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その執事、邂逅



19世紀末ーーーー社交期も終わりに近づいた頃、英国を震撼させる連続殺人事件が起こる。

被害者になったのはいずれも娼婦。全員切り刻まれ子宮が奪われた姿で発見された。

その被害者の無残な姿から、いつしか犯人はこう呼ばれるようになる。



ーーーー「切り裂きジャック」


















「寒い…」

「いくらイーストエンドでいつものお召し物が目立つとはいえ、やはりその服ではお寒いでしょう。一雨きそうですし」

「『目立つから貸さんでいい。』」



コートを貸そうとしたセバスチャンに、寒そうに腕をさすっていた二人は即答。



「この組み合わせですでに目立ってると思いますが…」

「ここに張っていれば本当に奴は来るんだな?」

「ええ。入り口はあそこしかありませんし、唯一の通り道はここだけですから」

「次に狙われるのはあの長家に住むメアリ・ケリーで間違いないな?」

「ええ。間違いないと何度もお伝えしているはずですが?」

『たしかに…殺された娼婦達には「臓器がない」以外にも「共通点」があったわ』

「だが、奴が殺す必要性はどこにある?」



それにセバスチャンは答えない。



「それに僕は……っ聞いてるのかセバスチャン!」

『貴方何してるの!』

「あ、すみませんつい。まれに見る美人でしたので」



そう言うセバスチャンの腕には猫が。



「飼わないからな!戻しなさい!」

「はい…かわいいのに…」



しぶしぶとセバスチャンは猫を離した。



『はぁ…』

「ったく…」






ーーーーあそこに居た人間には不可能なんだな?






「ーーーーええ。人間には不可能です」

『っ……!』

「そういうことか…貴様…」

「私は最初から、何度も本当の事を申し上げていましたよ。調査結果にも何一つ嘘はついておりません」



クス、とおかしそうに笑ってセバスチャンは言った。



「医学に関わる者∞「秘密結社」や「黒魔術」等に関わりがある者≠サして事件発覚前夜にアリバイのない者=Bこの条件を満たす人間は、ドルイット子爵だけで間違いありません」

「確かにお前は嘘をついていなかった。だが…」



グシャ、と紙を握るとビリィッと破った。



「調査はただの茶番だったわけだがな!」

『最初からわかっていながら、黙っていたのね』

「ご命令でしたので」



ニコ、と笑ったセバスチャンに押し黙ると、二人はいきぴったりにクッションをセバスチャンに投げた。



「おやおや、八つ当たりですか?」



まあ、かるーくセバスチャンは避けていたが。



「坊ちゃんもお嬢様も、私がそういうものだとご承知の上でお傍に置かれているのでは?」

「…うるさいっ」

「『知ってる!』」



ヤケクソ任せに吐き捨てる。頭に軽く血が上っている二人にニコ、とものともせずセバスチャンが笑いかけると、二人は落ち着けるように息を吐く。



「そいつは…お前と同じなのか?」



クッションをベッドに戻したセバスチャンにシエルが問う。



「いえ、違いますね。ああいった方が人間の世界に居る事自体、珍しい事だと思いますがーーーー」

『何者なの…そいつは』



それはーーーー。






「ギャアアアアアア」

「『!!』」



ぼんやりと先程のやりとりを思い出していたシエルとダリアは悲鳴にはっとした。



「なっ!?誰も部屋にはっ…」

「行きましょう!」



大急ぎで駆け出し扉を開けたシエルの頬に、一筋の血が飛び散ってきた。そして、視界に入ったのは月明かりに照らされた、赤い中に沈む人間だったもの。



「いけません!」



慌ててセバスチャンはシエルの視界をふさいだが遅かった。



「ーーーーあ」

『シエル?セバスチャン…』

「お嬢様。そこを一歩も動いてはなりませんよ」

『っ…』



セバスチャンは背後にダリアをやったまま言った。見てはいないが、セバスチャンの向こうから風に乗って漂う吐き気を催す凄まじい鉄の匂い…ダリアは顔をしかめて手で鼻を覆う。



「随分と派手に、散らかしましたね」



ビシャッ、と水溜まりを踏んだかのような音がした。



「切り裂きジャック=[ーーーいや、グレル・サトクリフ」



そ…とドアから離れたことにダリアはセバスチャンから離れ体を出す。目の前に立つグレルは、顔、髪、服のすべてが血にまみれていた。



「ち…違います。コレは…叫び声に駆けつけた時には、もうっ…」

「もう…何ですか?私達は唯一の通り道にずっといたのですが、貴方は一体何処からその袋小路の部屋へ入られたのです?」



滴り落ちるほど、まるで雨に濡れたかのようにグレルは血に染まっていた。



「もういいでしょうグレルさん…いや、「グレル・サトクリフ」さえ仮の姿でしょうが」

『……』

「くだらないお芝居はやめにしましょうよ、「グレル」さん。貴方の様な方≠ノ人間界でお会いするのは初めてです。お上手にそれらしく振る舞われていたじゃありませんか」



しばしの沈黙のあと、グレルは今まで見せなかったチェシャ猫のような笑いを浮かべた。



「ンフッ∨そーーーーお?」



「そうよ」とグレルは髪を束ねていたリボンをとく。



「アタシ女優なの。それもとびきり一流よ」



メガネをとり、髪をすけば黒髪が赤髪に。



「だけどアナタだって「セバスチャン」じゃないでしょう?」

「お二人に頂いた名前ですから、「セバスチャン」ですよ…今はね」

「あら、忠犬キャラなのね。色男はそれもステキだけど∨」



つけまつげをし、別のメガネをかける。



「それじゃ改めましてセバスチャン…いえ、セバスちゃん∨バーネット邸執事、グレル・サトクリフでございマス★」

『え゛、別人…』

「執事同士どうぞヨロシク∨」



投げキッスしてきたグレルにセバスチャンとダリアはそろって鳥肌。



「ああ〜。やっと本当の姿で会えた!スッピンで色男の前にいるの恥ずかしかったのヨ?ンフッ」




_24/212
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