ヲトメゴコロ

 芸術的に汚れた扉を一瞬ためらったあと、思いきって開けた。美術室特有のなんともいい難いにおいが鼻をくすぐる。それに加えて、入ってすぐの机に集まって座っていた女の子たちの視線と沈黙が刺さる。痛い、です。こんな場面でことばに詰まったことは一度もなかったのにな。思ったときにはすでに、口はかたく閉ざされていた。どうしたものか。

「どうしましたかあ」

 声をかけてくれたのはマカロンみたいな、かわいい女の子だった。ゆっくりと発せられた声は甘くて、憧憬と劣等感が心臓をぎゅっと掴んだ。

「熊谷、くんいるかな」

 ぎこちなく開いた口は、ぼそぼそと掠れたことばを落とす。なんだこれは。

「熊ちゃんなら中庭で作業中だと思いますよ」

 ありがとう、と無理矢理のどからしぼりだしたことばにとびっきりの笑顔をかえされた。かわいいなあ。熊谷はいつもこんな子たちにかこまれているんだなあ。考えたら胸がぎゅっと握られたように痛んだ。なにを乙女みたいに。笑っちゃう。
 美術室からは直接中庭にでれるようになっている。大股で室内を横切れば、ローファーの踵と木の床が小気味のいい音をならす。演奏をはじめる前のスティックでカウントをとる音に似ていてわたしはこれがすきだ。背中を追いかけてくる女の子たちの視線が気にならないくらいに。だいじょうぶいつものリズムを刻めてる。
 絵の具やテープの跡がこびりついたガラス戸をあければ、ぶわっと風が体にぶつかっていった。短くした紺のスカートがふくらむ。耳元を駆け抜ける風が長い髪をかきまぜ、鼓膜を揺らす。
 ようやくやわらかくなってきた午後のひかりをうけて熊谷の白いシャツがひかっていた。長袖を肘までまくりあげ、自分とおなじくらいのおおきさの木の塊にノミを打ちつけている。脚立にまたがって、ふわふわの髪を汗ですこししぼませながら。親の敵でも討つような真剣な表情に笑ってしまってから、その眉間の皺にキスしたいななんておもってしまった。

「ああ、ぶんちゃん。どうしたの」

 でも、いまはまだ、こうしてふんわり笑って呼んでくれるだけで十分。これだけで、世界一しあわせな乙女になっちゃうんだから、笑ってしまう。

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