はるののに


真っ白で殺風景な病室。
唯一色があるのは窓枠で切り取られた四角い空。
そこに映る街並みは、春霞がかかってぼんやりとしてる。


コンコン。

「はーい」
「詩歌ー、邪魔するで」

動きに乏しい退屈な景色ばかり眺めていると、扉を叩く音。
それに返事をすれば、ぞろぞろと学生服の集団が入って来た。

「こりゃまたえらい仰々しいなぁ」

入るなり、私の姿を見た謙也が目を瞠る。

「やっぱり謙也もそう思う?」

彼をはじめテニス部員の視線が向くのは、私の左足。
ギプスでがちがちに固めて、ベッドの端に吊されている。

「たかが骨折なのに入院でさぁ、これもめっちゃ不便なんだよ、ね゛っ!?」

カラカラと笑っていると、白石のチョップが頭上に落ちる。

「何がたかが骨折や。車に轢かれといて、その傷ですんだんが奇跡なんやで?」
「ちゅうか詩歌先輩、ただ道歩いてただけで車に轢かれるとか、トロすぎでしょ」
「スイマセン。反省シテマス」

目くじら立てて怒る白石と、呆れ顔の財前に深々と頭を下げた。

「退院できるまで、どんくらいかかるんやっけ?」
「3週間。んでもって、1週間は自宅療養だって」
「ちゅうことは、詩歌が学校来れるんは、GW明けかぁ。クラス馴染めるんか?」

小春ちゃんの問いに答えると、ユウジが痛いところをついてくる。

「それが不安なんだよねぇ。誰か私と同じクラスだったりしない?」
「俺と一緒たいね」

にこにこと応じてくれたのは千歳。

「千歳かぁ。私が復帰する日はちゃんと学校来てよ、ね……?」
「どげんしたと?」

千歳と話してて、漸く気づいた違和感。

「あれ、金ちゃんは?」

やけに静かだと思ったら、いつも千歳に肩車して貰ったりして、元気一杯のルーキーがいない。

「漸くかいっ!」
「金ちゃんなら、後から来るで」

私の鈍さに突っ込む謙也と、冷静に欲しい答えをくれる白石。

「またどうして?」

ちょうど今日から高校生になるけど、金ちゃんは相変わらず危なかっしいトコが多くて。
白石か謙也が必ず目を離さないようにしてたのに。

「まぁ、金ちゃんが来れば、すぐにわかるたい」

私の疑問に、千歳が悪戯っぽくウィンクを返した瞬間、ドドドドと荒々しい足音が、廊下で響く。

「詩歌っ!」

ばんっと勢いよく開かれた扉から、飛び込んできたのは、頬に切り傷を作った金ちゃん。

「金ちゃ、」

べしっ!

私の声に重なる、痛そうな音。
思い切り振り下ろされた白石のチョップは、金ちゃんの顔を視界の下へ追いやった。

「金ちゃん、病院では静かにせぇって言うたやろ?」

白石が左腕の包帯に手をかけつつ金ちゃんを睨むと、金ちゃんは青ざめて、さっと私のベッドの後ろに身を隠した。

「もうせんから、ど、毒手は堪忍っ!」

私の背中で声を震わせる様は、中学生の頃と変わらず、微笑ましい。

「まぁまぁ白石。それくらいにしてあげなよ」
「詩歌が言うなら堪忍したろか」
「詩歌〜、おおきにっ!」

私が白石を窘めて、白石がそれに応じ、金ちゃんが私に擦り寄ってくるのも中学の時から続く光景。

「ところで金ちゃん、ひとりでどこ行ってたの?」

金ちゃんの頭を撫でながら、訊ねると、金ちゃんは思い出したように背中の鞄を下ろして。

「詩歌にプレゼント!」

満面の笑みで手渡してくれたのは。

「桜……?」

花盛りの桜の枝。

「って金ちゃん、枝ごとかいな」
「木に登って花取ろうとしたら、枝が折れて、落ちてしもたんや」
「危ないなぁ。金ちゃんまで大怪我したらどうするの?」
「せやけど、詩歌に満開の桜、みせたかってんもん」

咎めると、金ちゃんは眉尻を下げて弁明する。

「私に?」
「おんっ!やって毎年学校の桜で花見しとるやろ。やけど白石が、詩歌は今年の桜、観れへんなって言うてたから」

詩歌と桜みたかってんもん、という金ちゃんの言葉に胸がじんと熱くなる。

「金ちゃん、ありがとうっ!大好きっ!」

嬉しさの余り、金ちゃんの頭をぎゅっとすれば、「ワイも詩歌好きー」と、抱きしめ返してくれた。



きみがため
はるののにいでて わかなつむ
わがころもでに ゆきはふりつつ




(こーら、金ちゃん。いつまで詩歌にくっついてるん?早よ離れや)
(えぇーっ!?)
(文句言うんやったら……、)
(っ!離れるから毒手は堪忍っ!)
(えぇコや。ほな詩歌)
(ん?)
(ん、やなくて。俺にもぎゅー)
(はぁ?)
(部長だけ抜け駆けとかズルいっスわ。詩歌先輩、俺にも)
(や、やったら、お、俺にも)
(謙也の次は俺たいね)
(〜〜っ、アホなこと言ってないで、さっさと帰れっ!)



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