両手に花、ということばは、ひとりの男がかわいい女の子をふたりもつれてうっはうはな状態をあらわす。それをうけて、いまの俺の状態を端的にあらわすとしたら、ズバリ両手に夏目さんと福沢さんだ。これはべつに俺が両手に札束をもってうっはうはな状態をあらわすわけではない。もしそうなら、夏目さんには退場ねがって新渡戸さんにきていただきたいと俺はこころからおもう、がまあそれはおいておこう。
 俺の両側にいるのはかわいい女の子ではなく、ましてや札束でもない。夏目さんと福沢さんだ。ちみにまったくうっはうはではない。


 わが学部きってのイケメンであり変人だと有名な夏目さんが俺のライトリストをぎゅっとにぎってひっぱる。わが学部きっての強面でありこれまた変人だと有名な福沢さんが俺のレフトハンドと一方的に手をつなぎひきちぎらんばかりにひっぱる。
 女の子にとってはもしかしたらうらやましいことなのかもしれない。タイプはちがうにせよ、ふたりともとびっきりのイケメンだ。

「きみの主張はとてもよかったよ。食堂ですこしはなさないか」

 個性的な形のシャツをさわやかに着こなし、ふわふわの茶髪を頭にのせた夏目さんがいう。ちくしょう、なんてさわやかなんだ。でも、手ははなしてほしい。

「夏目なんかとじゃなく、俺とこい」

 シンプルなしろいTシャツとかたちのいいパンツをエスニック調のアクセサリーとするっとあわせて、すこしながい黒髪をのせた福沢さんがいう。ちくしょう、なんでTシャツだけかっこいいんだ。いい体しやがって。でも、手ははなしてほしい。
 というわけで、ふたりともそれはまあイケメンなわけだが、それをはるかにまさる変人なのだ。ほとんど面識のない俺の腕、もしくは手をにぎってはなさないのだから、ほとんど面識のない俺が変人だといっても世間さまはおこらないのではないかとおもう。
 変人だ、変人だといっても、変態ではないので基本的に害はない。ただ、からまれると面倒くさい。気にいられるともっと面倒くさい。それもふたり同時にだなんてはなはだ面倒くさい。
 それなのに、さきほどの授業のディスカッション中に俺がはなったことばのどれかが、なぜかふたりの琴線に同時にふれてしまったらしい。なにをいったかはいまいちおぼえていない。なにしろ必死だったから。

 期末考査前にして俺の出席数は履修がみとめられる下限をわりこんでいた。どうしてもこのセメスターでこの単位がほしかった俺は先生にかけあった。それはもう全力でおとしにかかった。

「わが杉原ゼミを代表する変人二人をつぎの授業でやるディスカッションで黙らせることができたら、きみにテストをうけるチャンスをあげよう」

 そこで出席数かさ増しのかわりにだされた条件がこれだった。おれは必死だった。だされた課題について考えぬいて、文献を受験のときに身につけた速読で読みあさった。なにについてはなしたのかはここでいうのは止しておこう。きりがないし、フル稼働させられた俺の脳味噌はオーバーヒートぎみだ。冷却が必要なんです。だからはなしてください。
 ぴーちくぱーちくといい争っていた夏目さんと福沢さんのはなしの内容はどうころんだか、俺のことから、「自衛隊の英訳、the self-defense forces のforces はなにを意味するのか」というのにかわっていた。

「学食なんかじゃなくて、焼き肉にならついていきます」

 ため息とともに、へんなことを口ばしってしまった。そうおもって手であわてて口をおさえるのと、二人がみつめあってにんまりと笑ったのはほぼ同時だった。




 お札の顔ぶれがかわった。結婚して俺の苗字もかわった。どちらの苗字にするかは、妻とのじゃんけんできめた。本籍地は負けた俺のものだ。
 演台でスピーチをする夏目さんと福沢さんにみんなの視線があつまっている。やはりふたりはスピーチがうまい。ひとをひきつける魅力がある。そしてスーツが似合う。十年という月日をうまい具合にたくわえた二人にはいらっとするほど華がある。

「新渡戸くん、樋口さん、ご結婚おめでとうございます」

 ふたりが幼稚園生のように声をそろえていう。おおきな拍手。俺と妻は笑顔で頭をさげる。
 マイクがひろった夏目さんのつぶやきに、俺は頭をさげたままふきだしてしまった。妻に怪訝な顔をむけられる。妻にはきこえなかったのだろうか。依然にやけたままの顔をあげると、あのときとおんなじ顔でこちらをみている二人と目があった。にんまりと笑う。

「俺も野口に改名しなきゃなー」

prev | list | next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -