スプリングコート

 授業おわりに彼女が話しかけてくれた。わざわざわたしのところまできてくれた。たったそれだけのことで、わたしのちっぽけなこころはなにかでみたされる。あたたかくて、なにかちくりと痛いもの。ぶわっとあふれる。うれしいきもちとしあわせなきもち、それから辛いという確かな感情。ちくりと痛い辛さは熱をともったものじゃなくて、こころの一部が、それこそ針でさしたような点が、どうしようもなく冷たくなった。どうしようもなく泣きたくなった。でも、うれしいからわらって、すこしでもながく話せたらとおもって、手を振る彼女にまたすこし泣きたくなって、結局わらって手を振りかえす。振っていない方の手はちっぽけなこころを力いっぱい握りしめていた。しあわせなきもちがこぼれてしまう。でも、痛みを誤魔化す方がわたしにとっては一大事だった。
 ちっぽけなこころはまたからっぽになってしまって、そんなものを大事に大事に骨の下にしまいこんでいる自分がわたしは嫌いで、玉ねぎみたいに重ねた服の上に彼女のすきなライムグリーンのスプリングコートを羽織った。
 このままときがとまればいいのに。おだやかな気温はこれ以上あがらず、わたしはコートを着たままで、ずっと彼女のそばにいる。外にでれば冷たい風が頬をなでて寒いと肩を寄せあって、お日さまがでたらぽかぽかでふたりの口角は自然と持ちあがる。ほら、とってもしあわせ。わたしも彼女も。



 あなたとわたしの関係が壊れませんように。
 夏がけっしてきませんように。

 サマーセーターじゃ薄すぎるの。わたしのちっちゃなこころを隠すには

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