ブレーキをかけるたびヘルメット同士がぶつかる軽い音がする。コツンとぶつかるそのたびも背中越に君が慌てるのがわかる。そんな些細なことがどうしようもなく愛おしく感じる。それくらい、俺は、君がすきらしい。
だから、離れたくないよ。でもそんなこと、恥ずかしくて言えやしない。
君を乗せるために取ったバイクの免許。君を乗せるためにひたすら練習したバイク(おかげで、免許を取ってからの三年間、無事故無違反だ)。そのバイクに初めて君を乗せた今日、君は遠くに行ってしまうらしい。
この坂をくだりきった先にある駅から、電車に乗って、君は遠くに行ってしまう。それを思いだすたびに鼻の奥がツンとする。今すぐにでも、泣いてしまいそうなほど、ほんとはさみしいよ。でもそんなこと、言えやしない。君に迷惑がかかるから。
ヘルメットからふわりと柔らかな黒髪がこぼれる。
「ありがとう」
君は朝日を背負っていて、そう言った顔はよく見えない。駅構内から君が乗る電車の到着を知らせるアナウンスが聞こえる。
「いってきます」
手を振り、遠くに行こうとする君を思わず捕まえてぎゅっと抱きしめる(なにも言わず、手を振り、「いってらっしゃい」と言うつもりだったのに)。ぎゅううっ、と抱きしめる。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
「さみしい」
「さみしい」
「だいすき」
「だいすき」
「いってきます」
「いってらっしゃい」
踏み切りが警戒音を放つ。君は今度こそ改札をくぐり、電車に乗り込む。君を乗せた電車が踏み切りの間をゆっくりとでもあっという間に通り過ぎた。扉のすぐ近くに立った君の目に朝日が差し込んできらきらときれいだった。
俺はバイクにまたがり坂をのぼる。
(君は、もう、もどってこない)
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