ワンルームマンション

ふたを開けたら少年と目があった。なにしてんの、こんなところで。


 この夏のはじめにマンションの表にあったごみ捨て場に銀色の箱が出現した。なんでもうちのごみ捨て場は、カラスだのノラネコだの絶好のエサ場になっていたらしい。
 知能犯のカラスや実際はみた目の半分ほどしか身がつまっていないノラネコに対抗するために設置された箱は、スタイリッシュな外観に反して堅牢でなかなか広い。それこそおとなひとりが優に寝転がれるほどには。重たい瞼をこする。

「おはようございます」
「あー、はよ」

 あいさつなんかしている場合なのか少年よ。寝てたの、ときけばなつっこい笑顔をうかべて少年は頷く。それから学ラン袖口からめいっぱいひっぱりだして手袋がわりにしていたらしいセーターの袖でくるくると頬をなでた。さむい、吐きだされた声が白く凍る。いつの間にこんなさむくなったかね。

「上に置くんですか、これ」

 少年は顔をくしゃりとつぶして笑う。左手ににぎりしめていたこぶりなごみ袋は、プラスチックごみのベッドに寝転んだ学ランのうえに鎮座した。内容物がほとんど袋ものなそれを少年は唇をとがらしてわしゃわしゃとやる。

「まあ、風邪ひかないようにだけきーつけなよ」

 重たいふたを閉めるのも気がひけたので開けっぱなしで箱に背を向ける。寝起きの頭では処理しきれません。朝だろうが昼だろうがおんなじ対応するような気もしないことはないけど。とりあえず、燃えるごみの日じゃなくてよかったね。
 すこし歩いたところでふたを閉めたほうがさむくなかったかとおもい到った。軽いものがたくさんつぶれる音する。
 ちいさいエントランスをぬけて部屋へいく。こういうとき、一階って便利。

「なに、少年。うち来んの」

 鍵をがちゃがちゃやりながら後ろにきけば、笑ったのか空気がこきざみに震えた。



 扉を開けて、つっかけていたビーチサンダルをぬぐ。つめてえ。横着せずに靴下履くんだったわ。
 まっ赤なハイカットのコンバースをえっちらおっちら脱ぐ少年を横目にとらえてから、部屋の中央で存在感をはなつコタツに火をいれる。単身者向けマンションにしては広すぎるキッチンにいく途中で、おじゃまします、と頭を下げる少年とすれちがった。なんだかなあ。

「少年は朝ごはんたべんの」

 冷蔵庫から週末にまとめてったダシをいれたピッチャーをだしながらコタツにおさまった少年に声をかける。

「たべたいです」

 そーかい。ダシを適当に鍋にあけて火にかける。冷蔵庫から卵と塩鮭、焼き豆腐とこんにゃく、それから切るだけ切ってラップでくるんで冷凍庫にしまいこんでいた「豚汁の具」を二食分とりだす。
 あたたまった鍋に「豚汁の具」、雑に切った焼き豆腐とこんにゃくをつっこんで、その横のコンロにフライパンを乗せて鮭を二切焼く。汁茶碗に卵二つをおとして、塩胡椒をふってからダシをどばっといれて溶く。
 鍋に味噌をすくった匙をつきさして火を弱め、鮭をフライパンからあげる。あいたフライパンに油をさして溶き卵をながしいれる。火の通りが悪かった鮭をレンジにまかせて、卵をフライパンの奥から手前へくるくると転がす。それを何度かくりかえしてできた卵焼きとだし巻き卵のあいのこのような物体をまな板にあげてばつばつと切った。これでだいたいしまい。
 ああ、あれだ。皿がないわ。豚汁を洗った汁茶碗についだところでやっと気づいた。独自男のひとり暮らし、しかもいっしょに食卓を恋人もいない。皿もあれもこれも自分が使う分だけしかここにはない。でも、大食いだからたべものだけは平均よりも多めにあったりする。タイマーをセットして炊いておいた炊飯器のなかの米は三合。しかたないので、茶碗二杯分ごはんを豚汁の鍋につっこむ。それから茶碗にちゃんとごはんをついで、キッチンと部屋を仕切るカウンターみたいになっているところに汁茶碗といっしょにならべた。
「これ、もってって」

 少年はコタツの天板の上にとろりととけていた。少年が体をおこすのをみとめてから、鮭と卵の盛りつけにかかる。ついでに自分の分の卵焼きを腹におさめる。鮭はほぐして鍋にぶちこんだ。

「すごい」

 こんなにしっかりした朝ごはんたべるのはひさしぶりです。おれが鍋敷がわりの新聞を小脇にかかえ、鍋片手にもっていった鮭と卵、それから茶碗二つをみて少年いう。割り箸をあわせた手の親指と人差し指の間にはさんだ少年は、また顔をくしゃくしゃにして笑っていた。
 その向かい座って、コタツのなかに足をいれる。そうしたら、少年のあたたかい足にあたってなんか変な感じがした。ここに自分以外の熱があるのはずいぶんとひさしぶりだなあ。

「いただきます」

 くわえていた箸を少年とおなじようにもちかえて、ごあいさつ。ふたつの声が重なった。
 よしたべよう、そうおもったけどやっぱりやめた。鍋の中ではごはんがいい具合にふやけている。箸を置いて、ブラウン管テレビの上のカメラを引きずりよせる。ファインダーをのぞいてはじめて少年がしっかりとみえた。
 もくもくと箸を運び、口をぷくぷくとふくらませていく少年はすっきりした顔立ちをしていた。すこし長めのふわふわした髪は不自然なほどまっ黒。黒染めかあ。なつかしいな。シャッターをきる。
 静かな朝の空気にうるさいくらいにシャッター音がひびく。はじけるように少年が顔をあげ、ファインダー越しに目があう。フィルムを巻いてもう一枚、はいちーず。 カメラを所定のテレビの横の箱に戻して、箸をあらためてもち、手をあわせる。ちょうどよくさめた雑炊を口の中にどんどんいれていく。よく噛んで、飲みこんでとくりかえしていれば、とまっていた少年の箸もつられるように動きだした。

「ごちそうさま」

 いまだもくもくと頬をふくらませている少年を尻目に手をあわせる。空になった鍋に水を張ってから、顔を洗って歯を磨く。少年の後ろのベッドの上でちゃっちゃとスーツ着替えてから、ウィンドブレーカーを羽織ってポケットをさぐる。

「仕事いくから、でるんだったら鍵閉めて。んで、郵便受けのふたの裏にガムテープ貼ってあるからその間挟んどいて」

 鮭の身を一生懸命ほぐしていた少年の頭の上から腕をのばして、顔のまえに鍵をたらす。そうしたら、もごもごとわかりました、といって鍵を受けとった。わかりましたじゃねーだろう。

「いってらっしゃい」
「はいはい、いってきます」

 まあ、悪くはない。



▽△▽△▽


「で、まだいんのね」
「おかえりなさい」
「はいはい、ただいま」
「晩ごはんは」
「たべたいです」
「そーかい」


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