彼女のフリをしてたらいつのまにか外堀を埋められていた件5







20日は晴天。ボウリングに天気が関係するのかは知らないけど、きっとボウリング日和に違いない。

「ナマエ!」
「小百合、お待たせ」
「この服どうかな?変?」
「似合ってるよ。ボウリングにも合ってるし、好感度高いよきっと!」
「そうだといいけど。ナマエも今日かわいい!」
「ありがと!」


先に小百合と待ち合わせてお互いの服装チェックをする。ちなみに私は少し気合を入れて化粧をしてきた。いや、別に彼氏を作りにきたんじゃないけどね。全く相手にされないよりは少しは興味を持たれたい乙女心。

待ち合わせのボウリング場に向かうと、小百合の友達2人が先に着いていた。2人は結衣ちゃんと香奈ちゃんという名前で、名前も顔も雰囲気も可愛い。軽く自己紹介をすると、香奈ちゃんが、
「ねぇ、今日一緒にボウリングするのってあの人たちだよね?怖そうだけど、イケメンだね!」
とこっそり遠くにいる2人組の男子を指さす。そちらを見るとちょうど向こうもこちらに気付いたようだった。
「小百合ちゃん」
「あ、蓮くん!」

なるほどイケメン。小百合好きそう。向こうも満更じゃなさそうだし、これはついに小百合にも彼氏が…。

ゆっくりこちらに近づいて来るもう一人の男子を見ると、どこかで見知った顔…
「オイ、ブス、なんでテメェがこんなとこにいる」
「み、峰さん…?な、なんでここに…」

前に若狭くんの誕生日会で会った若狭くんの右腕兼毒舌王がそこにいた。

…。

……。

も、もしかして蓮くんって…黒龍の人?

そしてその蓮くんが私の後ろの方に向かって手招きをして信じられないことを口にする。
「あ、真一郎くん、ワカ、こっちこっち」

シンイチローに、ワカ…

ワカ…




ワカ……!?



あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ




終わった…………。


手のひらで顔を覆いながら死にたい気持ちでいっぱいになっていると、誰かに肩に手を回された。
「ちゃんと次会うの楽しみにしてた?」
「…!」
聞き慣れた甘いイケボが耳をくすぐる。ゆっっっくりとそちらを振り返ると目は笑ってないのに口元だけニヤリとした若狭くんが私をジッと見つめていた。

「…は、ハイ…してました…」
「そ。でもオレの誘い断ってこんなとこにいる悪い子にはオシオキだから」

助けを求めるように真一郎くんの方を見たら目を背けられた。

いっそ誰か殺してくれ…。





そういえば小百合の好みって危ない香りのするイケメン…それでこの辺でナンパから助けてくれる人っていったら黒龍のメンバーの可能性、まあまあ高いよね。なんで気付かなかったの私のバカ!!


「蓮くんってワカくんたちの知り合いだったんだね!」
「そーそー。ワカから知り合いって聞いてたんだけど、なんか内緒にしろって言うから。まさか小百合ちゃんがワカの彼女の友達とはね」
「ナマエも内緒にするなんて寂しいよ。ワカくんには言っておくって言ってたけどまさか来るなんて!教えてよ」

あ、小百合それ今地雷…

そう思っていると隣にいる若狭くんが私の腰に手を回してきて、慣れない感触にひぇっと声が出る。

若狭くんからの視線を感じてそちらを見るとニッコリと笑ってきた。

こ、怖い…



◇◇◇



実際若狭くんのオシオキは大変にキツいものだった…

1ゲーム目はまだよかった。1ゲーム目は。

軽くみんなで自己紹介をした後、最初は普通に個人戦をすることになった。真一郎くんがめちゃくちゃ上手で、
「真一郎くんケンカ弱いくせにこういうのは上手いんだよな」
と蓮くんがこぼすと真一郎くんは
「ケンカ関係ねぇだろ!」
と怒るのをみんなで笑った。

その時真一郎くんの隣のレーンで投げている若狭くんを見るとサラッとストライクを決めて女子の黄色い声援を浴びていた。(若狭くんファンの小百合も蓮くんがいるのにカッコいー!と叫んでいて、それでいいのかとツッコみたくなったけど)

あぁ、うん、若狭くんっぽい…

一方私は、ものすごい後悔に襲われていた。ボウリング場の椅子に座るのも申し訳なくて、自分の番じゃない時はちょっと離れたところから遠巻きにみんなの様子を見て一人反省していた。

はぁ…やっぱりうそカノしながら次の人探そうとするなんて中途半端なことしてる場合じゃなかった。

落ち込んでいると、若狭くんが自分の番が終わってこちらに近寄ってきた。

「あの…」
ごめんなさい、と謝ろうとすると、急にバックハグみたいな感じで私のお腹のあたりに手を回してきて、アゴを私の頭に乗せてきた。

「ッ!?」

普段だったら叫び出したいぐらい恥ずかしいけど今回ばかりは私が悪い…ここは耐えてちゃんと謝ろ…

「若狭くん…本当にごめんなさい」
「ダメ。ナマエがオレのってちゃんとわかるまでオシオキするから」
「…」

めっちゃ怒ってる!!

でも今日もし若狭くんがいなくて峰さんたちがこんなのに参加してる私を見たら、アイツ最低な女だなってなってたよね…。せっかく若狭くんがあんなに頑張ってみんなに私のこと彼女だって認めさせようとしてるのに。そりゃ怒るよね…ホント反省しよ…

私が今やるべきことはしっかりとうそカノをやることだよね…

そう思って若狭くんの手に自分の手を重ねて、
「あの…もう二度とこんなことしないって約束します…ごめんなさい。自分が誰のものかよくわかりました…」
と返事をしたけど、若狭くんからはそれに対して特に何も返事はなくて、はぁとため息が聞こえてきた。

私の番になっても若狭くんは離してくれなくて、結局解放されたのはみんなの視線がしっかりこちらに集まった後だった…。峰さんからの嫌悪の眼差しが痛すぎて私のメンタルはその時点でズタズタ。

うん、1ゲーム目も全然大丈夫じゃなかった。ちなみにそんな中でやったゲームは信じられないほど点数が低かった…







2ゲーム目は、
「じゃあ次は女子が一投目投げて、男子が二投目投げるペア戦やろ!」
という小百合の提案で、合コン(これって合コンでいいのかな?)定番なのかなんなのか知らないけど、男女ペアで得点を競うことになって、私は真一郎くんとペアになった。



「っしゃ」
「真一郎くんすごい!!」

かれこれ三連続スペアをとる真一郎くんとハイタッチする。ちなみにメンタルブレイク中の私の一投目がひどすぎてスペアの意味は特にない。本当に申し訳ない。

次の順番が回ってくるまでの間はみんなペア同士で話していたので必然的に私も真一郎くんと話していた。

「私とペアになっちゃって本当にごめんね」
「いいけど。つかなんで今日来たんだよ」
「小百合がメンバー見つからなくて困ってて。私もボウリングくらいならいいかと思ったし、それに…」

若狭くんのこと好きにならないように新しい出会いを見つけに、なんて真一郎くんに言うわけにもいかないし。

「なんでもないです…若狭くん怒ってた?」
「あー、まァな。あのワカがいるのにここに来るのを決めたナマエちゃんがスゲェと思う」
「仰る通りです…自分がダメな人間すぎて穴があったら入りたい気持ちです」
「まぁでも付き合いもあるってアイツもわかってるだろうし。そのうち機嫌なおすだろ」
「うっ…真一郎くん優しい…」

優しさが身に染みてちょっと涙が出てくる。

「オレが泣かしてるみたいだからヤメロ」
「ごめんなさい。それにしてもボウリング本当にうまいね。何かコツってあるの?」
「別にフツーに投げてるだけだけど。もし持てるならもう少し重いボールに変えたら?力も弱いしボールも軽すぎてピンに弾かれてっから」
「そっかぁ」

自分の番までまだ少しあったのでボールを変えに行こうとすると
「ん、持つ」
と言って真一郎くんがボールを持ってくれた。

し、真一郎くん…優しい…
「ありがとう!」

結局ボールを変えただけじゃそんなに良くならなくて、結果はふるわずドベだった。真一郎くん、ごめん。







そして問題の3ゲーム目。

若狭くんとペアになったんだけど、
「オマエ下手すぎ」
と最初から罵られてシュンとなる。

「足を引っ張ってごめんなさい…」
「教えてやるからそこ立て」
「あ、はい」

ボールを持ってレーンの前に立つと若狭くんが真後ろに来て腰を抱いてくる。

「ひぃっ」
「何色気ない声出してんの?こっちは教えてるだけなんだけど」
と他の人に聞こえないように耳元で囁かれて体が強張る。
「あ、う…」
「つかオシオキ中なのになに真ちゃんとイチャイチャしてるワケ?ムカつくんだけど」
「え、そんなのしてな…」
「口答えすんな」

…う、怖い…

その間も姿勢を直そうとしてるのか腰だったり手を触ってくる。本当は罵られてるんだけど、側から見ればこれはただカップルがイチャイチャしてるように見えるだろう。しかもいちいち顔が近くてものすごい親密感が出ている。

無理、恥ずかしくて死ぬ。若狭くんも怖いし、後ろの人たちの目も怖い。

「若狭くん…顔が近い…です」
「イヤ?」
「…」

私はうそカノ私はうそカノ。若狭くんの求める彼女にならなくちゃと必死に言い聞かせて心を鎮めていると、
「ん。じゃ、これで三角の真ん中目掛けて投げてみて」
と言われる。

「う、うん」

言われた通り投げてみるとストライクとはいかないけど、9本ピンが倒れた。

「やった…!」
「よくできました」

意外とちゃんと教えてくれてたのかな…?そう言ってその後サラッとスペアを取る若狭くんが流石すぎる。


私たちの番が終わって戻ろうとしたらみんな私たちから目を背けていた。

「…」
ジロリと若狭くんを睨むと、
「そんな可愛い顔で睨んでも逆効果」
とまた腰を抱いてきた。

待って待って、本当に近い!!

歩きながら少しずつ若狭くんと離れようとするけどムッとしながらまた腰をギュッと抱かれる。

後ろの方までなんとか移動した後助けを求めて真一郎くんを見ると
「なんで真ちゃん見んの?」
と顔を若狭くんの方に向けられる。

あーーーーー!!私が悪いんだけど…私が悪いんだけど…!

オシオキキツすぎ……!!
もう絶対!二度と!合コンなんて行かない!!





地獄の3ゲーム目が終わってボウリング場を出ると小百合が
「じゃぁ罰ゲームはナマエと佐野くんペアでーす!」
と言い出した。

「え゛!?罰ゲームなんてあるの?」
「さては聞いてなかったな?ペア戦で一番点数低かったところは罰ゲームでみんなのアイス奢るって言ったよ」

真一郎くんを見ると彼も聞いていなかったようで「マジか」と呟いている。

「それじゃあ私たち〇〇公園にいるから二人で買ってきてね!」

そう言って6人は歩いて行ってしまった。取り残された私たちはとぼとぼとコンビニに向かう。

「ごめん…私のガターで真一郎くんのスペアを台無しにしまくったから。私払います」
「そんなワケにはいかないから。オレもコツ聞かれて全然教えれなかったし」
「あの時落ち込んでて全くボウリングに集中できてなかったからそのせいだと思う…真一郎くんは何にも悪くないよ」

いやいや、と二人で言い合っていつまで経っても決着がつかないので途中から面白くなってきた。

「ふふっじゃあ割り勘でお願いします」
「だな」

アイスを8個適当に選んだ後、真一郎くんは何か買いたいものがあるらしく、先に出ててと言われたのでコンビニの外で待つことにした。するとそこにセンスのない特攻服を着た不良さんが来て、

「おねーさん可愛いね、今からどっかいかない?」
なんて絡まれてしまった。

え!?私?
こんな風に不良に声をかけられるようなタイプではないのでキョロキョロと周りを見渡すけど他に誰もいない。

…え!?本当に私?

「無視?」
「あ…いえ…」
「ヒマそうじゃん。行こうぜ」
と手を掴まれそうになると、その手を掴み返す手が現れた。

「オレのツレになんか用?」
コンビニからちょうど出てきた真一郎くんが助けてくれた。よかった…

すると不良は真一郎くんの顔を見て固まった。
「オマエ…」
「何?」
結局不良はその問いに何も答えずに踵を返して去って行った。

「?なんなのかな、あの人…」
「…」
私が話しかけても真一郎くんは無言で不良の去った方を見つめてる。

「真一郎くん?どうかした?」
「ん?いや、なんでもない。大丈夫?」
「あ、うん。ありがとう。不良に声かけられるなんてないからびっくりした」
「一人にしてごめん」
「全然大丈夫!普段はこんなことないから!」
「…。最近できたこの辺りのチーム、いい噂聞かないからナマエちゃんも気をつけろよ。さっきのヤツイヤな感じしたし」
「う、うん…」

この辺りは黒龍のお膝元なのにそんなやばいチームができたりするんだな…とその時は呑気に考えていた。







みんなでアイスを食べた後、小百合が蓮くんに別れを告げると必然的に女子は固まって帰る感じになった。

私も若狭くんにもう一回謝って帰ろ…

「今日は本当にごめんなさい。まだ怒ってる…?」
「反省した?」
「しました…もう二度と合コンには行かないって誓います…」
「ん。それならいい」
「うん…。それじゃあまた連絡するね」
「家まで送るけど」
「今日は小百合と帰るから大丈夫だよ。ありがとう」

じゃあねと若狭くんに別れを告げて先に歩いていた3人に追いつくと小百合が小声で話しかけて来た。
「ナマエ、ワカくんと帰らなくていいの?」
「あ、うん。小百合と話したかったし」
「私も。それにしてもワカくんって本当にナマエ好きだね」
「…そうかな?」
「うん。実はナマエが佐野くんとアイス買いに行ってる時、ナマエのこと合コンに誘わないでって言われちゃった。変な虫付けたくないからって。今回は付き合わせちゃって本当にごめんね」

若狭くん…プロうそカレぶりがホント板についてるわ。でも私も今回のことで身に染みた。もう誰に誘われても合コンは行かない。


香奈ちゃんたちと別れて小百合とカフェに行くことになって歩き始めると若狭くんから電話がかかって来た。
「若狭くん?どうしたの?」
「今どこ?やっぱ危ないし送るワ」
「あ、今から小百合とカフェ行こうと思ってて」
「終わったら呼んで。どこのカフェ?」
「渋谷だよ」
「わかった。近くにいるから」
「うん」



◇◇◇



小百合、まさか峰さんと連絡先交換していたとは。確かに今日の峰さんは感じ良かった。と言うか多分私のことが若狭くんの彼女として気に入らないだけで他の人にはきっと普通なんだよね。

小百合と別れた後、例の漫画の新刊が出てるから買ってから若狭くんに連絡しようと思って本屋に向かっている最中、男が一人近寄って来た。
「おねーさん、オレと遊ぼうよ」

この声どこかで…

そう思って男の顔を見ると先程コンビニで私に声をかけて来た男だった。するとぞろぞろと揃いの特攻服を着た男たちが私の周りを囲み始めた。

しまった…先に若狭くんに連絡してからカフェを出るべきだった…真一郎くんにも注意されてたのに。

逃げなきゃ、と思った時にはすでに遅し、私は周りをその男たちに完全に囲まれてしまった。

助けを呼ぼうとケータイを取り出すけど、それも奪われてしまう。
「勝手に連絡されると困るんだわ」
「いいからついてこい」
そう言うとキラリと光るナイフを取り出した。
「痛い目みたくねぇだろ?」
「…」

私のバカ…



男に無理やり手を引っ張られてどこかに連れて行かれるけど、何で私なんかを捕まえるのか分からない。

「あ、あの、私を捕まえてどうするんですか?」
「佐野の女を人質にすればあの弱っちい総長様を簡単にやれっからな。そしたらオレらの名も上がる」
と私の手を引っ張る男が笑う。

真一郎くんのオンナ?なんで…

「私は別に真一郎くんとはただの友達で人質なんて…」
「ごちゃごちゃウルセェな。オマエは黙ってろ!」

そう言ってさらに強く手を引かれて狭くて暗い路地に入っていく。

本当にどうしよう…このままじゃ私も真一郎くんも…

抵抗してもズルズルと引っ張られてしまい、路地の奥に進んでいく。するとこちらに向かってくる人影が見えた。

助けてください、そう叫ぼうとするとその影は見知ったものだった。

…真一郎くん?

「オレに用なんじゃねぇの?その子離せよ」
「佐野!?何でここに…」
「さっき見た時からなんか企んでんなと思ってたけど、女利用するなんて思った以上にクズみてぇだな」

そう言うと真一郎くんは私を見て、
「ナマエちゃん無事か?」
と聞いてきた。
「う、ん…」
喉がカラカラで声が掠れてうまく出ない。

けれど私の手を引いていた男にナイフを首に突きつけられる。冷たい刃が首筋に当たり震える。

「オマエのオンナを無事に返して欲しけりゃ黙ってオレらにやられな」
「黒龍総長をヤッてオレらの名も上がるってもんだわ」
と下卑た笑いを浮かべる男たちへの恐怖と足手まといになってる申し訳なさでジワリと目に涙が滲む。

「何を勘違いしてんのかワカンねぇけど、オレはもう引退した身だから。オレをヤったとこで別に何の格も上がんねぇよ。別に殴りたきゃ殴ればいい。…でも女に手を出すなら話は別だから」

真一郎くんがそう言った瞬間、私の喉元に突きつけられていたナイフが離れ、私を拘束していた男がドサっと地面に倒れた。

え?一体何が…?

振り返るとユラリと白い髪が揺れて紫眼が光る。

「ナマエに触んな」
「わ、かさくん?」
「もう大丈夫だから。あと少し待ってて」
私の頭をいつものように撫でてくれて、その手の温もりに安心してついに堪えていた涙が溢れる。


「し、白豹…?」
「いつの間に」

私の拘束が外れたとわかると真一郎くんは目の前にいた男を一人、二人と殴り倒して行った。

男たちはその様子を見て
「コイツ…弱いって話だろ?」
と狼狽える。自分たちの劣勢を察して逃げようとしだす男たちの前に若狭くんが立ちはだかり次々と蹴り倒していく。

「間違いだらけだから教えてやるけど、真ちゃんは自分より強いやつにしかケンカ売らないから弱いって言われてるだけ。ウチの総長なめすぎ」

それに、と言いながら一人の男の顔をグリっと踏みつけた。
「ナマエはオレの女だから。オレの女に手ェだして生きて帰れると思うなよ」


そこからは圧倒的で、一瞬にして若狭くんが私の視界から消えたかと思えば、残りの男たちは次の瞬間地面に転がっていて、もうこの場に立っているのは若狭くんと真一郎くんだけになった。


終わった…?

…若狭くん、すごい…

鼻水が垂れてくるので必死にズビズビ吸いながら流れる涙を拭っていると、私の名を呼びながら若狭くんがゆっくり近付いてくる。

「怖い思いさせてごめん」

大丈夫と返事をしたいのにひっくひっくとしゃくり上げるように泣いてしまい、思うように返事ができない。若狭くんはそんな私を見て優しく抱きしめて
「もう怖くねェから。ゆっくり息して」
と背中を撫でてくれた。

「ヒック…うーッごわ゛かっだよ」
しばらく若狭くんの胸を借りてシクシク泣き続けた。







「何でここがわかったの?」
「コンビニで見た男が気になってあの後ワカと調べたら、あのチーム最近オレをチョロチョロ嗅ぎ回って奴らだったんだよ。嫌な予感がしてアイツらの後つけてたらナマエちゃん連れてくのが見えて。ワカに連絡してすぐ来たんだけどちょっと遅かったな…巻き込んで悪かった」

そうだったんだ…

「ううん。助けてくれてありがとう」

若狭くんもありがとう、と彼の方を見ると表情がない。

「わ、かさ、くん?」
「なんでもっと早く連絡しねぇの?」
「…」
「危ないから送るって言ってんだからフツーは一人になる前に連絡してくるだろ」
「…ごめんなさい」
「真ちゃんに気をつけろって言われてんだから少しは危機感持て」
「…ごめんなさい」
「大体何声かけられてんの?オマエはオレのなんだから勝手に声かけられんな」

うぅ…めちゃくちゃ怒ってる。
「迷惑かけてごめんなさい」
「迷惑かけられたとか思ってない。むしろ迷惑かけたのはこっちの方だし」

迷惑じゃないって…それじゃあ…

「あの…心配かけてごめんなさい」

そう言うと若狭くんの表情が少し和らいだ。
「…ホント無事で良かった。オレも遅くなって悪い。もうこんな思いさせねェから」

そう言われてまた涙が出てきた。
「うん…」
「ナマエの泣き顔見ていいのオレだけだから真ちゃんは先帰って」
若狭くんは気を遣って私の涙でボロボロになった残念な顔をまた抱きしめて隠しながら、
「怖かったな…気がすむまで泣いていいから」
と頭を撫でてくれた。

言うことがいちいちイケメンすぎる…弱った心にクるからやめてほしい…。

そう思いながらも涙が止まらなくて若狭くんに抱きつく。

「わかった。ナマエちゃん、本当に悪かった」

そう言って真一郎くんは帰っていった。若狭くんは私が泣き止むまでずっと一緒にいてくれた。



◇◇◇



「え!?黒龍解散したの?」
「ウン。オレももう引退することにした」
「そうなんだ…そういえば真一郎くんそんなこと言ってたかも。あ、それでこの辺りにあんなヤバいチームができちゃったんだ」
「あのチームもう無くなったから大丈夫」
「そうなの?よかった…。あ、えっと、おつとめご苦労様でした」
「…」

若狭くんが肩を震わして笑っている。若狭くんのツボってよくわからない。

あの思い出したくもない1日から数日経った。今日は若狭くんがホワイトデーに私の好きな美味しいミルフィーユのお店に連れて来てくれた。パイ生地がサックサクで合わせるクリームがくどくなくてめちゃくちゃ美味しい。幸せ。紅茶を飲みながら若狭くんを見ると若狭くんもこちらを見ていて目が合ってしまい、急いで目を逸らした。


あの日、私が落ち着いた後、若狭くんは私に向かって頭を下げた。
「ナマエのおふくろさんに危ない目に合わせないって約束したばっかりなのに本当にごめん」
「若狭くんは何にも悪くないよ。私が不注意だった…本当に助けてくれてありがとう」
「…」
「どうしたの?」
「ヤになってない?オレのうそカノ。今回は違ったけど、オレの彼女なら黒龍のことはこれからもついて回るし、オレもそれから逃げるつもりもない。もう二度とこんな目に合わせないって誓うけど、ナマエが怖いならやめてもいいから」

そう言われて頭が真っ白になる。

ついこの前までバレンタインで終わるって思っていたはずなのに、彼氏欲しいとか、若狭くんのこと好きになるからやだとか、そんなふうに思ってたはずなのに…

「…やだ。やめたくない。やめるならちゃんと恩返しできたって思ってからやめたい。こんなのが理由でやめるなんて、やだよ」

そう言うと若狭くんは薄く微笑んだ。
「ん、ありがと」

それが本当に嬉しそうに見えてしまって困る。自惚れもいいところ。


あの日からどうも意識しちゃってうまく目が合わせられない。合法的だったとはいえ抱きついちゃったし…え、あれ合法だよね?そうであってくれ…

そんな馬鹿なことを考えていると、名前を呼ばれた。顔をあげると若狭くんの手が近づいて来て、親指が口の端を触る。

「!」

するとその指を舐めて、
「クリームついてた」
とニヤニヤ笑ってきた。
「う…」

こういう笑い方をする時はろくなことがないけど、ついにその顔すらカッコよく見えてきて困る。

若狭くんを好きにならないためにボウリングに行ったのに、結果前より好きになったことを自覚しただけで終わった…身の程知らずすぎて消えてなくなりたい…



◆◆◆



「ナマエちゃん、無事で良かったな」
「ホントに。ワカ、悪かった…ナマエちゃんにも改めて詫びに行く」
「ん。オレもアイツの厄介事引き寄せる性わかってたから真ちゃんの話聞いた後アイツんとこすぐ行くべきだったワ」
「つか何でナマエちゃんが真のオンナになるんだか…ホントにソイツら真の周り調べてたのかよ。目、節穴すぎんだろ」

あの事件の後、武臣はつかまらなかったけどワカとベンケイをうちに呼んで、解散後もオレらの関係者を狙おうとする輩がいるから元メンバーたちに注意するよう伝えることにした。あのチームはキレたワカがあの後完璧に潰したから大丈夫だと思うけど念のため…



その話もひと段落すると、ベンケイが、
「で、合コンの方はどうだったんだよ?」
と言い出す。

「まさかいつもワカとあんなにベタベタしてるナマエちゃんが合コンにいるとはな」
「友達の付き合いって言ってたけど、ワカはめっちゃキレてた。お仕置きとか言ってボウリング中ずっとイチャイチャしてたし見てるこっちが恥ずかったわ」
「…その時のナマエちゃんの顔想像できるな」
「ま、アイツも二度と合コン行かないって言ってるしいい薬になったでショ」
「オマエそれ言わせるためにナマエちゃんをわざわざボウリング行かせただろ」
「まァね。こんなことになるってわかってたら行かせなかったけど」
「…」

ワカって本気で惚れた女には束縛激しいタイプだったんだな…知らなかった。つかいつ付き合い始めたんだ?オレにくらい言えよ。



「で…なんで蓮は隅で膝抱えてんだ?」
とついにベンケイが触れてはいけないものに触れる。ちなみに蓮は元親衛隊でベンケイの部下だった。

「これ」
ワカがケータイの画面をオレらに見せてくる。それはナマエちゃんからのメールで、

“小百合、蓮くんじゃなくて峰さんと付き合い始めたらしいよ。びっくり…今度遊園地でダブルデートしよって誘われたけど若狭くんも峰さんもそういうの嫌いだろうから断ったよ。”

と書かれていた。

「…マジか。つかオレも香奈ちゃんに連絡先聞いたけど断られたんだよな…連絡先ぐらいよくね?」
「ふーん」

ワカが冷たくオレをあしらうと、膝を抱えていた蓮がついに立ち上がって、

「いや、ワカ香奈ちゃんと結衣ちゃんに連絡先聞かれてたじゃん!ナマエちゃんいるからって断ってたけど。なんで彼女いてあんなベタベタしてたワカがモテてんの?しかも小百合ちゃんオレに声かけてきたのになんで峰と…」
と男泣きし出す。

「は?マジで!?」

するとベンケイが
「そりゃワカと峰を連れてった蓮が悪い。合コンに特攻隊の奴ら連れてったら、女はみんな特攻隊に狩られるって有名だから」
と言い出した。

「え?」
「無自覚タラシの白豹様が隊長だからか知らねぇけど特攻隊はそういうヤツばっか集まってんだよな。合コン行くなら特攻隊は呼ぶのやめとけ」

オレと蓮は顔を見合わせた。
「「もっと早く教えろよ…」」
「むしろ何で知らねェんだよ」

この後可哀想な蓮にラーメンを奢ってやったけど、蓮の愚痴が止まらなくて食べる頃にはラーメンは伸びきって不味かった。







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