彼女のフリをしていたらいつの間にか外堀を埋められていた件1


「もうすぐバレンタインか。いいよな、ワカは。いっつも持ちきれないぐらいもらってて」
「別にいらないけど」
「はぁ!一回言ってみてぇわ!オマエ高校入って告られたの何回だっけ?」
「そーいうのそろそろめんどい。どっかに彼女のフリしてくれるやついねぇかな…」
「そんなやついねーだろ」

 お正月明けてすぐの学校の保健室。先生が出張中でいない中、いつもの貧血で勝手にベッドで休んでいたらこんな会話が聞こえてきた。チラリとカーテンから外を覗くと、学校で有名な今牛さんと佐野さんが二人で話しているのが見えた。私はようやくこの時が来たとベッドの上でガッツポーズを決めて、カーテンを勢いよく開けた。

「ここにいます!」
「は?」
「…」

 保健室に誰もいないと思っていたのに急に現れた私に驚いているのか、今牛さんは無表情で、佐野さんは呆気に取られた顔をしてこちらに目を向けた。私も勢いで飛び出してしまってどうしたらいいか今になって焦るけど、もう後には引けないとゴクリと息を飲み込んで必死に捻り出した言葉を吐き出した。

「あ、あの。うそカノってやつです!付き合ってる気分を手軽に味わえるって巷で流行ってるらしくて、私も興味が…ご存知ないですか?」

 そんなのもちろん流行ってない。でも急に「彼女のフリします!」なんて人怪しすぎるし。(後々考えればうそカノなんて言う方が変だった気もするけど)

 今牛さん、相変わらず何を考えているかわからない顔してるけど…。やっぱり私なんかじゃお役に立てないよね。やらかしちゃった。そう思っていると、佐野さんが苦笑いをしながら私に話しかけてきた。

「絶対やめといたほうがいいぜ。彼女のフリ頼むようなヤツロクなのじゃないから」
「あ、えっと」
「真ちゃん」

 佐野さんは今牛さんに名前を呼ばれるとこれ以上口挟まねぇよとばかりに両手を上げた。

「アンタ名前は?」
「二年B組のミョウジナマエです」

 やっぱり一年以上も前のことなんて覚えてないよね。ん?そういえばあの時名乗ってなかったかも?どうだったっけ?
 私自身も記憶が曖昧になってるくらいだから今牛さんが覚えてるはずもないか。そう思うと少し悲しいけど、でもそんなの関係ない。

「オレのこと知ってる?」
「はい。今牛さんですよね?有名人ですし…」
「オレらが暴走族なことも知ってて言ってんの?特進がオレなんかに構ってて良いわけ?」
「もちろん知ってます。それに特進だからって別に勉強ばっかりしてるわけじゃないのでそこは大丈夫です」

 私の言葉を聞くと今牛さんは無表情を少しだけ崩して薄く笑みを浮かべた。

「ふーん…それならアンタに頼むワ、そのうそカノってヤツ」
「はい!よろしくお願いします!」

 やった!!まさかこんなにスルッと決まると思わなかった!喜びが顔に出ないよう必死に表情を取り繕ったけど、気だるげにこちらを見つめる紫色の瞳には私の考えなんて見透かされているような気がした。私たちのやりとりを見た佐野さんはやれやれとため息をついて保健室から出て行ってしまった。

 こうして私の恩返しは始まったのだった。

   ◇

「今更ですけど盗み聞きしてしまってすみませんでした」
「オレらが気付かずに話し始めたのが悪かったし」
「今日先生いなかったですもんね。あ、それで具体的に彼女のフリってどうしたらいいですか?」
「うそカノはどんなことするとかあんの?」
「え!?えーと」

 そんなこと聞かれるなんて思わなかった。今さっき作った設定にそんなの考えてるわけもなくてついうーんと考え込んでしまう。

 そんな私を見て「巷で流行ってんでショ?」と今牛さんは頬杖をついて笑う。やっぱりなんでも見透かしているような顔をしているから、本当は「うそカノ」なんてないことを知ってるのに私のことからかってるのかも、なんて邪推をしてしまう。でも今更引き下がれないし、引き下がる気もない。こうなったら自分に彼氏ができたらしてみたいと思っていた事を言ってみよ!!今牛さんと恋人ごっこなんて今後一生することないんだし。

「名前で呼び合うとか」
「あとは?」
「えっと、付き合ってるのをアピールするためにネクタイを交換するとか…」
「ふーん」
「あとはお昼ご飯一緒に食べるとか、一緒に帰るとかですかね?」
「そ。じゃ、まずは名前ね。オレはナマエって呼ぶから」

 あの校内一のイケメンに名前で呼ばれてるなんて信じられないけど、なんとか「はい…」を捻り出した。

「ナマエもオレのこと名前で呼んで」
「普段はなんて呼ばれてるんですか?」
「ワカ」
 ワカか…。私の友達もみんな勝手にワカくんと呼んでるし。っていうことはみんなそう呼んでるわけだし、特別感がないのかな。

「じゃあ若狭くんって呼んでも良いですか?」
「ン。で、次がネクタイの交換だっけ?」
「はい」
「今ネクタイ着けてねぇから明日持ってくるワ」
「じゃあ私のも明日持ってきますね」
「それでいいから今欲しい」
「え!?でもこれ…」
 私が今まで使ってたから汚いかもだし…。

「これから告白断りに行くからそれあったほうがいい」
「あ…そうなんですね…」

 今から告白断りに行くとか…さすがすぎる。モテるモテるとは思ってたけど、一体どれだけモテてるんだろ。そんな人の彼女役とかものすごい提案しちゃったかもしれない…。

 ちなみにこの学校は特進科と普通科に分かれていて、私は特進科、若狭くんは普通科に籍を置いている。科によってネクタイの色が違うから、特進と普通科で付き合ってる人たちの間ではお互いのそれを交換するのが流行ってる。ネクタイの裏に名前がローマ字で刺繍されているから『付き合ってるアピール』にはもってこいなのだ。特進は成績が全てだからネクタイの色が違っても怒られたりはしないから私としては問題ない。普通科ではどうなのかは知らないけど。

「どうぞ」
 私がネクタイをしゅるりと音を立てて外して手渡すと、若狭くんは「ん、ありがと」とネクタイをゆるーく巻いた。シャツのボタンが上の方は開いてて、それよりも下に緩く巻かれているネクタイは、自分がつけていたものと同じはずなのに、こうもつける人と付け方でこんなに変わるのかと不思議に思えた。そしてそんな若狭くんを見た私の感想といえば、『な、なんか…エロい…!!』なんていうバカみたいなものだった。

 反対に私はネクタイがないのにシャツのボタンを一番上まで留めているという変なスタイル。こんなダサい格好を若狭くんに晒しているかと思うと恥ずかしくて手早くボタンを三つ外して襟元を整えた。自分的には、よし!なんて思ってたのに、なぜか若狭くんからの視線を感じて首を捻った。

「どうかしましたか?」
「誰の前でもそういうコトすんの?」
「え?」
「うそカノ立候補してくるぐらいだし、そういうの慣れてんの?カオに似合わず遊んでんだね」

 言われてみれば!保健室でシャツのボタン開けるとかなんかそういう想像をさせなくもない。いや、私は全くそんなつもりなかったんだけど!

「ち、ち、違います!これはボタン全部留めてたら変かなって思っただけで…!」

 私の必死の言い訳を聞いてるのか聞いてないのかわからないけど、若狭くんは怖いくらいの美貌にいつもの無表情を貼り付けて私が座るベッドに乗ってきた。

「わ、若狭くん…?」
 若狭くんの手が私の胸元に伸びてきて、指先が制服のボタンに触れた。

「え、え、」
 さすがにそんなことは想定外すぎて心臓がバクバクどころか口から飛び出そうになる。待ってと言う気持ちを込めて彼の手をぎゅっと握って止めようとするけど力強い若狭くんの手は止まらない。

 ど、どうしよう!!目を瞑って体を硬くしていると、「オレのカノジョなら開けるのはここまでにして」と言って若狭くんの手が私から離れていった。

「え」
 恐る恐る目を開けるとボタンが一つ止められていた。
 なんだ…。ボタン止めてくれたのか…。ってなんだって何!?これじゃなんか…。

「なんか期待した?」
 私の考えなんてすっかり読んでいた若狭くんが色気たっぷりに私にそう言う。期待はしてないです!ちょっと驚いただけで。そう返事をしたいのに『オレの彼女』という言葉の破壊力で瀕死な上に若狭くんの色気にやられて「し、してないです…」と尻すぼみに返すのがやっとだった。

「へー?」
「してないです!ボタン開けるの2個目までにします」

 私の返事を聞くと「ん、イイ子」と私の頭を撫でてベッドから降りた。

「じゃ、また迎え行くワ」
「は、はい…」
「お大事に」
「は、はい…」

 保健室から出て行く若狭くんの後ろ姿を見送る間、私はすっかり「はい」しか言えないbotみたいになってしまった。
 これだから遊び人は…。そういうのに耐性のない私は貧血どころか血が巡りすぎて大変なことになっているけど、何はともあれようやく恩返しができそうでよかったと高鳴る心臓をなんとか落ち着かせた。

     ◇◇◇

  佐野真一郎
  明司武臣
  今牛若狭
  荒師慶三

 この四人は私たち同学年だけでなく、先輩達からも知られる入学当初からの超有名人だ。彼らはこの関東をシメる暴走族のチームのトップで、不良界で彼らのチームを知らない人はいないとまで言われてるらしい。そして有名な理由はそれだけじゃなくて彼らの性格や容姿にもある。不良なのに気さくな佐野さん、頭が良く軍神と呼ばれる明司さん、クールでイケメンな今牛さん、見た目に反して情に厚い荒師さんは入学してすぐに普通科で大人気になって、その噂は特進科にも届いてきた。

 特に今牛さんは白いふわふわした髪に色っぽいアメジスト色のタレた瞳、それに人離れした整った顔立ち。なのにケンカになるとギラギラとした眼光で相手を射殺す、なんて今日日漫画でしか見ないような設定してモリモリな男の人で、普通科女子から絶大な人気を得ている。

 特進女子はそんな今牛さんや頭の切れる明司さんに憧れる人もいるけど、大半は不良だし、関わると内申に響くからと倦厭していた。私もちょっとした憧れはあったけど、やっぱり不良は怖いと自分とは違う世界の話だと思ってた。

 そんなある日のことだった。

 その日は珍しく寝坊して時間ギリギリの電車に乗る羽目になってしまった。急いで電車を待つ列の最後尾に並ぶと、私の隣に同じ高校の制服の人が立った。自分よりも幾分か背の高いその人を見上げると視界に白いふわふわが揺れた。

 あ…今牛さんだ…

 それは例の不良四人組の一人・今牛さんで、眠そうにぽやっと立っている。めちゃくちゃケンカが強くて返り血の似合うイケメンだって友達が言ってたけど、今の彼はそんなに強そうに見えない…それが最初の印象だった。

 あんまりジロジロ見るとぶしつけだし怖いからやめようと視線を前に戻して電車を待ったけど、その間にもホームには人がどんどん増えてきて、多分いつも私が乗る時間の2倍くらいにまでなった。

 こんなに入る?押し潰されて死んじゃいそう…なんて思っていると、ようやく電車がやって来て後ろからものすごい勢いで押されて流されるように電車の中に詰め込まれた。元々背があまり高くないのに、周りに背の高いおじさんが多くて息苦しい。なんとか隙間を抜けて手すりにつかまれる位置になったけど、さらに人が入ってきて、ぎゅむっと顔が隣のおじさんの胸で押しつぶされる。

 苦しい。死んじゃう。そう思った瞬間、いつもの貧血がきて、世界がぐるんと回った。

 あ、ヤバい。

 くらくらして倒れそうになったところを私の顔を押し潰しているおじさんが私を支えてくれた。お礼をしたいけどまだ貧血は続いていて言葉が出てこない。申し訳ないな、そう思っていたのにおじさんは私を支えていた手をそのまま胸の辺りに移してもぞもぞと手を動かし始めた。

 あれ…これってもしかして、痴漢…?

 手を払い退けたいけれど、貧血で気持ち悪くてそれどころじゃない。抵抗しない私にその手は調子に乗って胸を揉み始めた。

 う、最悪…

 ダブルの気持ち悪さで目にじわっと涙が滲んできた時、急に誰かに手を引っ張られておじさんから離される。そしてその人は私とおじさんの間に入って、まだくらくらする私を支えてくれた。申し訳ないと思いつつまだ回る世界が気持ち悪くてその腕にしがみついていると、しばらくして貧血が治ってきて、ようやくその腕を離してその人の顔を見上げると、その人は先程私の隣に立っていた今牛若狭だった。

 不良と恐れられる彼がまさか自分を助けてくるなんて思いもしなかったし、元々恐怖の対象だったこともあって咄嗟に体を離そうとしたけど、混みすぎていて離れられない。どうしよう、どうしようと焦っていると、少ししてそんな失礼なことをしたのにまだ私が倒れないように支えてくれるのにようやく気付いた。

「あ、あの……ありがとうございます」
「見てて気分悪かっただけ」

 私の小声のお礼に視線も合わせずにぴしゃりと返事が返された。彼の態度にそれ以上何も言えないし、しかも信じられないラッシュだから、しばらく私は無言で頭ひとつ分大きい今牛さんの首元をじっと見つめ続けた。どれくらいそしてたか覚えてないけど、少しした後、友達が「ワカくんってその辺のモデルとか俳優なんか目じゃないくらいカッコいいから!」なんて言ってたのを思い出して、好奇心から視線を上げるとぱちりと今牛さんと目があってしまった。

「…何?」
「あ、いえ…」

 すぐに目を伏せたけど、至近距離のイケメンは本当にやばかった。

 まつ毛長い。肌綺麗。めちゃくちゃカッコいい。

 目、合っちゃった。

 電車がゆっくりと減速し始めて、次の駅に到着しようとする。慣性の法則で体が進行方向に流れようとするのを今牛さんが手で私の肩を支えて止めてくれる。私の体がどうしても今牛さんの体に触れてしまうのがなんだかすごく申し訳なくて、目的地である次の駅に早く着いてと願った。

 駅に着いた途端、私を支えていた手は離された。もう一度お礼を言いたくてその人を探したけど、今牛さんは痴漢おじさんを電車から引きずり下ろしてそのままどこかに行ってしまった。私も一緒に行った方がいいかと思ったけど貧血がまだ残ってて追いかけられなかった。


 二回目の邂逅は、数日後の塾の帰り道だった。塾から駅までは暗い道が多いから足早に道を歩いていると、アイスを食べながら歩く不良とぶつかってしまった。というか、ぶつかられた。

「服汚れたじゃねぇか弁償しろコラァ!!」
「あ、と、すみません」
「すみませんで済んだらサツいらねぇだろ」

 不良なのに警察頼りにしてるの?恐怖で固まりながらも、そんなどうでもいいことが気になって返信が遅れると無視していると勘違いされてしまった。
「何無視してんだ!さっさと金出せや!オレの後ろにはブラックドラゴンがついてんだぞ」

 ブラックドラゴンが何か知らないけど、怖いしさっさとお金を払おうとカバンに手をかけると、「ブラックドラゴンがなんだって?」と私の後ろから声がした。

 振り返るとそこには先日お世話になった今牛さんが黒の特攻服を着て立っていた。その向こうには何にも同じ服を着た人がいる。

「あぁ?だからオレの後ろには…」
 私にぶつかった男の人は今牛さんを見て固まった。
「後ろには?何?」
 今牛さんがニヤリと笑う。
「まさか…白豹…?」
「そうだけど。アンタオレらの知り合いだっけ?」
「すみませんでした!」
 男はガラケーみたいにきれいに半分折りになって謝り、走って逃げていった。

 やっぱり今牛さんてすごい不良なんだ…あんな不良が一目見ただけで逃げていくなんて。そう感心しながら助けてもらったお礼をしようと彼を見ると、「アンタこんなペースで厄介ごとに巻き込まれてよく生きてんね」とため息を吐かれてしまった。

「覚えてるんですか?」
「そんな物忘れ激しくないけど」
「す、すみません…。あの、先日も今日も助けて頂いてありがとうございました。この御恩はいつか必ずお返しします!」

 そう言うと今牛さんは何故か吹き出して肩を震わせて笑い出した。

 私、何か変なこと言ったかな?

「ん、別にいーけど。気をつけろよ」

 そう言って今牛さんは仲間のところに戻っていった。

 その日から彼は私にとって同級生の怖い不良から、優しい不良で、恩人で、少し気になる人になった。

  ◇◇◇

 恩返しの気持ち9割、下心1割の申し出が無事に通って、貧血後なのにルンルンとした気持ちでお昼休みの教室に戻ると、なぜかみんな窓際に張り付いている。

 窓際に立つ友人の小百合に「どうしたの?」と聞けば、小百合は「ワカくん公開告白されてるよ!」と教えてくれた。ちなみに私の友人はワカくん推しを公言している。

 さっき言ってたやつかな…って公開告白!?急いで窓の外を覗くと、そこには先ほどまで私の前にいた若狭くんと、二年生で一番可愛いと有名な女の子が立っていた。

 うそ、まさか告白の相手って柳さんなの!?もう私のうそカノとか忘れてくれていいです、と言いたくなるくらい私とはレベルの違う相手に自分の顔が引き攣る。若狭くん、どうするんだろ…、とことのなりゆきを見守るために若狭くんをじっと見つめていると、若狭くんは一瞬こちらの方に目を向けた。

 え?今、目が合った?

 なんて自意識過剰なことを思っていると、シーンと静まり返る学校に柳さんの可愛らしい声がつむがれた。

「ワカくん。私、ずっとワカくんのことが好きでした。よかったら付き合ってください」
 あー、ついにワカくんにも彼女できちゃうか、なんて友人達も隣で嘆いていて、男性陣もみんな狙っていた柳さんがついに誰かのものになってしまうと涙を流している。
 だけど、若狭くんの返事はみんなの予想を裏切るものだった。

「オレカノジョいるから」

 信じられない結果にざわざわとギャラリーが騒ぎ立てるけれど、何よりも私が一番衝撃を受けていた。

「…もしかしてそのネクタイって…特進の?」
「そ。悪いけどもう首輪ついてんだよね」
 そう言ってネクタイを指で挟んでヒラヒラさせた後、若狭くんは柳さんに背を向けて歩き始めた。

 …まさか…柳さんをフって私と付き合ってるとか…言わないよね?そのためのうそカノなのかもしれないけど、これはちょっと…想定外すぎ…。

 柳さんは帰ろうとする若狭くんを呼び止めた。
「ワカくん!誰なの?彼女って」

 やばい。こんなはずじゃなかった。

 私は後退りし始めるけど、窓際の見物客の多さに思うようにその場から脱出できない。

「二年B組のミョウジナマエ」
 そう言って若狭くんは私の方を見てニヤリと笑う。するとその視線につられてクラスの全員が私の方を見てくる。

「…ナマエ…アンタ、ネクタイは?」
「…家に忘れちゃった?」
 軽くパニックになっている私は的確な質問をする友人にそんなアホな返事しかすることができなかった。

 この時の私の気持ち、誰かわかってくれるでしょうか?あの美女をフっておいて相手お前かよ、みたいなみんなの視線を一身に受けて私は本当に消えたくなった。

 佐野さんの言うことは正しかった。分不相応な申し出はするものじゃないし、欲を出すからこういうことになる…いい教訓だ。

 なんて言ってる場合じゃなくて、これからどうしよう…。

 ジリジリと迫る級友たちの目線が怖くて、あんなバカな提案をしてしまった自分を呪いたくなったのだった。




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