the newcomer | ナノ



※来神捏造
※幽目線?のシズ←イザ







冷たく薄暗い辺りの空気に、重々しい鐘の音が響き渡る。ひとつの音が地の果てまで延々と続いて行くのではないかと思えるくらい低い、しかしどこか懐かしさを感じさせるその音は新年を告げる声でもある。




the newcomer





真夜中をちょうど過ぎた頃。

頬に当たる風の冷たさが冬の厳しさを連想させる。平和島静雄は弟の幽と連れだって近くの神社へと初詣に来ていた。近隣の住民のたいていが集まっているらしく、いつもはひっそりと佇んでいる鳥居の回りが大勢の参拝客で埋め尽くされ何か非日常的な空気を醸し出していた。

ちらほらと回りに見知った顔を見受けもするがが、特に親しい仲というわけでもないので目があうとどちらともなくふいと目線を移すほかない。そのままにっこりと微笑むことが出来るのはおそらく小学校以来の腐れ縁である岸谷新羅だけだ。しかし彼はこんな人混みに来るくらいなら自宅であの真っ黒いスーツの女性と過ごす方を比べるまでもなく選ぶのだろう。実際そんなことを言っていた気もした。

幽の方もわざわざ挨拶をしに行くより知らぬふりを決め込むことにしたらしく、先程から俯いたままなかなか顔を上げない。静雄と幽の身長差は10センチ程。それゆえに静雄の視界には弟のつむじくらいしか入ってこない。お互い普段からお喋りな方ではないが、元旦の深夜という特殊な状況もそれを助長させ家を出てから交わされた会話は数えるほどだった。しかし彼らは決して仲の悪い兄弟というわけではない。お互い少し無口なだけで静雄は他の何より幽を大切にしていたし、そんな静雄を幽は心から慕っていた。普段の高校生活が異常な程に喧しく騒々しく物騒な毎日だからだろうか、静雄は冬休みという束の間の休息を砂漠のオアシスのように感じていた。幸せを噛み締めるかのように時折冷たい風に吹かれる幽の黒い髪を、優しい眼差しで眺めるのだった。


***


40分ほど参拝の列に並んだだろうか。自分達の順番が回ってきた。財布から十円玉を取り出し賽銭箱へと放り投げる。カラン、コロンと軽い音を立ててそれは箱の中へと姿を消した。鐘を緩く鳴らしてから幽の隣へ並び手を合わせる。


(やべ、何お願いすっか考えてなかった…)


土壇場でそのことに気づいたものの、よく考えるまでもなく静雄の願いごとははじめから決まっていた。




(どうか、どうか、どうかどうかどうかどうかどうかどうか!!!!今年こそは普通の高校生活が送れますように!!!!)



あまりにも真剣に願いすぎて静雄の身体からは殺気に似たものが立ち上っている。幽はその様子をちらと横目にみて、今年こそはこの苦労の多い兄が少しでも楽しく愉快に過ごせますように、と文字通り神頼みをするのだった。

しかしその願いも空しく、神様に聞き入れてもらうどころかその耳に届くことすらないのである。



***



参拝を終え行列から抜けると不思議な解放感が身を包む。なるほど、これが新年を新たな気持ちで迎えるということなんだなと静雄が妙に納得していると不意に横から声をかけられた。



「やあ、シズちゃん。新年早々奇遇だねぇ」


鳥居に背を凭れかけ嫌味な笑みを浮かべているのは、静雄の願いごと破滅隊のリーダーこと、折原臨也だった。珍しく陽気な気分だった静雄は、その声が耳に入った途端あからさまに嫌悪感を顔に浮かべた。


「……手前、なんでここにいやがる」

「えー?やっだなあ、そんなのシズちゃんと同じ理由に決まってるじゃん。初詣だよ、初詣!やっぱ初詣は元旦の深夜に行くのが日本人だよねぇ。そのへんは君と気が合うみたいだね、いやー新年から最悪な発見だよまったく?」


その小馬鹿にしたような口調は、彼が相変わらず彼だということを静雄に嫌というほど証明している。ここが学校であったら、静雄はきっと臨也の言葉の初めの2音目くらいで沸点に達し近場のロッカーあたりを投げつけていたに違いない。そうしなかったのは、神社という環境そして何より隣には幽が一緒にいるのだという無意識の抑制が働いたからだ。静雄は幽に自分の暴力を見せることをとことん嫌っていた。一番身近な人間だからこそ、自分の醜いところはひたすらに隠しておきたかったのだ。



「…幽、悪い。先に帰っててくれ」

「でも、兄さん…」

「いいから、気にすんな。とりあえず帰っててくれ」


怒りをどうにか抑えながら静雄は幽に答える。


「わかった。……あまり、無理しちゃ駄目だよ兄さん。帰りが遅いと母さんも心配するし。」

「……おう」


「イザヤ」を睨んだまま兄から発せられたその低い声は、幽の知らない声だ。こんな知らない声を兄に出させるこの人物が、きっと例の「イザヤ」という同級生なのだろうと幽は推測をする。そのなんだか仰々しい名前とは裏腹に、嫌味っぽい笑みにもまだ幼さが残る顔立ちに幽は少し驚きを覚えた。兄と同い年、というよりは自分と同じくらいの年齢ではないかという感覚。この人物が本当にあの兄と渡り合って喧嘩をしているのか、甚だ疑問に思える。しかし今現在苛つきを抑えている兄の横顔は、偽物でない正真正銘の本物の怒りを携えている。少し茶味がかった瞳が怒りに揺らめくその風貌は、ぞくりと背を冷やつかせる。十数年来一緒だった兄に自分の知らない声を出させ、知らない表情をさせるその人物に幽は少しだけ好奇心を抱いた。一体何が、一体どうして、この人物は兄をこれほどに怒らせるのか?自分の知らない兄の姿を引きずり出してしまうこの人物は、一体どんな「人間」なのだろう?それは小指の先ほどの小ささだったが、好奇心はどんな大きさであれ猫をも殺す。その不用意な刃を理不尽に光らせ幽自身を傷つけるのだ。彼への興味を抱いて彼を眺めるとすぐに思い知らされる。それは馬鹿馬鹿しいくらいに明快な執着だ。


その瞳には、兄しか映っていない。


ほんの少しとはいえ「彼を知りたい」という気持ちを抱いてしまった幽にとって、そのあからさまな事実は不可解な鋭さをもって幽自身を切り付けた。



――あからさまな執着。

――あからさまな独占欲。

そして、――自分が抱いたものより遥かに強い彼の静雄への、好奇心。


その全てに、幽はどうしようもなく嫉妬してしまったのだ。自分以外の他の人間にこれほどの執着を抱ける「イザヤ」というひとりの人間に、幽はある意味では感動していた。臨也の幼げな瞳はこれ以上ないくらい楽しそうに静雄の姿を映していた。ただ静雄だけを、映していた。それだけのことが何故だか幽には酷く羨ましく思えてしまった。

思えば兄はいつでもその怪力のせいで孤独だった。そんな兄が、唯一自分にだけ優しく接してくれるのが周囲に対しての幽の密やかな自慢でもあった。しかし高校に入学してからというもの、静雄は以前とは明らかに纏う空気を変えてしまった。しきりに「イザヤ」という人物の名前が兄の会話に上がるようになった。それがつまり、こういうことなのだ。

孤独しか知らなかった兄が、人を知った。それは確かに端から見れば喜ばしいことかもしれなかった。しかし幽にとっては、今まで自分だけが見ていた兄を、自分には抱けない感情をもって見つめられる臨也の存在は嫉妬の対象にしかならない。自分だけが、兄のすべてを知っていればよかったのにと、幼い独占欲をつい溢れさせてしまう。


「君が、シズちゃんの弟君だね!はじめまして、になるのかな」


幽の視線に気付いたのか唐突に臨也が話しかけてくる。しかしその瞳の捉えるものは依然として変わらない。


「…はじめ、まして」

「あははは、無理しなくていいよ?どうせシズちゃんから俺のこと聞いてるんだろう?だからといってまあ、何も否定する気はないけどね。さっきから目線が怖かったから挨拶でもしておこうかと思っただけさ。」

「幽!こんなノミ蟲野郎に挨拶なんていいから、はやく家帰れ」

「あーあ、相変わらず酷いなぁ、シズちゃんは…ただ挨拶してるだけじゃない。…まあ、幽君がしたいのは挨拶だけじゃないかもしれないけど?」


にい、と口角を釣り上げる微笑み方がよく似合う顔立ちだ、と幽はしみじみと思う。臨也の言い方からして幽の思考は殆ど彼に読み取られてしまっているのだろう。その上であんな挑発をしてくるのだから、余程静雄と喧嘩慣れをしているのだ。相手の触れられたくない部分を一番探られたくないやり方で撫でてくるような、そんな底意地の悪い、しかしどこか逆らえないような圧力を臨也は持っていた。


(これじゃ…どう考えても、兄さんに勝ち目なんてあるはずがない。)


幽は直感する。

その明らかな執着を無下に出来る程、兄は大人ではないと思った。感情の矛先が何であれ、自分への初めての執着をその力で捻って潰してしまうには、静雄はあまりにも幼すぎた。幽は歩を進めながら考える。


(いつか、彼の執着が尽きてしまう時に兄さんがどうか、苦しまなければいいけれど)



そのぼんやりとした願い事を形取るかのように、月明かりが煌々と照っていた。




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幽と臨也のファーストコンタクト。
幽がデレすぎて話が進まない(笑)

臨也は来神時代なんだかんだいって静雄大好きだと萌える。

20110103






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