変態2

最低だ。
ホテルの部屋の前で、俺は文字どおり崩れ落ちた。


社員旅行で温泉街のホテルにきていた。おおきな宴会場を貸しきっておこなわれたどんちゃん騒ぎの間、俺はただひたすら酒を重ねた。俺の飲みっぷりに気をよくした諸先輩方がじゃんじゃん酒を注いでくる。真っ赤な顔から発せられるありがたいおことばはほとんど頭にはいってこない。がやがやと煩い中で耳は勝手にあのひとの声を拾う。それを意識する度に体温が上昇してアルコールがおおいに回る。杯を重ねて、たまの先輩方に相槌をうつ。そうしていたら、どんどん喧騒がとおのいて酷い耳鳴りがしてきた。頭もぼーっとして視界が霞む。きもちがいい。深く息を吸い込んだところで、頭をだれかにおもいっきり叩かれた。

「おいおい、おまえどれだけ飲んだよ。前の飲み会のときといい、最近飲み方が悪いぞ」
頭上で山本がため息をついていた。いつの間にかどんちゃん騒ぎはお開きになっていたらしく、静かになった畳の上にはアルコールに負けた屍が倒れているだけになっていた。
「ひとりでちゃんと部屋まで帰れるか」
「ああ、だいじょうぶだとおもう。俺の部屋どこになったっけ」

山本が差し出してくれたウーロン茶の瓶を受けとって、そのまま胃に流しこむ。冷たいそれのおかげですこし頭がはっきりした。礼をいって、きく。部屋割りは夕食時に発表だったはずだ。記憶に全然ないけれど。また山本のため息が落ちてくる。

「308号室だよ。同室のやつはもう部屋にいってっから、迷惑かけるなよ」

山本が今度は手を差し伸べてくれたのでそれにつかまって立ちあがる。多少ぐらぐらするがまあ、だいじょうぶだろう。

「悪い、ありがとう。308だな。三階か」
「ああ、頼むから廊下で吐いたりするなよ。俺はこの酔っぱらいどもどうにかしなきゃいけないんだ。これ以上仕事を増やすな」

ありがとう山本はいつも頼りになるな、とかなんだとかいって宴会場を後にして、なんとかかんとか部屋まで(吐かずに)たどり着いたんだ。ついさっき。

「おれの同室、梶原かよ。やべー。貞操の危機」

部屋の扉を開けた俺は崩れ落ちた。浴衣姿の藤がベッドの上でビールをラッパ飲みしていた。


俺は同期の藤に好意を寄せていた。その好意ってのは純粋な憧れだとか尊敬だとかだったはずだ。いや、だった。だったのに、以前参加した飲み会で藤をみて勃起して、しかもそれを藤にみられて、変態だといわれた(そういわれてまたちょっと大きくなった)。
それから、俺は藤を全力でみないようにし、藤は愉快そうにわざと俺にちょっかいをかけてきた。わけのわからない葛藤を抱えて俺は涙し、藤はにやりと笑った。
きょうの宴会で俺が深酒した原因であるそのひとが寛いだ様子で俺をみているのだ。崩れ落ちずにいられるわけがない。

「とりあえず部屋はいれよ、梶原」

藤の枯れた声に笑いがまじる。俺はほとんど這うように床を移動した。後ろで扉をがかちゃりとしまる音がする。ついでに電子ロックがかかる音も。それをきいて、また体温がガッと上がり血中のアルコールが猛威を奮う。両手をついているクリーム色の絨毯がじんわりと滲んでいく。

「梶原はビール飲むか、っていつまでそこに蹲ってるつもりだよ」

藤が歩く音と冷蔵庫が開くおと、それから瓶がかちゃかちゃいう音がきこえる。瞬きをしたらぼろぼろっと両目から涙がでた。鼻をズッとすすったら視界に二本の手が伸びてきた。俺のより白い藤の手。シャツにぎゅっとシワがよる。
ぐっと掴まれて引っ張られる。蹲っていた俺の体は徐々に倒れていき、バンザイの姿勢でずるずると動いていく。本気で床を引きずられてシャツの裾がズボンから引きずりだされる。部屋の廊下みたいな狭いところから、いわゆるメインルームに入るところで腰を壁にぶつけられた。動きがとまったとおもったら、今度は肩を掴まれてひっ立たされる。

「うわ、ひでえ顔だな」

 滲む視界で藤が笑う。浴衣の袖でごしごしと顔を拭かれる。固い生地が皮膚に擦れて痛い。藤の笑う声に体中が熱くなる。また、涙が出た。もう、わけがわからない。やだ。最低だ。

「梶原、おまえすげぇ泣き虫な。いいから落ち着いてこっちみろよ」

本格的に泣きはじめてしまった俺の顔を藤は困ったようにすこし下からのぞきこみ、よしよしと頭をなでてきた。そうされると余計に涙がでてきて、もともとぐっちゃぐちゃだった頭の中がさらにどろどろに溶けて訳が分からなくなるのがわかった。俺は手のひらで自分の涙を必死でぬぐい、鼻をすすった。藤

「梶原、おまえさ」
「うん」
「おれにいうことあるだろ」
「うん」
「いってみろ、馬鹿にしたりしねぇから」

 顔を必死でぬぐっていた手を掴まれ、ゆっくりと下される。が眉をさげて笑っている。

「俺、」
「おう」
「あなたがすきだ」

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