシードを纏った財前の隣で笑う度、胸の奥が締め付けられる。

なして、彼女の隣に立っとるんが俺やないんやろう、と。


数年前まで、その場所は俺のもんやった。
せやけど、俺は自らそれを手放してしもた。

彼女の信頼を裏切って。
彼女の心をめちゃくちゃに傷つけて。

後から、彼女がどれだけかけがえのない存在やったか、思い知らされることも、わからんまま。

そして、それまでの自分を反省して、もう1度、詩歌とやり直そうと決意した時には、既に彼女は、財前の横で笑うてた。

あの時、あんなことしなければ。
もう少し早く、自分の幼さに気が付いて、彼女に謝っていれば。

今のこの瞬間を、詩歌の隣で迎えられていたんやろうか。


「蔵っ!」

後悔の念に囚われていると、懐かしい響きが耳朶を打った。
声を聞いただけやのに、胸が高鳴るのは、あの頃と変わらない。

「来てくれたんだね」

ありがとう、と微笑む彼女に、どういたしまして、と返す。

「せやけど、招待状届いた時は驚いたわ。……呼んで貰えるとは思ってへんかったから」

苦笑混じりにそう付け足すと、詩歌は、少し困ったように眉を下げた。

「私もね、最初は迷ったの。でも、色々あったけど、やっぱり蔵は大切な人だから。……私にとっても、光にとっても」

ね、と彼女が隣に立つ財前を見上げると、相変わらずの仏頂面で短く「っス」とだけ返ってくる。

“大切な人”。
そのフレーズが、心臓を貫く。

彼女が指す“大切”が、自分の思うそれとは別物やったから。

今日この場に来ると決めた時、覚悟しとった。
これでもう2度とあの頃には戻れんくなるって。

でも、現実を突き付けられると、想像以上に苦しい。

「詩歌、部長に渡すもんがあるんやろ」
「あ、そうだった!」

そんな俺を知ってか知らずか、目の前で仲睦まじいやり取りを交わす2人。

……ホンマ、見せ付けてくれるな。

胸の痛みをごまかすために、俯いた口の中で、自嘲をこぼした時、視界いっぱいに花が広がった。

「!?」
「これ、あげる」

驚いて顔をあげると、詩歌がウェディングブーケを差し出しとった。

「あげる……て、投げんでええの?」

フツーはブーケトスして、結婚願望のある女性達がそれを受けるんと違うんやろか。

浮かんだ疑問をそのまま口にすれば、詩歌は「いいの」と笑う。

「これは蔵にあげるって決めてたから」
「また、なして?」

慣例を見事なまでに無視した詩歌の行動に、苦笑を浮かべて訊ねると、予想もせんかった答えが返される。


「だって、蔵にもちゃんと幸せになって欲しいから」


差し出されたブーケを受け取った手が強張る。
せやけど、彼女はそんな俺に気づくことなく言葉を続けた。

「ウェディングブーケが、受け取った人に幸せを運ぶなら、蔵にそれをあげたかったんだ」

過ぎたこととはいえ、1度は己を裏切った人間にの幸せを願えるのは、詩歌の優しさ故やろう。
せやけど、俺にとってその優しさは、どんな凶器よりも酷く心を抉った。

「――……おおきに」

その痛みに視界が揺らぎそうになるのを、ぐっと堪えて、笑顔を作る。

「財前」
「何スか?」
「詩歌は任せたで。幸せにしたってや」
「言われんでも、わかってますわ」

そして、財前と型にはまったような台詞を交わすと、片頬を吊り上げた財前が、詩歌の背中をそっと押す。

「じゃあ、またね」

それを合図に、詩歌が会話を締め括った。

「おん。詩歌も……幸せに」
「ありがと」

2人の後ろ姿を見送って、そっと祝福の列を離れる。

“幸せに”。

それぞれにそう言った時、俺はちゃんと笑えとったんやろか。

手に遺された花束を握り締め、雲ひとつない空を見上げると、冷たい雫が頬を濡らした。



ちはやぶる
かみよもきかず たつたがは
からくれなゐに みづくくるとは




(ごめんな、詩歌)
(まだ君のことを忘れられへん俺を、赦して下さい)



-8-


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