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 下沢の部屋は殺風景だ。
 いや、殺風景というには語弊があるかもしれない。ものはある。でも、家具がない。
 部屋にあるのは、古いデッキ付きテレビに、大量に床につみかさねられている映画のビデオ。それから、服や小物をしまうためのこれまたつまれたプラスチックケースが五つ。あと、俺がいまとりこんだふとんが一組。そういった細細したものがフローリングの上に申し訳程度にひかれた深い青のラグの上にのっている。だいたいいつも開け放たれているカーテン一枚で居間と仕切られたこの部屋には、ビデオ以外は必要最低限のものしかない。ほら、やっぱり殺風景だ。ふとんをビデオの山にひっかけないようにしてたたむ。ぼふっと飛びこめば、太陽のにおいがした。ねむ。


 下沢と出会ったのは入学式のちょうど一か月前。大学推薦の不動産屋の中のキャンパスから一番遠くにあった一軒。その店の前。細長い体躯を折り曲げて店舗前に置かれた看板に文字を追っているようでいて焦点のあわない目を向けていた。さっぱりと刈りこまれた髪の下には、これまたさっぱりとした日によく焼けた顔がぶらさがっていて運動部かなとあたりをつけながら俺は店舗との距離を詰めていった。
 そこでなぜご自慢のコミュニケーションを発揮しようとおもったのかはよく覚えていない。けれどもそのときの俺はひとずきのする表情を顔にうかべて「新入生ですか」なんて声をかけていて、頷く下沢にさわやかに「面倒くさそうだね」なんて。

「めっちゃ帰りたなってたところ」

 このあたりのなまりで返された声は想像どおり低く想像より少しかすれていた。絵に描いたような真っ平らな声のトーンにおもわず笑った俺を怪訝そうにみた下沢と数分後には肩を並べて不動産屋のカウンターに並んでいた。


 下沢は大学の陸上部にはいっているので朝がはやい。俺が起きだすころにはたいていいない。それからだいたい夜も遅い。どうやら決まった曜日にどこかでバイトをしているらしいのだけれど、バイト先はまだ知らない。
 下沢は朝起きるとまず洗濯機をまわす。それから、自分のふとんをベランダに干して、ふたり分の朝飯と弁当をつくる。下沢は料理がうまい。んで、ごちゃごちゃしてから朝練にいってる。たぶん。気をつかってくれているのか、俺はそれらの物音で目を覚ましたことがない。だから、たぶん。
 一方俺は、まず顔とか洗ってから、下沢がおいておいてくれる朝飯を食べる。下沢のつくる飯はうまい。スポーツをしているからか、バランスもいい。それから洗濯物を干して、外にでる。帰ってきたらふとんと洗濯物をとりいれて、夕飯をつくる。雨が降ったら帰れるほうが干しているものをとりこむ。
 いつのまにかできたサイクルをほぼ毎日繰り返している。ベランダには下沢の部屋からしかでられないし、そもそも居間との仕切り用にとりつけたカーテンが引かれていることもほとんどないからほぼ毎日目にしている殺風景な下沢の部屋。服はあるていどいれかわっているけれど、物が増えることはほとんどない。ビデオも増えない。ベランダの物干しに吊ってある履き潰されたランニングシューズが、また一足増えていることにいま気づいた。夕焼けに燃える空に二足の影がゆっくりゆれている。
 ガチャガチャと鍵を開ける音が部屋に響いてようやく俺は重い頭をふとんから持ちあげた。

no. 001 殺風景

(20120818, 20160423)
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