キスをしようよ | ナノ


※果てしなくよっぱら臨也



キスをしようよ

 
 
普通の人間が話せば絶対に3行以内で終わるだろうという話を、その何倍にも膨れ上がらせてその上事実と嘘をない交ぜにした尾ひれまでつけ、相手を間違った道に進ませる。それが折原臨也の通常の会話方法だ。
 
通常、というより静雄はそれ以外のやり方で会話をする臨也を見たことはなかった。池袋で喧嘩をする時も、どちらかの家で傾れ込むように情事に勤しむ時も、臨也は静雄に対して常に臨戦態勢なのだ。

 

だから、静雄は自宅のリビングに広がる光景をすんなりと理解することが出来なかった。


折原臨也が酔っぱらってくだを巻いている姿、なんて。


「あー…しずちゃんらー…」

と、臨也は甘えるように静雄の名前を呼ぶ。その手にはワイングラスが握られているが、それには何故か並々と黄金色のビールが注がれている。彼のまわりには無数の空き缶。ひとりで総てを開けたのか疑いたくなるほどの量だ。

「…色々突っ込みたいが…とりあえず手前、なんで俺の家入れてんだ?鍵はどうした」

「えーそんなの俺は素敵で無敵な情報屋なんだから、一個人の鍵くらいどうにでもなるんだよ?臨也くんにできないことはないのです!あはは、なんちゃってー」


そう言ってえへ、と首を傾げる臨也の顔は真っ赤で、目はふらふらと焦点が定まっていない。口調はいつものように憎たらしさを残してはいるが呂律が回っておらず、それはもう完全に「酔っぱらい」の姿そのものだ。

いつもとまるで違う、というか既に別人の域に達しているその様子を見て怒気を抜かれたのか、静雄はハァ、と諦めたように溜息をつくと上着を脱いで、どさりと臨也の隣に座りこんだ。


「どしたの、しずちゃん?」

「…一人酒したってつまんねぇだろーが」

「え、いっしょに飲んでくれるの?」

「おう」

「わぁ〜しずちゃんやっさしーい!あはっ、俺泣きそうだよ!…もーねー…しずちゃんラブ!!俺はしずちゃんがすきだ!うん、あいしてる!!」

「酒入るとさらにうぜぇ……なんでもいいからとりあえずなんかよこせよ、ほらそこの空いてるやつでいいから」

と、少し飲んでそのまま放置されているビール缶を手に取り、ぐいと一口流し込む。ずいぶんと長い間放置されていたようで完全に気が抜けてしまっている。ぬるいビール、なんてそんな歌があったなぁと思いだす。

「あ、しずちゃんそれ間接キスだ」

「あー」

「あー…て、つまんないなぁその反応…」

「じゃあどんな反応しろってんだよ」

「え?うーんとねー…そうだなぁ…うん、『お前の味がする』とか言って欲しいかな」

「っはぁ!!?それもう俺じゃなくて違う誰かだろ!?」

予想しない臨也の台詞に、口に含んでいたビールを吹き出してしまいそうになる。慌てて口を手でふさぎ勢いを押しとどめる。その仕草がおかしかったのか臨也はくすくすと笑いだす。

「はは、しずちゃん慌てすぎー」

「慌ててねぇ」

「いや、慌てたねいまのは。完全に。」

「慌ててねぇっつってんだろ」

「うそ」

「…しつけぇ」

「…………ねーしずちゃん。」

「…何だ」

と、臨也の顔を見ずビールを傾けながら返事をする。臨也は少し間を開けてから、しっかりとした口調でこう言った。


「間接じゃなくって、直接キスしようよ」

ぐい、と下から顔をのぞきこまれる。口調はしっかりしているのに目やら口元やらは完全に酔っ払いのそれで、静雄はなんだかペースを崩されたような気分になる。

「…なんで、」

「なんで、って……」

「…」


「す、き…だから、じゃ……だめかな」


「っ…」
「沈黙は肯定、だよ」

にこ、といつもは鋭い光を放つ瞳を奇麗に歪めて笑いかける。そして両腕を静雄の背中に回し、ゆっくりと顔を近づける。その過程、臨也は瞼を閉じたが静雄はどうしても閉じることが出来なかった。自分でもそれが理解できず何故だろう、と考えているうちに濡れた唇がふわりと接触した。

強引な誘いとは裏腹に、臨也の口付けは驚くほど優しかった。触れるだけのキスを何回も繰り返す。時々ふ、ともれる吐息がくすぐったい。回す腕もきつく抱きしめられることはなく、ただただやさしく触れられているだけだ。静雄も持っていたビール缶をことりと床に置き、その腕を臨也の腰に回す。自然と体は密着し、二人の体温が少しだけ上昇する。

「…ふ…」

と、静雄が息にまぎれて声をもらすと臨也はびくりと体をはねる。

「何だよ、いつもと反応ずいぶん違うじゃねぇか」

「だって今日は俺酔っぱらいなんだもん」

「まぁ、それはそうだけどよ。つか、手前がやけ酒なんて珍しい…よな。……何かあったのかよ」

と静雄が尋ねると臨也は驚いたように体を引き離す。

「なんで、そんなこと聞くの」

「いや、なんでって…気になったから?」

「へー…シズちゃんも俺の調子なんて気にするんだ?えらいえらい!成長したね!」

「殺されてえのか手前は」

「いやーうん、ほんとに嬉しいんだよ?俺のこと気にしてくれてるシズちゃんラブ!」

「…はぁー…何なんだよ全くよ……で、ほんとになんであんな飲んでたんだよ?…仕事で何かあったとか」

「あ、ううん…そういうわけじゃないよ…ただね」

「何だよ」

臨也は一瞬ためらった後、現状の理由を説明し出した。

「…なんか、ただ急にシズちゃんとキスしたくなったんだけどさ、…わざわざキスだけしに池袋行って会うのもさ、なんか、はずかしいじゃん?…だから酔っぱらっちゃえば勢いでキスできるかなぁ…って、おもったの。それだけ。」

「っ何だよ、それ…」

予想外の理由に赤くなる頬を隠せない。

「あれ?シズちゃん照れてる?ね、照れてるのそれ?」

きゃらきゃらとはしゃぐ臨也に静雄は深いため息で応える。そしてただキスをせがむためだけに自分の家で何時間も待っていたのかと思うと、普段つっぱっている仮面を捨ててどうにか素直になろうとした臨也の気持ちを考えると、静雄は自分が思っている以上に、臨也を愛しいと思っていることに気づいた。


「…シズちゃん」


ふわりと微笑む唇に、そして俺はもう一度口づけをした。



(キスをしよう、触れるようなキスを。)




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少女漫画すぎるくらいがちょうどいい!

20100606

 

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