▼ 第一夜
『うん…うん、わかった…え?しばらく無理だよ…わかった。皆によろしくね』
半ば強引に終わらせたのか、受話器からは焦ったような声が洩れて聞こえてきた。そんなのに構わず、珱はガチャンと受話器を置く。
『ありがとう』
「いえ。では」
メイドに手を振りながら珱は自室に戻った。時計を確認すれば、もう登校時間だ。
『また寝損ねた』
ため息混じりに言って、珱は真っ白な制服に着替える。
ーーーーコンコン.
『あ…莉磨、支葵』
「「おはよう」」
扉を開けた先にいたのは付き合いがずいぶんと長くなる莉磨と支葵。
「もう皆集まってるよ」
「さっさと行かないと置いてかれちゃうわ」
教科書を手にして、珱は二人と階段下のエントランスに。そこには沢山の真っ白な制服に身を包んだ生徒達が既に集まっていた。
「三人共おはよう」
あ、と三人は階段をおりた先にいた笑顔の眩しい生徒を見た。
「「『おはよう一条さん』」」
年は一緒ではないが、三人共一条には気を許し懐いていた。そんな一条はこの寮内で唯一、寮長に真っ向から意見を言える強者でもある。
「おはよう、みんな」
その寮長が玖蘭枢。たった今現れた枢の存在に場の空気は一変し、枢を筆頭に珱たちは月の寮を後にした。
「キャーーーー!!」
夕方、開かれた門から現れた枢たちに出待ちしていた普通科の生徒達の悲鳴が飛び交う。
「いつもいつもうるさいわね」
『もう慣れた』
「ふぁ〜」
「はいはいはい!下がって下がって!!」
黄色い歓声の中かき消えない少女の声に釣られるように珱はそちらを見た。
『風紀委員だね』
「いつもいつも頑張るわね」
「ふぁ〜」
「支葵欠伸ばっかり」
立ち止まって談笑する珱達。その理由は、先頭を歩く枢が風紀委員の一人、黒主優姫と話しているからだ。
「また寮長、あの風紀委員と話してるね」
「本当…仲良し?」
『まあ、昔からの付き合いだし…』
なんて眺めていたら、優姫と枢のもとに割り込む人物が。
「「『あ』」」
「授業が始まりますよ、玖蘭先輩」
…風紀委員は優姫以外にもう1人、錐生零がいる。珱の認識は、一条以外で枢に真っ向から意見が言えるある意味すごい人…ではない。誰にも知られたくない秘密を持った、監視対象。
『…風紀委員も大変そうだね』
「もう慣れたんじゃない?」
「二人ともさっさと行くわよ」
歩き出した枢に、珱達も歩き出す。
…珱が通う黒主学園に設立された夜間部の生徒たちは、ただの人間ではない。夜に生きる、吸血鬼。そして枢は、吸血鬼の中の吸血鬼、純血種であり、王であり…純血種の番犬である珱の実家、十六夜家が護るべき存在対象でもあった。
『(まあお父様、あまりその辺は気にしてないみたいだけど。言われなきゃ本業しかしてないし)』
自由奔放な実家を思い出し肩をすくめ、目の端に捉えた人物に呟く。
『…本当、大変そう』
ぽつりと呟いたその言葉は、錐生零に向けて。
純血種の番犬、吸血鬼界の秩序の娘だからこそ知っている彼の秘密。それは…。
「珱」
支葵に呼ばれ顔を上げると、莉磨と一緒に不思議そうにこちらを見ていた。
「何ボーっとしているの?」
「さっさと行こうよ」
『うん』
珱は二人と一緒に夜の校舎に踏み入れた。
*
教室でそれぞれ好きなように座るなり立つなりして授業を聞く。そのうちに以前血液錠剤、通称タブレットを作った話も持ち出された。
「君達は我が学園の誇りだ」
色々言っている教師の言葉をぼんやりと聞きながら、珱は欠伸を1つ。
「また寝不足?」
『ん…』
お菓子を食べながら問いかけてきた支葵に頷く。
『それ美味しい?』
「はい」
差し出されたお菓子を口に含めば、なかなか。そのうち休み時間に。
『そういえば、明日は仕事なかったっけ?』
「ないよ」
「あったわよ。雑誌のインタビュー」
「そーだっけ?でも珱は外出禁止中じゃなかった?」
「仕事は別でしょう」
『さあ…どーだろ……』
うつらうつらと目を瞬かせ、とうとう限界になり席を立つ。
『…ちょっと寝てくる』
「寮長が怒るよ」
『今先生に呼ばれてていないから…多分大丈夫』
で、ベランダに来たのが間違いだった。
『…藍堂さんと、架院さん…?』
うとうとしかけたところに、何やら優姫と話している同じ夜間部の藍堂と暁の声が聞こえてきてそちらをそっと見下ろす。
『…げ』
無表情のまま、珱は最悪と声を洩らした。藍堂が優姫の血を舐めたのだ。
ーーーードンッ.
『…あぶな…』
軽く顔を青ざめる珱はしゃがみ込んだまま頭上を見上げる。そこには現れた零が放った、吸血鬼には致命傷の武器、血薔薇の銃の紋章が。零が藍堂に撃とうとした起動を優姫がそらしたから、こちらに流れ弾が来たのだ。
『!』
ピク、と気配に珱は反応して、そろ…とまた優姫達に顔を向けた。
『…玖蘭寮長…』
一番この場に来てほしくなかった人物の登場にいい顔は出来ず、思わず声を出したのが間違いだったのか…枢が視線を一瞬こちらに向けた…気がする。
『…教室、戻ろう…』
もう眠気なんか吹き飛んでいた。
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