アパートの自室。
ベッドの上。
本文を入力し終えたばかりのメールを送信してケータイを閉じると、そのまま布団の上に身体を横たえた。

「はぁ……」

壁に掛けた秋物のワンピースを眺めて小さく溜息。

「これも用なしになっちゃたなぁ……」

本当は今日の蔵とのデートに着ていくつもりで購入したもの。
だけど、その予定はたった今キャンセルした。

「どうして……」

その理由は、昨日のこと。
久しぶりのデートが楽しみで、折角だから新しい服を着ていこうと思いショッピングに出掛けた帰り。
道路の反対側を歩くミルクティー色の頭を見つけて、声を掛けようと手を挙げたけれど、信じられない光景を目の当たりにしてすぐにひっこめてしまった。

なんと彼の隣に見知らぬ女性がいたのだ。
遠目から見ても物凄く美人だとわかるその人は、蔵より少し背が低くて(まぁ蔵は長身だから殆どの女性の場合がそうなるけど)陰にかくれてしまっていたから最初は気づかなかった。
けれど蔵とは随分親しげで、腕まで組んで街中を歩いていた。

まさかと思って何度も目を擦ったけれど、特徴的な髪色の隣を歩く女性の姿は消えなくて。
私は店先で呆然と立ち尽くしていた。

家に帰ってからもその光景がずっと頭から離れなくて、私の気分はどん底だった。
何度も蔵に電話で確認してみようかとも思ったけれど、結局できなかった。

だって、もしあれが本当に蔵だったら。

そして、冬に別れた元カレみたいに私は単なる浮気相手だって、もういらないんだって言われてしまったら。

そう考えると怖くて怖くて仕方なかった。

楽しみにしてたはずのデートも、蔵に逢うのが怖くて仮病を使って断った。
本当は断りのメールと一緒に、別れようというメールも送るつもりだったけれど、そちらはどうしても文章が打てなかった。
浮気現場を目撃したのに、私の心はまだ彼を、彼の優しさを忘れられないみたいだ。

それが悔しいのか哀しいのかわからないけれど、横たわって壁のほうに向いた私の瞳から、ぽろぽろと涙が毀れた。


***


ピンポーン

小さな部屋で悲嘆に暮れていると、玄関のチャイムが鳴らされた。
とてもじゃないけど、誰かと会う気分になんかなれなくて無視することを決意する。

ピンポンピンポンピンポン

だが、玄関の相手はまるで私がここにいることを知っているみたいに、何度も何度もチャイムを鳴らす。
さすがに、その喧しさに堪えられなくなって玄関に出ると。

「萌実っ、大丈夫かっ!?」

今1番逢いたくない人がそこにいて。
扉を開けた瞬間思いっきり抱きしめられた。

「ちょ、や……っ!」

何も知らなければ嬉しいはずのその温もりも、今はただ辛くなるだけ。
これ以上惨めな気分になりたくなくて、蔵の身体を力いっぱい突き飛ばした。

「萌実……?」

本気で拒絶してることが伝わったのか、蔵が怪訝な顔でこちらを覗きこむ。

「なんで、来ちゃうの……?」

さっき拭ったはずの涙が再び溢れ出す。
滲んだ視界の向こうで、蔵が目を瞠った。

「他に好きな人いるんなら、優しくしないでよ……っ!」
「……何言うてるん?」

嗚咽交じりの私の言葉に、蔵は訳がわからにといった様子で首を傾げた。

「とぼけないでっ!」

自分でも驚くくらいの大きな声に、蔵が私の方へ伸ばしていた手を止める。

「昨日みたんだから……っ!街で綺麗な女の人と2人歩いてるの……っ!」
「っ!」

事実を突きつけると、蔵が息を呑む気配がした。

やっぱり、昨日のアレは見間違いなんかじゃなかったんだ。

「……蔵なら、信じてもいいって思ってたのに……」
「違う!」

掠れた独白に被さる蔵の大声。
びくりと肩を震わせた私を、再び蔵の両腕が抱きしめる。

「やっ!?」
「話、聞け!」

再び拒絶しようとすると、それを拒むかのように蔵の腕の力が増す。
そして普段は滅多に聞かない荒々しい声に、身を竦ませて彼の腕の中で大人しくなると、蔵はそっとごめんと呟いた。

「……確かに、昨日俺は萌実やない女と一緒におった」
「やっぱり、」
「せやけど、アレはちゃうねんっ!」

浮気じゃない、と続く言葉を制す蔵。

「アレは……あの人は、俺の姉貴やねん」
「え……?」

あねき?
姉貴……って、

「お姉さんっ!?」
「おん」

素っ頓狂な声を出した私に頷いて、少し古いもんやけど、と蔵が見せたのはケータイのプリクラ画像。

そこに写っているのは、めちゃくちゃ美人な2人の女性(片方は女の子といったほうがしっくりくるが)に片腕ずつ抱かれて苦笑している蔵。
可愛らしい花柄のフレームの中の3人の上に書かれた友香里、蔵ノ介、帆乃香、というそれぞれの名前。
それと一緒に、3種類の字で妹、兄・弟、姉とらくがきがされている。

昨日私が見た人は、丁度右側の帆乃香さんにそっくりだった。

「こいつら、普段は大阪の実家で暮らしてんねんけど、時々思い立ったかのように東京やってきては、俺を男除けにして買物に繰り出しおるねん」
「そうだったんだ……」

苦虫を噛み潰したような顔で話してくれる蔵に、昨日みたのが勘違いでよかったと心底安心した。

「もう彼女おるからやめてくれ、言うたんやけどな。信じて貰えへんくて」

まぁ何度かそういう嘘ついて、姉貴の頼み断っとった俺が悪いんやけどな。

そう苦笑する蔵に、私もふふ、と笑った。

「せやけど、やっぱ何が何でも断っとくべきやったわ……」

漸く返せた微笑に、蔵は眉尻を下げて私を抱きしめた。

「そうしとれば萌実をこないに悲しませることにならへんかったんに……。ほんまにスマン」
耳元で沈んだ声が囁く。

「ううん、私のほうこそ勝手に誤解してごめんね」

もういいよ、の代わりに蔵の背中に回した腕にそっと力を込める。

「……おん。おおきに、萌実」

2人同時に顔を上げると、絡み合う視線。
気恥ずかしくてお互いに照れ笑いを零すと、どちらからともなく仲直りのキスをした。






(ほーん仮病、なぁ?)
(ごめん、嘘ついて……)
(まぁ今回は俺に非があるからしゃーないわ)
(蔵……)
(それより萌実が風邪やないんやったら、今からここでデートしよか)
(え?)
(俺には萌実だけやっちゅうことを身体にたっぷり教え込んだるから、な?)
(えぇっ!?)






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