彼女のフリをしてたらいつのまにか外堀を埋められていた件 番外編




夏休み前、学校は文化祭一色になる。他の学校よりも早く開催されるこの学校の文化祭はなかなか好評で、近所の人や生徒の知り合いなど一般の人もたくさん来場する。一般の人が参加できる2日間の本祭にプラスして、在校生のみ参加できる2日目夜の後夜祭は3年生にとっては受験前の最後の楽しみでもある。人気どころは有名人を呼んでのライブ、ミス・ミスターコンテスト、後夜祭のスカイランタン、そして模擬店。各クラスや部活が出店する模擬店は毎年レベルが高いから私ももちろん楽しみにしている。

そんな文化祭が数日後に迫った頃のお話。




「暑いね」
外はもう30℃近い気温。今まで屋上にあるなけなしの日陰でお昼ご飯を食べていたけどそろそろ限界が近い。私の呟きを聞いて真一郎くんが
「この狭い日陰にこんな密集してたらそりゃ暑いよな」
と苦笑した。

日陰は畳二畳ないくらいだから確かに四人はキツい。彼女のいる武臣くんは別の場所で食べているから今ここにいるのは若狭くん、真一郎くん、ベンケイくんに私。

「真ちゃんたちここで食うのやめるって言ってたのになんでまた戻ってきたの?」
「オレはどっちでもよかったんだけどな」
ベンケイくんはそう言うと真一郎くんを見た。その真一郎くんはというと珍しく黙って返事をしない。

不思議に思って「何かあったの?」と真一郎くんに聞いてみれば、眉間に皺を寄せてぼそりとつぶやいた。

「…んだよ」
「ん?」
「ワカたち見てると砂吐くからってみんな校舎裏で食うようになったくせに、知らない間にカノジョ作ってそこでイチャイチャしてんだよ!!」

「…え」

……砂吐く?

……え?

砂吐くってもしかして漫画とかでよく見るあれ?甘すぎて口から砂糖出ちゃう的なあれ?

え…

待って…

みんながここからいなくなったのって私たちのせいだったってこと…?寒くなった頃にいなくなったからそのせいだと思ってたのに!

今そこじゃないのはわかってるんだけどあまりにショックで言葉を失っている隣で若狭くんが「だから何?」とばかりに私の腰に手を回してグイッと引き寄せてきた。
「…」

そのまま手のひらが私のお腹をさわさわとさすってくるのが恥ずかしくて身を捩ってなんとかその手を止めようとするけど、若狭くんは面白がってやめてくれない。それどころか中指の腹で私の脇腹をスウッとなぞって私の体がびくっと跳ねた。
「…ッ」

私が弱いのわかっててやってる!

若狭くんを睨みつけたけど本人はどこ吹く風で
「真ちゃんって好きになる女と好きになられる女のタイプが違いすぎんだよね」
と真一郎くんに話しかけている。

「モデルみたいな女ばっか追いかけすぎ」
「あー、まぁ真はそうだな」
「つーかモデルみたいな女はみんなワカのこと好きになんだよ…ワカ彼女いんのになんで『ワカくんみたいな人がタイプ』ってフラれんのか意味わかんねぇ」

そう頭を抱える真一郎くんを見て若狭くんは笑ってるけど、こっちはそれどころじゃない。若狭くんの手は今度は私の背中に回った。下の方から上へツゥっと撫でられて思わず声が出そうになるのを必死に我慢しているから、真一郎くんからの
「ナマエちゃんだってンな彼氏がモテてたらイヤだろ!なぁ?」
という問いかけを聞いていなかった。

返事をしない私をおかしく思った真一郎くんが、「ナマエちゃん?」とこちらを見てようやく私に何かを話しかけていたんだと気がついた。

「んんっ、ご、ごめんね…なんだった?」
「……。あーもうまじやってらんねぇ!あっちでもこっちでもイチャイチャしやがって!」
「あ、し、真一郎くん!?」

急に顔を赤くして怒り出した真一郎くんを呼び止めたけど、そのまま振り返ることなく出て行ってしまった。

「ワカ、煽んなって」
「真ちゃんとナマエの反応が面白いのが悪い」
「私は悪くないはずなんだけど…!」

私がそう言えばベンケイくんも苦笑いして
「じゃあオレも暑いしそろそろ行くわ。学校ではほどほどにな」
と屋上から出て行ってしまった。その言葉でベンケイくんにも私が若狭くんにイタズラされていたことがバレていたのがわかった。

やばい。恥ずかしくて死にそう………。

「わ、若狭くん!やめてよ、二人がいる時にああいうことするの!」
「二人の時ならいいワケね」
「そうじゃなくて…!」
「つーか何真ちゃんにエロい顔見せてんの?その顔見ていいのオレだけでしょ」
「え、え、えろ…!?」

自分がしでかしたことなくせに何を言ってるの!?っていうか、私はくすぐったいのを我慢してただけなんですけど…!?

口をパクパクさせる私を無視して若狭くんは私にあの綺麗な顔を近づけてくる。ふわふわの白い髪が顔にかかるのがくすぐったくて顔を背けるたら、若狭くんは私の首に顔を埋めて唇を寄せた。

体がぞわりとした。

さっきベンケイくんに言われたばかりなのに!

ダメと咎める私の声を無視して
「今からオレんち行く?」
と信じられないくらいの色気を孕んだ声でそう耳元で囁く。

「ま、まだ午後の授業あるから」

そう私が若狭くんを睨みつけると
「まだ、ね」
と若狭くんは楽しそうに笑った。

……イヤな予感しかしない。

付き合い始めて二ヶ月。私は今日も若狭くんに振り回されている。



◇◇◇



助けてもらった恩を返すためにうちの学校で有名な不良四人組の一人にして学校一のモテ男、今牛若狭の彼女のフリを申し出て約半年、未だになんでこうなったのか全くわからないけど気付けば外堀はすっかり埋められていて、そのまま若狭くんの告白に頷いてしまい私は今本物の彼女をやっている。

なんで若狭くんが私のことを好きなのかわからないし、若狭くんの歴代の彼女(その話をすると若狭くんはいつも別に彼女じゃないなんて言うからその辺りは深く聞かないことにする)はものすごく美人ばかりだし、街を二人で歩いているのに若狭くんは女の人に声をかけられるし…。いろいろなところでやっぱり私は若狭くんの彼女に向いてないなと思いはするんだけど。

彼女のフリをしていた頃は女の人に声をかけられる若狭くんとラブラブな演技をして追い払っていたけど、本物の彼女になった今は逆にそんなことはできない。むしろ今は若狭くんが黙る私に
「何?妬いてんの?」
と私の頭を自分の方に引き寄せて肩にこてんとさせる。そして
「妬くオマエも可愛いけど」
と髪にキスをするおまけつき。どんだけ甘い彼氏なの?

とにかく付き合い始めてからの若狭くんは、「彼女に“待て”できるほど行儀良くねぇから」の言葉通りぐいぐいくる。今まで彼女のフリだからと耐えられていたことも、本当の彼女だと思うと恥ずかしいし無理すぎるって思ってるのにその上さらにぐいぐいくる。

それに正直待ってほしいって思ってるのにあの顔面で「ダメ?」とか聞かれるとつい頷いてしまうからさらに良くない。気がついたらなんでも白豹様の言う通りになってるよね、これ。怖い。




一通り若狭くんとの攻防が終わって、もちろん今日も負けた私は若狭くんの足の間に座らされて残された昼休みを過ごすことになる。

「そういえば若狭くんのクラスは文化祭の出し物何するの?」
「文化祭っていつやんの?」
「二週間後」
「ふーん。知らない」

全く興味ない。知ってた。せっかくだから若狭くんのクラスの模擬店行きたいと思ってたんだけど…真一郎くんたちに聞いてみようかな。知ってるかは謎だけど。まあ不良と学校行事ほどかけ離れたものはないしね。

「うちはコーヒーショップやるよ。スタバみたいなやつ。ちゃんとしたコーヒーメーカー借りてやるから多分美味しいはず」
「特進のくせになんでそんなのに力入れててんの」
「ね。嫌がってる人もいるからやりたい人で準備してそういう人は当日に働いてもらうって感じにしてるよ」
「ふーん」
「しかもメイドで接客するらしい。普通のコーヒーショップでいい気がするんだけど」
「…メイド?」

若狭くんはあからさまにやめろと言う顔で眉間に皺を寄せる。
「私は接客しないから着ないよ」
「ならいいワ」
「私の当番1日目なんだけど、もし気が向いたらコーヒー飲みにきてね。ご馳走するよ」
「ん」

若狭くんは絶対に来ないなって感じの返事をして、私を膝に乗せたままケータイを取り出して誰かとメールをし始めた。

っていうかいつまでこの格好なの…?

「若狭くん」
「何」
「暑くない?」
「ちょっとね」
「じゃあ私のこと離していいよ」
「ヤダ」
「なんで?」

暑いなら離せばいいのに。そう思って若狭くんの方を見れば若狭くんと目がパチリとあった。

あ、やばい。

そう思った瞬間、若狭くんの顔がぐっと近くに寄せられた。
若狭くんの綺麗な顔が近すぎて咄嗟に目を閉じたから、まるで私がキスを待っているみたいになってしまった。でも唇にはいつまで経っても何も触れないままで、うっすらと目を開ければ若狭くんは私のことを面白いモノを見るかのように見つめていた。

「ナマエの反応が面白いから離さない」

本当に遊ばれてる!!

「もー!!」
そのタイミングでチャイムが鳴ったから私は若狭くんの膝を飛び出した。

若狭くんのバカと思いながら「私もう行くね!」と歩き出したら、
「ナマエ」
と名前を呼ばれた。

「何?」
私が少し怒りながら振り返ると、目の前には若狭くんの顔があって、今度は瞼を閉じる間も無くほんの少し触れるだけの口づけをした。

「!!」
「授業終わったら続きしよ」

今度は堪えきれずに「バカ!」って叫んだら若狭くんはすごく楽しそうに笑って、「じゃ、後で迎えにくるワ」と私を置いてさっさといなくなってしまった。

もうすぐ授業が始まりそうなのに心臓がどくどく鳴ってその場から動けない。

若狭くんのぐいぐいが半端なさすぎて心臓もたない!!死んじゃうんですけど…!!

この後のことを思うとどうしたらいいのかわからなくて結局授業は頭に入ってこなかった。

私、成績落ちたらどうしよう…。

そのあと先生に職員室に呼び出されてドキッとしたけど、
「ミョウジ!今牛に授業受けろって言ってくれ!」
と若狭くんの担任から頭を下げられただけだったから、胸を撫で下ろした。



◇◇◇



若狭くんはいつも教室に迎えに来てくれる。だから若狭くんが通らない道を使って帰ればワンチャン…と思って急いで下駄箱にむかったら、私の下駄箱のすぐ近くの壁にもたれかかってる若狭くんがいて頭を抱えた。

「…」
「じゃ、行くか」

やばい。私の考え完全に読まれてるんだけど…。

若狭くんは私の手からカバンを取って肩にかけると私の手を取った。ちなみに私は自分のカバンは自分で持ちたいタイプなので普段は自分で持ってる。若狭くんも私がそう言うタイプなのを知ってるのにあえてカバンを取ってくるってことは「逃さねぇから」という無言の圧力。

うぅ…コワイ……

今からでも逃げ出したい気分でいっぱいだけど、逃げるのが得策じゃないのは百も承知。諦めて若狭くんの手を借りてバイクの後ろに乗った。



「お邪魔します」

結局若狭くんの家に連行されてしまった。いつもは若狭くんの部屋に直行なのになぜか若狭くんはリビングに入っていく。ちょっとだけ部屋に行くのが怖かったからよかったと若狭くんの後に続いた。

「なんか飲む?」
「若狭くんは何飲む?私やろうか?」
「今はいいワ。後でメシ作って」
「ご飯?」
「今日ウチの親会社の慰安旅行でいねぇから」

………なんだって?

「…」
「めんどかったらコンビニ買いに行くけど」
「え!?あ、だ、大丈夫!作るよ!何食べたい?」
「なんかあるものでできそうなの」
「勝手に材料使っていいの?」
「ン」

若狭くんのお母さんはさばさばしてる人だからその辺りのことは全然気にしないタイプなのでありがたいけど…。

結局頭の中でごちゃごちゃとお昼の若狭くんのセリフが回り続けているから何も思い浮かばなくて超定番メニューカレーを作ることにした。

「カレーでもいい?」
「ン。オマエの作るのならなんでも好きだからなんでもいいワ」
「…若狭くんってほんと…」
「何?」
「なんでもない…」

タラシだ。





カレーを煮込んでいる間、若狭くんはすぐ後ろのキッチンのテーブルに座ってバイク雑誌をペラペラめくっていた。たまに「そういえばさ」と若狭くんが切り出した話にはもちろん答えるけど、私からは全く話をふらない。というのももちろん勝手に一人で悶々としているから。

もくもくとカレーをかき混ぜていたらいつのまにか若狭くんがユラリと後ろに来て、私の肩に頭を乗せた。

「もうできそう?」
「あ、う、うん。もう少し、かな」
「ん。じゃあ終わったらオレの部屋行こ」
「う、え、あ、うん」

無情にもカレーは出来上がってしまって、「行くか」という若狭くんの後ろについて行くと若狭くんは自分の部屋のベッドに座った。私は入り口すぐの若狭くんから一番離れたところに座って、自然を装って近くの雑誌に手を伸ばそうとしたら、
「なんでそんなとこ座ってんの?こっち来て」
と呼ばれてしまった。

恐る恐る若狭くんの前に立つと
「膝乗って」
と若狭くんは自分の膝をポンポンとたたく。

躊躇いながらいつも通り若狭くんの膝の間に座ろうと後ろを向いたら何故か止められた。

「?」
「じゃなくて、こう」
「わっ」

手をぐいっと引っ張られると、私はそのまま若狭くんを跨ぐ形でベッドに乗り上げてしまった。向かい合わせで若狭くんの足の上に座らされる。

恥ずかしくてすぐに降りようとするのに若狭くんに腰を掴まれて動けない。しかも私が恥ずかしがってるのが分かってるからかなんか笑っててそれにちょっとムカつく。

「いじわる…」
「意地悪なのはそっち。逃げようとするし、さっきから全然話さねぇし。そんなにウチ来んのイヤだった?」
「イヤ、じゃないけど…」

私がもごとごと言い続けると若狭くんはプッと吹き出すように笑った。

「なんで笑うの!?」
「オレの彼女かわいーって思ってた」
「もう若狭くんほんとイヤ」
「怒んなって」
「棒読みすぎ…絶対思ってない…」
「思ってる」

私がムッとした顔をしているのに若狭くんは私を見上げて楽しそうに笑っている。

緊張してた自分が馬鹿みたい…

普段は見上げる若狭くんの顔を見下ろす形になるのは初めてだった。上から見る若狭くんもやっぱりかっこよくて、自分含めてその辺の女子よりきれい。っていうかスキンケア何したらこんな肌になるの?唇も私は必死にケアをしてなんとかなってるのに若狭くんはかさつきひとつない。これだから元がいい人は…そう思って見つめていたら、若狭くんは私の頬に手を添えてきた。

「キスまだ?ずっと待ってンだけど」
「え!違うよ!っていうかこの流れでしない」
「あんまりじっと見られたから期待したワ」
「しないで…。あの、若狭くんスキンケアしてるのかなって思ってただけで」
「特になんもしてねぇけど」
「だよね。やっぱり元がいいからなぁ」

お母さんめちゃくちゃ綺麗だし。遺伝子から違うんだろうなぁ。

「オマエオレの顔好きだよネ」
「ま、まぁ。若狭くんの顔嫌いな人いないと思うけどね」
「オレはオマエが一番可愛いと思うけど」
「…それはありえない」
「カノジョのこと一番かわいいって思うのは当たり前でしょ」
「……」

もうホントなんなの!?私のこと殺したいの!?心臓もたなくて死んじゃうんだけど…。

この至近距離でこんなふうに若狭くんに言われて普通でいられるはずない。私は若狭くんからそっと目を逸らした。

そうしたら若狭くんが私の頭を自分の方に引き寄せてキスをしてきた。触れるだけのキスを何度か繰り返した後、今度は私の頬、瞼、それから首元にもチュッと音を立ててキスをする。その音がまた私の羞恥心を煽ってきて身を捩ると、若狭くんは私の首に埋めた顔を上げてまた唇に自分の唇を重ねる。今度はさっきと違って深く、まるで飲み込まれるかもしれないと思うようなキス。

付き合って二ヶ月。今までに何度かそういう雰囲気にはなっていたけど、私が少しでも抵抗するそぶりを見せれば私から離れて、
「別にシたくて付き合ってるワケじゃねぇから。それにこれから何度でもできるし」
と余裕そうに私の反応を楽しんでいた若狭くんとは、今日は違う。私に抵抗させないように強く抱きしめて、嫌だと言わせないように唇を塞ぐ。

なんか、若狭くんにキスされると頭がぼーっとしてくる…。

なんだかそれを気持ちいいって思い始めて口づけを受け入れ始めた時、若狭くんの手が私の制服の中に入ってきた。普段なら絶対に「ぎゃー」とか色気なく叫びそうなところなのに、思考がうまく働かなくて拒否できない。

どうしよう…流されちゃうかも…なんて自分らしくない考えがよぎった瞬間、計ったかのようなタイミングで外からバブーっと聴き慣れたマフラー音が聞こえてきた。
「…」

そのバイクは若狭くんの家のすぐ近くで停まって若狭くんを呼ぶようにブンブンと鳴っている。

若狭くんは私から唇を離した。

「……」
「この音って…真一郎くん?」
「…ハァ」

若狭くんはため息をついて私を自分の上から降ろした。

「ちょっと行ってくるワ」
「う、うん。行ってらっしゃい」

助かった…。そう思ったら若狭くんは少しむすっとして私の頬をつねった。

「助かったみたいな顔すんな」
「…ごめんなさい…」
「話終わったら来るから、それまでここいて」
「あ、うん」
「ン。その顔見ていいのオレだけだからネ」

案に私がまたエロい顔をしてるって言われた事に気がついて、また火が出そうなくらい熱くなった顔を脇に置いてあったクッションに埋めた。



真一郎くんは黒龍のことで大切な話があったみたいで少し時間がかかりそうだったから、私はその間心頭滅却を唱えながら数学の問題を解くことにした。小一時間くらいして若狭くんに呼ばれて、真一郎くんと三人でカレーを食べて家まで送ってもらった。

うん。なんか、よかった。真一郎くんありがとう。



◇◇◇



「ナマエ、文化祭の服ちゃんと借りれた?」
「まだ。小百合は?」
「借りたよ。峰くんの制服」
「他校の制服目立ちそう…」
「まぁね」

接客以外の人は男子は女装、女子は男装することが急遽決まったんだけど、彼氏の制服を借りることにしたらしい友人の小百合はうちのクラスで人気だから、当日彼氏の服を着た小百合を見て泣いてるのが目に浮かぶ…。

「ナマエはワカくんに借りるんでしょ?もう明後日なんだから早くしないと」
「誰かに制服借りればいいと思って忘れてた。〇〇くんか××くんとか貸してくれないかな?」

そう言って私がキョロキョロと周りを見渡したら小百合に
「多分貸してくれないよ」
と言われてしまった。

「なんで!?」
「うちの学校のトップの不良の女なんだから。あの独占欲の塊なワカくんにそんなの知られたらどうなるかだいたい想像つくし」
「…え」
「あれだけ毎日迎えに来てオレの女に手を出すなアピールしてたらね」

おかしくない?私が若狭くんの女避けのために彼女のフリをしてたはずなのに、なんで私の男避けが完成してるの…?
こんなところでも外堀が埋められてたなんて…。若狭くん、ほんと怖い…。

「で、なんでワカくんに借りないの?」
「もう少し小柄な人に借りた方がいいかと思っただけで…」
「ワカくんだって彼女が他の男の服着たら嫌なんじゃないの?」
「嫌かな?」
「嫌でしょ」

そっかぁ。
若狭くんの制服、かぁ。これって彼シャツってこと?なんか恥ずかしい…。でも背に腹は変えられないし…。今日塾終わったら若狭くんが迎えにきてくれるって言ってたからその時聞いてみよ。


◇◇◇


塾が終わった後に迎えにきてくれた若狭くんと近くにできたおいしいと評判のハンバーガー屋さんで夜ご飯を食べながら、
「若狭くん、そういえばうちのクラスの模擬店の話なんだけど…」
と話を切り出した。

「ん」
「色々あって私は男装することになって」
「男装?」
「うん。それで、その…若狭くんの制服とかって貸してもらえたりしますか…?」
「別にそれくらい貸すけど。むしろなんでそんな言いにくそうなのかわかんない」
「だ、だって…なんか彼シャツってことになるとなんか恥ずかしいなぁって…そんなことない?」
「…明日多分学校行かねぇから今日貸すワ」
「う、うん」

若干この間の今日で若狭くんの家に行くのが怖かったけど、借りるしかないので頷いた。


食べ終わってその足で若狭くんの家にお邪魔すると若狭くんは制服を脱いで私にポイっと投げてきた。

「ありがとう」
「今着て」
「……ん?」
「彼シャツ。オレが一番に見る権利あるでしょ?」
「う、うん?そうなのかな?」
「そうでしょ。今着て見せて」
「え」
「返事ははいかイエス」

ホント横暴…

「洗面所借りてもいい?」
「ここで着ればいいでしょ」
「え、無理無理」
「じゃ、あっち向いてるワ」

もー…。ほんとに若狭くんのお願い断れるようになりたい。

若狭くんに借りているネクタイに手をかけてシュルリと外したあと、制服のボタンを外して行く。ちらりと若狭くんの方を見たらちゃんとこちらを見ずにケータイを見ていたから制服を急いで脱いで若狭くんのシャツに腕を通してみると、思ったよりもさらに大きくてぶかぶか。

私のよりおっきいんだな。

なんて当たり前のことを思ってしまった。ベンケイくんや真一郎くんより小柄だから普段はそんなに思わないけど、抱きしめられるとすっぽりと彼の腕に自分が収まってしまうし、私がだいぶ小柄な方っていうのもあるけど、こうして着てみるとやっぱり男の人なんだ…。

シャツからは若狭くんの香水の香りとイヤじゃない汗の匂いがして、なんだか本当に若狭くんに抱きしめられているような気がする。

この前若狭くんに抱きしめられてえっちなキスをされたことを思い出しちゃってつい顔が熱くなっていく。

だめだめ、なんか違うこと考えよ、と今日の授業中に嫌いな先生のカツラがズレていてクラスのみんなで死ぬほど笑いを堪えたことを思い出そうとしたら、
「いつまで着替えてんの?」
と若狭くんに声をかけられた。

後ろを振り返ると、「見ない」と約束したはずの若狭くんが堂々とこっちを見ていた。

「オレが着せてやろっか?」
「若狭くんほんとバカ!?なに見て…!!」

私が慌ててそう言うのに完全に無視をして
「彼シャツとか全然興味ないと思ってたけど、好きな女がやってるとこんな感じなんだね」
と続けた。

「こんな感じ?」
「ん?」

ベッドに座っていた若狭くんはゆっくり立ち上がって、後ろを向いたままの私を抱きしめてた。

「悪くないワ」

そう言って若狭くんは私の肩口のところに唇を当てて、ほんの少し音を立てて吸い付いた。チクッとしてつい
「んっ」
て声が漏れた。若狭くんは私を正面に向かせてベッドに置いてあるクッションに私をもたれかけさせると場所を変えて何度も私の首元や肩口に吸い付いた。チクリと感じる痛みと共にたまに肌に刺さってくるのは多分若狭くんの犬歯。

「ん、若狭く、痛いよ…」

この間のこともあって少しだけ怖くてやめてと言ったら
「あとちょっと」
とこの獰猛な肉食動物はやめてくれない。

しばらくそれが続いた後若狭くんはようやく私を離してくれた。若狭くんは私の首や鎖骨を撫でて満足そうに薄く笑った。イヤな予感がして近くの鏡を覗き込むと、

「なに、これ…」

そこには無数の赤い跡。どうあがいても虫刺されには見えない。しかもその鬱血痕はいったい何個あるの?ってくらいある…。

「こんなのついてたら私若狭くんのシャツ着れないんだけど…」

ぶかぶかだから首元緩いし絶対にこの跡出ちゃう…。っていうか恥ずかしくて外出れない。

「それついてたら誰も文化祭でオマエに声かけねぇだろ」
「こんなのなくても誰も声かけてこないよ」
「オレ自分のものには名前書いとく主義だから。まぁオマエ限定だけど」
「自分のものって…」
「オマエはオレのモノって言わなかったっけ?」
「ん、え…」
「オマエは全部オレの。だから勝手に人に触らせたりすんな。触っていいのはオレだけ」

これからもずっとね。

「え」

どうしよう。若狭くんのこと、もちろん好きだけど。

私が当初思い描いていた若狭くんは自分からは決して女の人にいかない、来るもの拒まず去るもの追わずな人だったのに…。

やっぱり若狭くんの愛、めちゃくちゃ重たい…!!独占欲強すぎ!!



「…じゃなくて、こんなんじゃ明後日このシャツ着れないんだけど、どうすればいいの?私遊んでる女とか思われるのイヤなんだけど…」
「それはオレもイヤだワ」
「若狭くんのバカ…」
「じゃあオレのトップクでも着てみる?」
「トップク?」
「これなら絶対手出されねぇし」
「…」

若狭くん考えるのがめんどくさくてそこにあったトップク目に入って適当に言ったでしょ。普通にこの跡かくれないし、流石にそれはない。絶対にない。

ないんだけど…

「試しに一回着てみていい…?」

実はちょっと着てみたかった。

「黒龍と煌道どっち?」
「え、じゃあ長いの着てみたいから煌道連合のでもいい?」

若狭くんから渡されて着てみたら、萌え袖どころじゃないレベルで袖が余るし着られてる感半端ない。若狭くんの方を見て
「流石にこれは着ていけないね?」
と笑ったら若狭くんから表情が消えていることに気がついた。

「若狭くん?どうした」




「の?」は言わせてもらえなかった。結局当日は若狭くんの私服を着て参加することになった。夏なのに首がしっかりと隠れるパーカーを渡されて、結局キスマーク見られるのはヤなんだなと苦笑いした。

あと今日はひとつ教訓を得た。

若狭くんの前で特攻服は二度と着ない。



◆◆◆



文化祭なんて絶対ぇ参加しないタイプのワカに聞いても無駄だと思ってたけど一応
「ワカ明日ガッコー行く?」
と聞いてみた。

「多分」
「マジで!?」
「真ちゃんは?」
「エマたち来るから行く。つーかワカがこーいうのに興味持つの珍しいな」
「まあ一生に一度くらいは。ナマエがコーヒー奢ってくれるらしいし」
「なんだかんだワカに言うこと聞かせるナマエちゃんスゲェよな」
「本人はンなこと思ってなさそうだけど」

そう言うワカは鼻歌でも歌いそうなくらい機嫌が良い。

「まぁ普段はワカが押し切りまくってるからな」
「アイツオレの顔好きだから目を見れば大体はイケるんだけどネ」
「オマエってほんっと悪い男だよな…」
「まぁでも全部思い通りにいかないから面白いんだけど。あと最近バカって言われんのが結構好き」

ワカが何を思い出して笑ってんのか知らねぇけど、聞いたらまた砂糖をキロ単位で吐き出すことになるのがわかってるからオレは聞かねぇぞ!

つーかワカが女に執着してんのは初めて見たから本当に今でも信じられねぇ。あとあんなあまっあまなワカも。女は来るもの拒まず去るもの追わずなひでぇ男だったのになぁ。黒龍立ち上げた頃の女と遊びまくってフりまくってたワカに今のワカを見せてやりてぇ。

「そーいやワカってどこでナマエちゃんのこと知ったんだよ。保健室が初めてじゃねぇんだろ?なんでそんな紗南ちゃんのこと好きなわけ?」
「まぁ。アイツが痴漢にあってたの助けたのが初めてだったけど…」

ワカが何かを思い出すようにして笑った。

「裏でこそこそオレを見てたのが可愛かったってトコ」
「言う気ねぇだろ」
「まぁアイツの可愛いとこはオレだけ知ってればいいから」
「…」

ってことはあのとき初めっから外堀埋めて付き合う気満々だったってことだよな?ワカ、まじこえぇ。

「白豹の狩りってこんな感じなんだな」
「真ちゃんもそのうちその爪立てても離したくない女が現れんじゃない?」

どうだかなぁ。

つかナマエちゃん最近可愛くなったって噂だけど、それってワカのせいだよなぁ。まぁワカのガード死ぬほど固ぇから告ってくる男とかいねぇと思うけど、いたら超キレんだろうな。


「つかさぁ、真ちゃん」
「ん?」
「自分のトップク着た自分の女って理性飛ぶね」
「…は?」
「ナマエが彼シャツするとか可愛いこと言うから揶揄ってたんだけど」

やばい。これは。

「ちょっとやりすぎてキスマークシャツじゃ隠れなくなったから、試しにトップク着せてみたんだワ」

砂糖吐くやつ。

「今まで我慢してたのがバカらしくなった」

どうりでワカの機嫌めちゃくちゃいいし、肌いつもよりつやっつやだと思った。ナマエちゃん多分初めてだろうにマジでかわいそうだな…。

いやでもやっぱワカに二ヶ月も我慢させるナマエちゃんがすげぇんだよな。






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