君の言葉が消えない





苛立ちから投げ捨てた上着が床に無様な影を形作る

鋭い瞳をより険しくさせた部屋の主は美しい金髪を輝かせながら乱暴に閉まった扉を振り返ることなく執務机とおぼしき所まで歩くと息を吐き出した

怒りを、激情を、収まらない怒涛の奔流を飲み込むように深く深く息を吐く

普段ならば部屋に帰ると同時に山積みとなった資料を早急に片付けるのだがそんな気分にもならないらしい、薙ぎ払うように腕を振るうと収まり切らなかった感情を拳に机を叩く



「っ、ふざけるな………!!」



‘雲’と謳われる守護者ーーーアラウディは現在進行形ですこぶる機嫌が悪かった

ボスであるジョットが連れてきた新しい守護者を見てから空に渦巻く暗雲の如く、黒く濁った怒気が鎮まらずに胸の中央辺りを巣くっている

一度、本当に一度だけ

アラウディは後にも先にもその一度だけ制裁対象を雨が降る暗闇の中で取り逃がしたことがあった

全力を尽くしたにも関わらず後一歩の所で嘲笑うように逃げられた



『君が噂に名高い諜報部の』



今でも鮮明に思い出せる、乗り込んだ先で悠々としていた藍色に黒の外套を羽織った姿

不吉と称される烏の翼を広げて彼はアラウディに言ったのだ

お会いしたかったですよ、と

暗闇でただ一つ馴染まない青白いまでの肌をぽっかりと浮かび上がらせて、焦る様子もなく楽しげに笑いかけられた

追い詰められた恐怖感など欠落していたのか、元よりそんな感情を持ち合わせていないのか

威嚇で銃を取り出したアラウディを前に明るい声色でおどけたかと思えば冷たく値踏みをされたのだ

『僕を捕らえるには君では役者不足です』と雨に濡れたアラウディを見て、同じくらい濡れた体を無防備に曝しながら、寒さなんてカケラも感じていない噂と同じ眼差しで

正確に言うとアラウディは彼の存在そのものは知っていたが彼がどういった名前でどういう人間なのかということは知らなかった

風の噂に流れる程度は当然ながら知っていたがそれ以外は全くの無知

他のことを調べて頭にいれなくてもいいまでにアラウディにとっての青年は完全なる‘悪’で消し去らなければならない存在だったのだ



「(それをまさか、よりによって守護者に連れて来るなんて)」



ボンゴレの創始者でありボスであり、何より仲間の為を真っ先に考えるジョットの性格からは予想だにしない言動だった

彼がーーーD・スペードが何者か知らないなんてことはなかったはずで、アラウディとの間にあった因縁を察知していなくともファミリーにいれる危険性は誰よりも理解していたはずだ

にも関わらず先程の会議ではアラウディが見た限り、若いボスは仲間よりもスペードにばかり気を配っていたような気がする

帰らないでくれとひたすらに食えない新参者を眺めていた



「……何を考えているんだろうね」



形のいい整った唇から愚痴が溢れる

アラウディ自身彼を殺さないなんて約束は出来そうにもなかった

あの夜に標的を取り逃がした事実は端から想像する以上にアラウディのプライドや誇りをずたずたに傷付けていたのだ

最も最強という言葉に近い青年が初めて感じた敗北と、屈辱

積もり積もり募る雪よりも冷たく蓄積されるほとばしりそうな敵意



それでも、何故だろう



『そもそも誰が‘信じてくれ’と頼みました?
ーーー僕もジョットも頼んでませんよ』



憎いだけのスペードの言葉が胸の中に響いて消えないのは




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