「デリック…だと…?」
「えっ……と」
目を見開き凝視するバイオレット、グリーンヒル、レドモンド、ブルーアーの空気の変わりように戸惑う。
「確かデリック・アーデンはクレメンス公の子息だったか?」
「あ、ああ」
尋ねたエドワードへと我に返りシエルは頷く。
「お前が知り合いとは意外だな」
「幼い頃何度か遊んでもらったんだ」
「フーン」
デリックの名前を出した瞬間P4は明らかに動揺したが、エドワードやチェスロックを始め、寮弟達は気にしていないようだ。
「デリックからの手紙には赤寮に居るとあったのですが、入学したら紫寮へ異動していて驚きました」
もう少しつついてみるかとシエルは平常心を装い話を深める。
「……」
「僕らが彼本来の個性に気付いたのは、しばらく経ってからだったからな」
ブルーアーが始めに答える。
「一時は俺の寮弟をしてたこともある…優秀な奴だったよ」
「ああ。確かにあいつは優秀だった…だが」
「彼はとにかく変わってた」
ーーーー「変わってた」?
シエルは内心で首を傾げる。
ーーーー女王からの手紙にはそんなことは一言も…。
「成程。紫寮は変じ…一芸に秀でた生徒が集まるんですもんね。デリックにはどんな特技が?」
「一概には言えないがおそらく…」
パタンとブルーアーが本を閉じる。
「暗記」
「クリケット」
「作詞」
「刺繍」
「は?」
四人の口から出た順々に出た特技に、思わずそんな声をシエルは出した。
「えっと…?」
「とにかく!あいつの異動は校長がお決めになったことだ」
打ち切るようにレドモンドがそう告げる。
「校長の采配に間違いはない」
「……」
「そして、校長の決定は絶対!」
「…!」
「ーーーーところで、6月4日の式典についてなんだが」
「(ーーーーおかしい)」
ーーーーいかにそれが伝統といえど、監督生がその理由を知らないなんて。
「(さっきの態度といい、間違いない)」
ーーーーP4は何かを隠そうとしている!!
「(しかしこれ以上の追求は怪しまれそうだな。深追いはやめておくか)」
気にはなるもそこでデリックについて追求するのはやめた。
「……」
そんなシエルの絵を描いていたバイオレットだったが、その絵はシエルを不気味な生き物が狙っている、何かを暗示するような絵だった。
*
休み時間で賑やかな生徒たちの声を耳に歩いていたダリアの前に、ふわりと舞ったタオルが落ちてきた。
「すみません、それは俺のです」
拾い上げたダリアは顔を上げ持ち主を見るや思わず顔を引きつらせた。駆け寄ってきたのはエドワードだったのだ。
「ありがとうございますシスター・アンジェ」
『いえ。クリケットの練習ですか?練習熱心ですね』
「もうすぐ大会も近いですから。ところでシスター・アンジェ、お話があるのですが」
嫌な予感しかせず、ダリアは笑顔のまま固まった。そしてその予感は当たった。
「どうしてお前がこんなところにいるんだ?シスターの真似事なんかして」
校舎裏に移動してすぐにエドワードが問い詰めてきて、やっぱりかとダリアは口元を歪めた。誤魔化す事もせず溜息をして眼鏡を外す。
『…直接会ったのは今日が初めてのはずなのに、よく分かったわね』
「コールの時に声を聞いただろう」
『あれだけで!?』
ギョッと驚くダリアにエドワードは当たり前のような顔だ。
「それで、なぜここに?」
訝しげにエドワードは眉根を寄せる。
『シエルが心配だったから、少しの間シスターに扮しただけよ。ちょうど空きがあったし、誰かさんが言うには私はブラコンのようだから』
「なんだそれは」
誰かさんが、とはさて誰か。
『そんな事より、ついでだから聞くけどデリック・アーデンについて何か知らない?』
呆れたような目を向けたエドワードにこれ以上詮索されないよう話題を変えると、呆れた顔のまま溜息をされた。
「お前までデリック・アーデンの話か」
『シエルから何か聞いたの?』
「さっきも先輩方とデリック・アーデンについて話していた。お前も知り合いだったのか?」
『ええ、何度か会った事がある程度だけど』
「お前たち姉弟は他人にこだわらないタイプだと思ってた」
『腑に落ちないだけよ。寮同士がこんなに険悪なのに他寮に異動になるなんて』
「そうは言っても、異動したのはデリック・アーデンだけじゃないからな」
『えっ!?』
さらりと言ったエドワードの言葉に目を丸くする。
「他寮についてはよく知らんが、確か同時期に赤寮から何人か紫寮に異動してるはずだ」
『名前は!?』
「知らん。詳しくないと言っただろう」
身を乗り出すダリアに少し赤くなりつつエドワードは突っぱねる。
『何故一度でそんなに異動したのよ?何か騒ぎを起こしたとか…』
「そういう話は聞かないが…」
気にした様子なくバットをエドワードは一振りする。
「校長の決めたことだからな」
『…成程』
学園の誰に聞いても、最終的な言葉はこれだった。エドワードの対応も同じことにダリアは目を伏せる。
『ありがとう。言わなくてもわかってるでしょうけど、私の事は誰にも言わないでよ』
「ダリア!」
踵を返していたダリアの手首を掴み止めたエドワード。
「この学園に何をしに来た?」
ストレートに強張らせた表情のままエドワードは諮問する。
「まさか番犬の…」
『貴方が心配することじゃないわ』
目を丸く見開いていたダリアは、そっと手を振り払う。
『練習も程々に、ミッドフォード君』
寄せ付けないような笑みを向けて、ダリアはその場を去った。
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