『き…ッ!!!』
「ダッ!!!」
全員が一斉に動いた。
『きゃあああっ!!!』
「ダリア!!」
ーーーーダァンッ.
咄嗟にシエルがダリアを抱きしめ庇った直後銃声が。大熊の爪がシエルに当たる間一髪のところで、大熊は後ろへと倒れた。
「『叔母様…っ』」
フランシスが銃を構えている事から、撃ったのはフランシスだったようだ。
「ダ、ダリア姉様大丈夫!?」
『ええ…平気よ。ありがとうシエル』
「いや……」
フッ、とシエルは笑ってフランシスを見た。
「16ー15。どうやらゲームは僕の負けのようです、叔母様」
シエルが言うと、フランシスはフン、と笑った。
「私に勝つなど10年早い」
「…だが」とフランシスは続ける。
「その身を挺して己の姉を守った度胸だけは、誉めてやる」
フランシスは頭を垂れた。
「そして、恩にきる」
「!!」
「流石は我が息子になる男だ、シエル・ファントムハイヴ郷」
シエルは照れ臭そうに面食らっていた。
「さあゲームは終わりだ。帰るぞ」
*
『フランシス叔母様』
帰り途中、馬に乗ったままダリアは隣に並ぶフランシスを呼んだ。
『先程はありがとうございました』
大熊の件についてダリアが言えば、フランシスはすました顔で言った。
「礼ならばそこの執事に言え」
『え…セバスチャン、ですか?』
不思議そうに手綱を引くセバスチャンをダリアは見る。
「……おい。おい、執事」
呼ばれたセバスチャンが振り向くと、フランシスはあるものを差し出した。
「忘れものだ」
『ナイフ?』
フランシスが差し出したのは銀色に輝くナイフ。
「…おや、私とした事が大切なシルバーを忘れるとは…」
『貴方ねぇ…』
「全くだ。熊の脳天に忘れていたぞ」
うっかり顔で受け取ったセバスチャンに注意しようとしたダリアは、目を丸くして口をつぐんだ。
「それを倒したのはお前だな?」
それとは大熊なのだが、セバスチャンは枝に吊して大熊を担いで運んでいた。
「私の弾丸は外れていた。姪の危機に手元を狂わすとは、私も歳をとったものだ」
『……』
こちらを見ていたダリアに気づき、セバスチャンはにこ、と笑いかけた。すぐにダリアはふい、と顔を背けてしまったが。
「だが主に華を持たせるのが執事の役目だろう?何故、私に勝たせる様なまねを?」
「坊ちゃんは突出したゲームの才能をお持ちです。それゆえに「負けるわけがない」と、少々ご自分の力を過信していらっしゃる節がございます」
横目にセバスチャンを見ながらダリアは話を聞く。
「しかし、時には目標に向かい努力する、謙虚な姿勢も持って頂かなくてはなりません…そうでなくてはいずれ足元をすくわれるでしょう。坊ちゃんが目指す場所は、生易しい場所ではないのですから」
「もちろん」とセバスチャンはダリアに視線をやる。
「それはお嬢様にも言えることでございます」
『…』
「勝手を申す様ですが…」
「?」
「侯爵夫人には、我が主達の模範となって頂きたいのです」
思いもしなかった言葉にフランシスは少しの驚きを露わにしてすぐに鼻で笑った。
「つまり私は利用されたということか」
「決してその様なことは…」
はは、と笑いながら言うところが肯定。
「我が主達はまだ子供=cそれと同時に坊ちゃんは当主≠ナもある。そんなお二人を戒めて下さる大人≠ェ、今の坊ちゃんとお嬢様には必要です」
「お前いやらしい顔のわりにマトモなことを言うな」
「……。」
そんなにいやらしいですかね、とセバスチャンは本気で悩んでしまう。
「主人のためなら主人を痛い目に遭わせて戒めるのも仕事のうちか?」
「私は、あくまで執事ですから」
無表情に目を細めてダリアはセバスチャンを見やった。
「主人のためになる最良の事をさせて頂いたまでです」
「…フン。ダリア」
『!はい』
「お前達の執事は、食えない奴だな」
フランシスの言葉にダリアはフッと笑った。
『ええ…本当に』
*
「狩りも盛況だった事ですし、私が腕によりをかけて…」
「「「あ」」」
屋敷に帰ってきて出迎えたのはお馴染みの三人とタナカ。
「おかえりなさーーーーいっ!!」
「お、お前達その格好は…!?」
「ヘッ」
何故かボロッボロの三人。するとフィニが不格好にも程がある…おそらくだがケーキだよね?というケーキを笑顔で見せた。
「みんなで作ったんですよ!!」
「!?」
ハア?という顔のシエルと違いダリアはああ、と納得顔。
「ほらっ。バラで飾り付けもしたんですよ!」
「坊ちゃんの好物がいっぱいの丼もありますぜィ」
「テーブルセットはワタシがしたですだよ」
「「『……』」」
ごしゃごしゃの部屋にシエル、ダリア、セバスチャンは言葉が出ないでいたがハッと背後を振り向いた。
「「『(しまった!!)』」」
後ろには暗黒のオーラを漂わせるフランシス。
「フン。先を越されたな」
だったが、すぐにそのオーラは消えた。
「今日はそれを言うために来たんだが」
シエルの前まで近づくと、フランシスは優しい笑顔を浮かべながらシエルの頭に手をおいた。
「13歳の誕生日おめでとう、シエル」
その時ふわ、とシエルの肩に落ち着いた色合いのコートがかけられた。驚きながら振り向くと、ダリアが立っていた。
『生まれてきてくれてありがとうシエル。私からのプレゼントよ』
「ダリア…」
その光景にフランシスは笑うと、「みんな」と使用人達を見た。
「私の娘達と息子をこれからも頼む」
その言葉にキラキラとした笑顔をするエリザベスにセバスチャンはうなずき返し、使用人達、そしてダリアも笑っていた。
「ありがとう、ございます」
屋敷の惨状もどうでもよくなったシエルは、おかしそうに、だが嬉しそうに笑いながら言った。
「セバスチャン。今日は世話になったな」
「は」
「一つだけ言っておこうと思っていたことがある」
「!?」
ドキッ、と身構えるセバスチャンにフランシスはしてやったり顔で言った。
「滅茶苦茶になった食器と、ボロボロの庭と、黒コゲのキッチンの後始末もしっかりな」
「はい」
「ばれてましたか」、とセバスチャンはやられたように苦笑しながらも頷いた。
「今日はパーティーだー!!」
「タダ酒!!タダ酒!!」
わいわいとしている皆から離れ、セバスチャンは暗がりの中キッチンへといた。
「やれやれ」
棚から取り出したのはバースデーケーキ。
「どうやらコレは、無駄になってしまった様ですね」
髪を崩しながら言うと、セバスチャンは手袋を取る。
「嗚呼…人間という生物は本当に理解しがたい。こんなものが」
チョコムースを指で掬い取り口に含む。
「美味しい、なんて」
人の価値観なんて十人十色なものだが、悪魔と人の価値観の合致するものとは果たしてどのようなものなのか。
「あっ。坊ちゃん!お嬢様!!雪ですよっ」
『…本当ね』
「ああ。綺麗だなーーーー」
*
同時刻、イギリス国内のとある場所にて。
「ーーーー冷たい。アグニ、これはなんだ?」
「英国の冬に降る雪≠ニいうものでございます。王子」
「雪…英国か…美しいな。持ち帰り母上にも見せたいものだ」
next.
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