2 | ナノ



※前回の続き









 シズちゃんは見かけによらず、甘いものには目がないらしい。

 プリンが好物だということは知っていたけれども、お土産に何が良いかわからなくてコンビニで大量に買い占めてしまう程だとは思わなかった。だって、好きじゃなかったらこんなに選択肢を見つけることすらできないはずだろう。
俺だったら多分、適当に高そうなプリンをひとつ選んでおしまいだ。テーブルの上にはプリンに始まり、シュークリーム、エクレア、ショートケーキ、ロールケーキ、あんまん、杏仁豆腐、季節のゼリー各種…と数えきれないくらいの甘味が、所狭しと並べられている。
いやはや最近のコンビニの品揃えの良さには頭が上がらないね、まったく。


 至極美味しそうにプリンをパクつくシズちゃんを横目に、俺はその甘味の洪水の中から適当にシュークリーム選び取る。ちょうどコーヒー請け菓子が食べたかったところだから、シズちゃんはタイミングとしては間違っていなかったのだ。
しかし、やはりこの量はおかしいと思う。まさか俺に全部食べさせるつもりじゃないだろうな。自分が甘いものを好きだからといって他の人も同じだと思われるのはひどく迷惑だ。
 まあ、俺も嫌いではないのだけれど。


「うまいか」

「え?…ああ、まあ、普通に美味しいけど」

「…そっか。なら、よかった」


 いや…よかった、にこっ、じゃねぇよ!こっちは全然よくないです!先生、平和島君が俺に向かって微笑みだしました気分が悪いので保健室に行ってもいいですか?と叫びだしたくなるとてつもない違和感。
ああ、本当にどうにかしないと俺のメンタルがもたない。まさかこの俺に自らのメンタルを心配する日が来るとは思わなかったけれど、この際無駄なプライドは捨てたって誰も責めたりしないだろう。というか、責めるくらいなら誰でもいいから助けてくれ。


「あのー…シズちゃん?」

「なんだよ」

「一応聞くけど、眠くなったりとか今すぐ家に帰りたくなったりとか、もしかして今すぐ死んでみたくなったりとか、そういう気分になったりしてない?」

「…いや、してねぇけど。つか手前、んなこと聞くってのはまさか俺のコーヒーになんか入れたんじゃねぇだろうな、あぁ?」

「さぁ……どうだろうね。」


 思った通りだ。こちらから不機嫌になるような会話の種を撒いていけば、シズちゃんは必ず飛び付いてくる。それを利用してどうにかキレさせることが出来るかもしれない。キレたらキレたで面倒くさいことにはなるけれど、デレられまくるよりは数十倍マシだ。そうとなったらこの作戦は勢いが重要なポイントになる。いかに素早くシズちゃんをキレさせるかが俺のメンタルの生き死にに関わってくる。頑張れ、俺!ライフがゼロになる前に!



「そういえばシズちゃんってさあ〜、」


 企み満面の笑顔で横に座るシズちゃんのに話しかけようとした途端。右手首をガシリと掴まれる。何が起きたのかわからなくて、ふと力をゆるめてしまい持っていた食べかけのシュークリームが嫌な音を立てて床に落ちる。ああ、掃除するの面倒だな、とどうでも良いことが脳裏を過った瞬間、シズちゃんの顔が目の前に迫っていた。


「な、」


 何すんだよやめろ、と言う前に唇を塞がれてしまった。えっと、誰かこの状況を俺に説明してくれないか。残念ながら俺の脳内議会は論議を途中で放り投げてしまったらしく、浮かび上がる言葉は日本語として意味を成してくれない。

「…む、ぅ……」

 抗議の言葉を紡ごうと口を開くと、それを狙っていたかのように舌が滑り込んでくる。そのやたら熱くて濡れた感触を、少しでも心地よいと思ってしまう俺は相当イカれてるに違いない。

 シズちゃんは残念ながら、キスだけはすごく上手だ。呼吸をするタイミングとか歯列をなぞる動作とか、そのすべてに俺の身体の内側に潜む快楽の種は敏感に反応を示してしまう。その上今日は酔っているからなのか、やけに優しく丁寧に咥内を撫でてくる。
ああ、まったく、本当に嫌になるね。どうして俺がシズちゃんのキスなんかにこんなに動揺しなくちゃいけないんだろう。神様俺が何か悪いことでもしましたか。…ああ、いっぱいしたなぁ、悪いこと。そうか、これはその罰か。俺がした罪に対する罰なのか。そういえば罪と罰はひっくり返すと唾と蜜になるって、この前読んだ小説に出てきたけどまさしくこの状況がそれだ。シズちゃんの甘ったるい口付けが、俺への天罰なのだ。


「……ぷぁ、っはぁ、はぁ…し、ずちゃ……いきなり、どうしたの」


ようやく長い長い口づけから開放され、俺はやっとまともな会話をはじめることを許された。


「……別に、いきなりじゃねぇだろ。」

「会話の途中でキスするなんて、いきなり以外になんて表現するのか、もしよかったら教えてくれるかな、シズちゃん。」

「……手前が、悪い」

「ああ、シズちゃんにしてみれば世の中の大半のことは俺のせいみたいだしねぇ。雨が降るのも高速料金が値上げするのも地球の裏側で病人が死ぬのも、全部全部俺が悪いってわけだ。」

「……そうじゃねぇ」

「じゃ、なに。」


「……だから…手前が、俺を怒らせて、そんで何か…うやむやにしようとしてたのが悪いって、言ってんだよ。」

「は、いみわかんないんだけど」

「違うのかよ。」


 いえ、全くの大正解です。俺は君を怒らせてこのクソ甘い雰囲気をうやむやにしようとしていました。「何か」という部分をもっと具体的に表現できるとなおよかったですね、先生より。…じゃなくて!
なんなのさ、シズちゃん。いつも以上に勘が働きすぎじゃないかい。あれか、お酒のせいか。君は酔うと勘が良くなるっていう特異体質の持ち主だったのか。いくらなんでもキャラが立ちすぎだよシズちゃん、ひとりの登場人物に特異体質が二つもあったらお話が進まないよ?困るのは誰かな?…って俺だよ!


「全然違うから。別にシズちゃんを怒らせようなんて、考えてないし。君を怒らせて俺に得るメリットなんてあると思うのかい?」

「…じゃあそんな、慌てた顔すんな。」

「慌ててない。」

「……へえ、そうかよ。じゃ、続きな、」

「え、は、…ちょっと、何」


 反抗の言葉を口にし終えないうちに、シズちゃんが首筋に噛みついてきた。冷えた皮膚に、暖かい歯が押し当てられて快感とも悪寒ともとれるようなぞくりとした感覚が背筋をなぞる。
ゆっくりと歯を立てられ、ぺろりと肌を舐められるのは何度されても馴れることが出来ない。飢えた獣が逸る鼓動を抑えて、じっくりと獲物の味見をするような、そんな恐怖と隣り合わせの感覚なのだ。するとさっきまで強く握りしめられていた手首を、さらりと優しく撫でられて、ついびくりと肩を震わせてしまう。その反応にシズちゃんがふ、と鼻で笑うと、その息が鎖骨に触れて紛れもない快感が生まれてしまうのだった。


「…ぁ、…シズ、ちゃん…」


 震える声で名前を呼ぶと、シズちゃんは首筋を舐めるのをやめて俺の上着を脱がせ始める。これじゃ今のが合図だったみたいで恥ずかしいじゃないか、と思ったけれどそれを言う方が恥ずかしいから俺は不貞腐れた顔をして黙ったままシズちゃんを睨む。


「…なんだよ。」

「べっつにぃー」

「…嫌なのかよ、するの。」

「……はは、」

 嫌じゃないよ、なんて言うかバーカ。せいぜい俺に困ってろ、この万年童貞シズちゃんめ。そう想いを込めて笑ったつもりだったのに、シズちゃんは何と捉えたのか照れたようにはにかんだ。おいおいふざけんな、それは今の俺の笑いに対する反応としては0点もいいとこなんだけど?ていうかどういう解釈をしたら照れにつながるんだ、本当にわけがわからない。

「…あの、君、なんか勘違いしてない?」

「あ?何がだよ。」

「…何がって…なんでもないけどさ…」

「……何か、今日手前おかしくねぇか?さっきから慌てたり言い澱んだり、手前らしくねぇっつーか、」

「いや!だからそれはシズちゃんの方で……しょ…」


 ああ、しまった。

 俺としたことが口を滑らせるなんて。


「…あん?俺が何だって…?」

「い、いや……なんでも、」

「あんなにハッキリ突っ込んどいてなんでもないわけねぇだろ。俺の方が、…何だよ?」


 最高の屈辱だった。あの脳みそ筋肉のシズちゃんにこんな揚げ足とられるなんて、俺は情報屋そろそろ辞めるべきなのかもしれないなぁ…。とか逃避をしている場合じゃない。シズちゃんの目がとても言い逃れなんてさせないような圧力をもって、俺を圧迫する。おかしいな、俺はこんな簡単に君に屈してしまうほど、意思薄弱なつもりじゃあなかったんだけどな。

本当に、君だけには負けるよ。
認めたくなんてないけれど。


「…だから、」

「だから?」

「今日は、シズちゃん…なんか……おかしくない?み、妙に…優しいってゆーか…シズちゃんらしくないよ、なんか」

「…ああ…かもなぁ」

 シズちゃんはニヤついた顔で答える。その顔が無性に腹立つ。俺に余裕がなくって、シズちゃんに余裕がある状況なんて耐えられたもんじゃない。


「は?…自覚してんの?なにそれ、二乗に意味がわかんない。君が俺に優しくして、なんか意味あんの。」

「意味だと?そんなこと気にするタマかよ、手前は。……大体よ、俺が手前にどう接しようが、手前には関係ねぇんだろ?俺が手前のこと好き勝手扱ったって手前に文句言える立場なんて、ねぇだろうが。初めにそう言ったのは手前だろ、臨也君よぉ…?」

「…………」


 確かに、シズちゃんと初めてセックスをしたとき俺はそういう条件みたいなものを二人の関係に提示した。欲にまみれて身体を繋げてしまうことをどちらもが受け入れるかわりに、心だけは絶対に繋げることがないように、と。
この先何が変化したとしても、お互いを嫌いでいることを、憎み合い続けることを、けっしてやめてはいけないんだと。そうしなければ、今まで二人がやってきたこと、積み上げてきたもの、それら全てを否定しなくてはいけなくなるから。

 俺は特別な人間になりたい、シズちゃんは普通の人間になりたい、それを願うことは自由だ。それでも俺たちは「人間でいること」をやめられはしない。

 俺たちは一生人間でしかいられないからこそ、怖いのだ。自分の過去を、否定することがどうしようもなく。それはシズちゃんも同じだっただろう。だから、二人の関係に何があったとしても俺はシズちゃんを好きになんてならないし、シズちゃんも俺を好きになってはいけないんだ、とそういう約束をした。
 
 それはつまり、無干渉の契り。シズちゃんが言っているのはそういうことだ。約束のおかげで、心を好きにならない限り、俺とシズちゃんはどこまでも無干渉でいられる。シズちゃんが俺をどう扱っても、俺にどうやって接しても、それは俺の心を動かしたりなどしないのだからただの意味のない行為だ。だから俺は、何も言わないと、確かに言った。


「……だからって、優しくするのは、おかしいだろ。」

「おかしかったらいくらでも笑え。…とにかく、手前は俺が何をしても文句は言わねぇっつった。だから俺は俺のしたいように、手前を扱う。」

「……は、なにそれ、」

「なあ、臨也」


 シズちゃんがこうやって声を潜めて俺の名前を呼ぶときは、決まってなにか悪いことが起きる。主に俺にとっての悪いことが。なに、シズちゃん、と聞き返すのも億劫でただただ沈黙に耐えていると俺の耳元でとんでもない放送事故が起こる。

 頼むから、事故であってくれ。



「俺は、手前に、優しくしてぇ」



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なげえ…!つづくよ!
シズちゃん頑張れ。


20110123


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