※友達以上恋人未満なふたり 眩暈 喧嘩をする。 それは二人にとってごく日常的な行為だ。食事をするとか授業を受けるとか、学生にとっての日常に、喧嘩をするというのが項目としてプラスされただけにすぎない。 もちろんその喧嘩の名義は「相手が嫌いだから」という、単純なもので処理される。しかし入学してから半年、喧嘩するという一般的に言えば異常な行為が日常の行為と化してしまう程の関係となった二人には、名義なんて存在はただの装飾でしかなかった。 有り体に言えば二人は友達だった。 世間から見れば確かに、平和島静雄と折原臨也の関係は「友達」というカテゴリには、どれほど歪んだ基準をもってすら納められはしないだろう。だが彼らはお互いに孤独だった。平和島静雄は自らのその殺人的な怪力のせいで、折原臨也は自らのその歪んだ性癖のせいで。孤独な二人は出会い、そして初めて渡り合える存在を知った。その喜びを、友達と表現することはそれほどまでに常識はずれではないだろう。 「楽しいねぇしずちゃん」 にこり、と臨也は尋ねる。 その整った顔は殴られた跡だらけで、鼻からは血も出ている。しかし彼は心底楽しそうに、にこりと笑う。それはひたすらに不気味でもあるのに、どこか無常の美しさを感じさせるのだった。 臨也の胸ぐらをつかんでいた静雄は、その表情に不意をつかれ溜息をつく。 「はあ…やめだ、やめ。手前の顔見てると萎えんだよ」 「えぇ〜残念だなぁ!折角楽しいところだったのに。」 「手前そんなボロボロのくせによく言えるよな」 静雄はもうひとつ溜息をつき、そのまま地面にどさりと腰を下ろす。校庭の砂は先ほどまで降っていた雨で湿っていたが気にするほどではない。臨也もそれを見てまたにこりと笑い、静雄の隣に腰を下ろした。 「だぁって、しずちゃんとの喧嘩って何にも考えないで遊べるから、楽しいんだもん。しずちゃん馬鹿だから俺が引っ掻けたらすぐ乗ってくれるし?ねー」 「んだと臨也ァ!?手前もう一発殴ってやろうか?」 「あはは、勘弁勘弁」 チッ、とひとつ舌打ちをすると静雄はポケットから煙草を取り出した。元来の苛つきやすい気性を、煙草を吸うと少しでも諫められると気付いたのは最近のことだ。以来彼はよく喧嘩のあとに煙草を吸うようになっていた。 ブレザーの胸ポケットから愛用の100円ライタを取り出し、一本火をつける。すぅ、と一口吸えば、不思議と気分が落ち着くような気がした。 「しずちゃん煙草って法律違反だよ?知ってる?」 くすくす、と笑いながら臨也が言う。 「うるせぇ」 「なんで煙草吸うの?」 「うるせぇ」 「煙草っておいしい?」 「うるせぇ」 「…うるせーって、そればっかり!俺の話聞いてる〜?」 「……」 「あ、聞いてはいるんだ。…ふふ感心感心」 何が嬉しいのか、臨也は口元を微妙に歪ませて笑う。 その顔をなんだか新鮮に感じてしまい、静雄は普段ならしないような行動に出てしまった。 「手前も吸うか?」 臨也はえ、と驚いた顔をする。 「な、んで」 「…別に」 その驚いた顔も、どこか滑稽で不思議な感じがして静雄はわずかに心が弾むのを感じた。臨也の驚いて目をぱちくりさせる表情なんていうのは、めったに見られるもんじゃない。それに気を良くしていたのかもしれない。 咥えていた煙草を、一息存分に吸ってから口から外し、臨也に渡す。 「え、え、…これ?吸えって?」 「たりめぇだろ、手前のために貴重な煙草消費できるか」 「…それなんか矛盾して」 「いいから吸え!」 もたつく臨也の手を、無理やり口元に持って行かせる。しばらく目を泳がせていた臨也は、観念したのか、ふと一瞬息を吸いこんでから、それを咥えた。 「……」 「いや、咥えるだけじゃ意味ないだろ。」 「っ…」 「吸えって」 非難の目で静雄を睨むが、一度行動に出てしまった手前ここでやめるのもなんだか悔しい。ぎゅ、と目をつむって、一口煙を吸う。 途端。 「ッゴホ、っは、あ、…っがっ…」 「あー」 「…っしず、ちゃ、っゴホ、っはぁ…酷いよっ…」 思い切り咽こむ臨也を、静雄は嬉しそうに眺める。想像していた通りの事象だが、実際の姿をみると、それなりに可哀そうではあるが、面白い。そう思う自分はサディストなのだろうか、と静雄は一瞬考えるが、瑣末な問題だと頭の片隅に追いやる。 しばらく荒い息をしていた臨也だが、落ち着いたのか息を整えるとひどく恨めしそうな目で静雄を睨む。 「しずちゃんってさ、酷いよね」 「手前だって人の事言えねぇだろうが」 「…そうじゃなくて」 「何だよ」 「しずちゃん、分かってないなら教えてあげるけど」 「…何を」 「俺、咽ることわかってて煙草、吸ったんだよ?」 臨也は鋭い目つきを緩めず静雄に詰め寄る。 「なんでだよ」 「……」 「おい」 「…か……自分で考えれば…」 「…手前今、教えるっつったじゃねーかよ」 「うるさいよ」 臨也はふい、と顔を背け怒ったように立ち上がって歩きだした。静雄も慌てて立ち上がり臨也を追いかける。 「おい、臨也!」 声をかけても、彼は足を止めようとはしない。 その耳が、赤く見えたのは、きっといつの間にか傾いていた太陽のせいに違いない。 ----------- 煙草で間接キスが恥ずかしい乙女臨也くん。 初々しい静臨が好きです。 20100603 |