殉教 | ナノ



※臨也死ネタです
※苦手な人は注意!














「いつか君に聞いてみたいと思っていたんだ」



まるで幼い子供におとぎ話を聞かせるかのような話振りで彼は語る。その口元は胡散臭げに歪み、整った顔立ちすらその怪しさを強調しているようにも見えた。しかし優しげに語る声音だけは本物の愛情に満ち溢れており、それが寸分の狂いもなくこちらの神経を麻痺させてしまう。彼のやり口はいつでもそうあったし、そしてそれはこの先変わることのないように思えた。彼はその上すばらしく明晰な頭脳を持っていたし、未来に起こること全てをすでに彼だけは知っているかのような錯覚を人にもたらすこともあった。その姿は悪魔にも天使にも、あるいは神として存在しているかのようにさえ見えた。しかし、つきつめてみれば結局は彼も、ただの人間でありそれ以上にもそれ以下にも決してなれはしないのだった。






殉教



人間ならば凡そ全てに備わっているその基本的な機能について、彼は人並み外れた好奇心を抱いていた。いわゆる恋心についてである。人はなぜ自分以外の者に恋い焦がれ、また自分以外の者に恋い慕われるのかを彼は執着して知りたがった。しかし彼自身は誰も愛したことなどなかったし、彼を知る者からは誰からも愛されることはなかった。彼は人間という種族に恋い焦がれ、そしてそれは深く深く彼らを愛した。彼の愛はどこまでも苦く甘く、どこまでも鋭く柔く響き渡るのだった。人間を好きでいるために彼は努力を惜しまなかった。たとえ自分が嫌われることになろうとも自分の抱く愛情を実行することに重きを置いたし、命を懸けてでも自分の愛情を守り抜いた。

しかし彼はどうしても理解することができなかった。人が人を、たった一人を想うという行動原理を。自分が人間を愛するように、彼ら一人一人はそれぞれが誰か大切に想う人がいるということを。


「好きだよ、波江さん」

と、彼は薄れゆく淡い微睡みの中で呟く。


「好きだよ、帝人くん」

「好きだよ、セルティ」

「好きだよ、新羅」


「好きだよ、大好きだ。」


彼は幾度も偽愛を呟く。幾度も呟いては、諦めたように微笑んで目元を歪ませる。彼は結局だれかひとりだけを愛することが出来なかった。それが悔しいのかそれとも嬉しいのかも、自分では理解することが出来なかった。



「出来れば誰かを愛してから死んでみたかったのに、」


愛することはできなかったけれど死なないで、と誰かに言って欲しかった。そう彼は願う。しかし彼の愛は初めから終わりまで一方通行でしかなかったわけで、その願いは叶う筈もない。死の淵では、虚しく響いた言葉や想いがただ彼を傍観するだけだった。誰かを愛するとはつまり、誰かの喪失を拒むということでありどこまでも孤独であった彼にはその存在の喪失すら、誰にとっても一筋の流星に過ぎないのだった。

彼は全てを愛した。そして全てに厭われた。しかし彼は一人を憎んだ。しかし一人に厭われた。その果てしなく孤独な喪失に、手向けられた感情も果てしなく孤独なものだった。


皮肉なことに、彼の死に直面したのは彼が憎んだ唯一の人間だった。じんわりと彼が死に侵食されてゆく傍らで、その人間は神罰に耐えるかのように静かにその現実に向き合っていた。平和島静雄は、彼に死ぬなと言いたいと思った。その一言だけ言えたなら、他には何も要らないのにとさえ思った。しかしその告白は、静雄にとって愛を告白するよりも罪を告白するよりも、何より耐え難いことのように思えて仕方ないのだった。どうせ死ぬなら、自分のことも他の人間と同じように愛してくれれば良かったのにと思う。そうしてくれれば今、素直に彼の喪失を惜しむことが出来るのに。なぜ彼は自分だけを憎んだのだ。なぜ今になって、彼を失うことを恐れなければいけないのだ。しかし彼の理不尽な愛情に思うまま怒りをぶつけることすら、ことさらに臆病心を刺激してただ静かに彼を眺めることに衝動を押さえつけてしまうのだった。


「見送りがまさかシズちゃんだなんて、俺もとことん神様に嫌われたもんだね。せめて他の人なら感謝の一言でも言って送ってくれそうなものだけど、君じゃあ死ぬまでの時間を早送りすることぐらいしかしてくれないもの。そうだろ?シズちゃん?」


彼は軽快に語る。時間はもうほんの少ししか残されていないだろうと静雄は悟った。何か答えたほうがいいのかもしれないと思ったが、彼の表情はそれを許してはいなかった。彼が静雄にむけて優しく微笑むことなど、何があろうとあってはいけないことなのだった。そして沈黙が、他の何かを纏って二人の間にただ静かに柔らかく横たわる。やがて静雄はいよいよ耐えられなくなって、彼の温かい掌に緊張で冷たく冷えきった自分の掌を重ねる。それを許す筈など無かった彼の表情を、もはや見ている余裕はどこかへと消え失せてしまっていた。

はは、とその行動に彼は冗談めかした笑い声を漏らす。まるでシズちゃんが自分を失うことを惜しんでいるみたいじゃないかと思った。確かにそれはくだらない冗談のようだった。触れられた掌は彼が一生憎んだもののはずだったのに、その冷たさが酷く心地よく何もかもを忘れて指と指を絡めてしまいたいという衝動を抱かせる、それは本当にどうしようもなくくだらない冗談だった。今更求めても全てが遅すぎることだった。彼はひたすらに自戒だけを込めて掌を淡く握った。



「俺は人間が好きだよ、愛してる。みんなが好きで好きで大好きでたまらない。俺は人間が本当に大好きだ。だけど、シズちゃんだけは、嫌いで嫌いで大嫌いでたまらない。今すぐにでも殺したいくらいだ。」



「だけどね、俺は、シズちゃんだけ。君だけが、だいきらい。」



それは愛の言葉のように優しく響いた。それ言うためだけに生きてきたかのように、はっきりとした感情が乗せられてその言葉は放たれた。彼の信条は、結局はその言葉であったのだ。全てを愛するためだけに生きて、一人を憎むためだけに生きた。彼は人間を愛することが出来れば何も要らなかったし、平和島静雄を嫌うことが出来れば同じように何も要らなかった。歪みきった愛のように見えるが、実際は彼ほどの純愛は他には無かった。ひとつだけを守り抜くことが、ひたすらに孤独な彼に唯一残された愛憎表現なのであった。彼はひとつだけに愛されたかったし、ひとつだけに嫌われたかった。自分の知る手段ではそれ以外の感情の表現方など存在しえなかったのだった。しかしひとつだけに愛されることなど実現しないのは解りきっていた。だからせめて、ひとつだけに嫌われたかったのだ。平和島静雄だけが、自分を嫌いだと確信できたならそれだけで死ぬ価値があると思えた。


(シズちゃん、君は俺だけを嫌いでいてくれただろうか。)


自分だけだと言ってくれたらどんなに喜べるだろうか、と彼はただ願う。

失うのが怖いと言えたならどれだけ救われるだろうか、と静雄はただ願う。


しかし彼らの願いはいつまでも交わらないまま、静かにその喪失は訪れそして過ぎ去った。段々と同じ温度になってゆく掌を静雄はただ何も言えずに見つめていた。











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相思相愛な感じで!

20101111

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