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 上野はどうやら洗濯機がすきらしい。そのものがというわけではなく、それが一生懸命働いているときの稼働音だとか、水が跳ねる音がいいのだろうなと今朝洗濯機の前にチンと座った上野をみておもった。ずいぶんと朝が遅くなって、まだ暗く冷たい空気の中できっとぐんぐんと体温を床に吸われているだろうに、かたく握ったおにぎりのようにきっちとさんかくすわりして、首を軽く傾け、瞼を閉じ、動かない。寝ているのか起きているのかも分からないが、普段ならまだ部屋にいる時間なので、起こしてしまったのだろうか、それなら申し訳ないと洗面所の入り口に立ちきれいに染まったのだと自慢されたアッシュピンクの後ろ頭をみる。そもそも昨夜は帰ってきていたのだろうか。生活リズムはあまりあわない。
 異様にDがおおきい1LDKのこの部屋で、上野は1を俺はLを個人のスペースとして使っている。上野の部屋は扉でDK部分から仕切られている。多少の物音はまったく気づかず夢の中だといっていたので、俺は早朝に起きて朝飯と弁当をふたりぶんつくって、洗濯機を回す。上野は大学生らしく昼近くまで寝て、仕事を終えた洗濯機から洗濯物を取りだして干す。だから、ふだんはきっとすきなのだろう洗濯機の稼働音だとか水の跳ねる音をきくことはあまりないのだろうけれど、いまは満喫中だ。
 サークルの飲み会があるから晩飯作れない! お土産買って帰るね! とメッセージがあった通り、その日一日姿をみず、今朝も部屋の中も冷蔵庫の中も最後の記憶と変わりなかったのだが、といつまでもアルコールくさい後ろ頭をみているのもなんなのでキッチンに移動して冷蔵庫をあけるとケーキの姿を認めた。朝起きて冷蔵庫を開けてからいままでの数十分のうちにどこからか湧いてきたのか。どこからか湧いて、タイルに根を張っている上野をはたしてどうしようか。寝るのなら部屋にいけと入口まで引きずっていくか、そのまま置いておくか、はたまたいまならできたての朝飯が食えるぞと起こしてみるか。炊飯器が炊けたよと呼ぶのに起こされた記憶に従って、火にかけていた鍋に味噌を溶きにいく。きょうはいつもより眠くてぼーっとしているような気がするが、だしはうまくとれた。うまくなるだろう味噌汁をあたたかいうちに啜ってもらって、ついでに眠気覚ましのはなし相手になってはもらえんかなあとおもいながらも、洗濯機に向かう丸い後姿をおもえばあれを出掛けにまた眺めれらるのもよきかな、よきかなと頭のどこかに仏でもいたのかぜんざいが食べたくなった。

no. 080 好事家

(20161019)
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