必要と思われる所にピリオドを
「終わりだ。終わりにしよう」
「そうだな、終わりにしよう」 きりだされた別れのことばに殊勝に頷いてやれば、泣きそうな顔をされた。あーあー、ほんとうにばかだなあ、こいつは。 「一瞬の気の迷い。若気の至りだ」 「そうそう、気の迷い。すぐになかったことにできる。すぐに彼女だってできる」 おまえはそれなりに顔もいいし。お互い男がすきだったわけでもないし。すると今度は、なかったことにできるのか、とこの世の終わりだ! とでもいいだしそうな顔をされる。変な顔。 ぬくぬくとここちよい他人のにおいでいっぱいなベッドからはいでる。まだ布団にくるまったままのヤツの指が腰のあたりを滑った。残念ながら真っ裸のおれにはひっかかる場所がなかたった。 「ああ、酒の肴の笑い話にできる。同窓会なんかで話す昔話になる」 アメリカ転勤が決まった男の顔には悲痛です、と書かれているようだった。 言ってくるのがこんなにぎりぎりになったってことは、散々悩んだあげくに黙って別れて渡米する、という結論にいたったのだろうがこれまた残念だな。人事部のおれがおまえの移動を知らないわけがないだろう。本社に移動とか、とんだエースじゃん。期待のホープじゃん。 「またいっしょに飲んでくれるのか」 「別にいいだろうそれくらい。喧嘩別れしたわけでもないし」 泣きそうな顔で笑うなよ。 「ありがとう」 床にぽつぽつ落ちている服を着ながらたどっていったら、ちょうどいい具合に玄関に着いた。よ、ネクタイさん、昨日ぶり。 昨夜はがっつかれましたね。まあ、最後だからね。スーツシワになってるけど別にいいよ。おれは愛されていてしあわせですよ。ほんとうに。 「じゃあ、おれ帰っから」 もうさすがに顔はみえない。 いってらっしゃい。できるなら帰ってくんな。なかったことになんてできないから。 prev | list | next |