「財前、お前授業は、」
どうした、と言う間もなく胸倉を掴まれる。

「なっ、!」

どごっ!

反論する隙も与えられず、左頬に衝撃が走る。
殴られた、と頭が理解した時には、既に屋上の冷たい床に転がっとった。

「……阿呆なこと吐かすんもええ加減にして下さいや」
目を白黒させとる俺を、見据えて静かに財前が言うた。

「は?」
状況も脈絡も無視した言葉に、俺は口を開けるしかできひん。

「何が、『幸せにしたって』や。あんたはどこまで歌帆先輩の気持ち、踏み躙る気やねん」
「別に踏み躙ってなんか、」
「踏み躙っとるやろ!」

滅多に声を張り上げん財前が叫んで、もう1度俺の胸倉を掴んだ。
無理矢理立たされる形になった俺を、財前が真っ向から睨みつけてくる。

「歌帆先輩の想いがどんなけ深いもんかも理解せんと、一方的に別れよなんて言うて。あの人があんたの一言にどれだけ苦しんどるんか、知っとるんスか」
「っ、」

財前に言われて脳裏に閃くのは、教室での歌帆。
細っこい体を更に小さく縮めて、硬くして、俯いたまま決して顔をあげようとせんかった。

「あんなんでホンマに歌帆先輩が幸せになれると思うとるん?なしてあの人の心を捕えたままで俺に『幸せにしたって』なんて言えるんや!」

学ランを掴む腕が引かれたかと思うと、すぐに突き飛ばされ、反動でよろける。
締め付けられとった首を撫でながら呼吸を整える俺に向かって、財前は容赦なく畳み掛ける。

「歌帆先輩の幸せを願うなら、あの人に嫌われて下さいや、今すぐに」
「っ!」

喉から咄嗟に出掛かったんは、「できん」の一言。
口をつく寸前に、そないな事言える立場やないってことに気ぃついて、なんとか飲み込んだ。

「……ほぅら、できひんのやろ?結局あんたは自分が傷つくんが嫌なだけや。周りに気配ってるように見えるけど、あれやって結局自分のため。あんたは自分しか見えてないんや」
「そないなこと、」
「ないんやったら、なして歌帆先輩と別れたん!?ホンマは今でも歌帆先輩のこと好きなクセに!」

財前の挑発に反論しようとした先を制され、返す言葉を失う。

好きや、なんて言えへん。
自分が彼女にした仕打ちの残酷さは自覚しとるから。

逡巡する俺に、財前は勝気な笑みを見せつけた。

「認めへんの?せやったら歌帆先輩はホンマに俺が貰いますで?」
「っ、アカン!」

さっき廊下で言われたんとおんなじ台詞に、またもや反射的に返してしまう。

好きになる資格なんてあらへんのに、歌帆をこの手の中に留めておきたい。
そんなことを簡単に思うてしまう俺は、財前の言う通り、ホンマ自分のことしか考えてへんのやな。
エゴだらけの自分自身に反吐がでそうや。


「他のヤツに盗られたないんやろ?それ位歌帆先輩のこと想うてるんやろ?やったら、ちゃんとあの人の話、聞いたって下さいや」
「……は?」

今までと打って変わって静かな財前の口調に、思わず間抜けな声が出る。
敵に塩送るような文句にも、再び開いた口が塞がらんくなった。

「保健室。歌帆先輩、部長のこと夢に見ながら泣いてましたわ。やから、」

訳分からんちゅう顔をしとる俺に向けられた言葉を全て聞き終わる前に、屋上を飛び出した。
せやから、残された財前が小さく呟いたんには全く気ぃつかへんかったんや。



「……白石部長。歌帆先輩を幸せにしたってや」



ー10ー


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