30


「アニキーっ!!」
「大変だーっ!!」
「どうした、シゲ!愛之介!」

東の海を眺めていた元親の元へ、子分達が走ってきた。報告を聞けば、見慣れない人物が二人、この四国へ流れついたと言う。しかも西海の鬼への目通りを望んでいるらしい。

「・・・わかったすぐ行く。お前ら、それ、依に言うんじゃねぇぞ」
「了解っス!!」
「わかりましたアニキ!」

まあ、そんな事しても直ぐに知られちまうだろうけど、と元親は口角を上げた。

「どこの誰かも知れねぇ奴に、戦国一のお宝を見せる訳にはいかねぇからなあ」





「・・・お初にお目にかかり申す。某は、加賀の国を預かる前田又左衛門利家。此度は目通りをご快諾頂き、感謝申し上げる」
「前田利家が妻、まつに御座います」

元親の前にやって来た余所者は、ついこの間やって来た風来坊の、恐らく叔父夫婦。風来坊と知り合いの彼女ならば、彼らとも知り合いなのかもしれない。

「俺は長曾我部元親。お見知りおきをとは言わねぇぜ。・・・おっとすまねぇ。戦をしに来た訳じゃあ無さそうだな。で、この西海の鬼に何の用だい。遠慮しねぇで言ってみなよ」
「・・・然らば。伊予と讃岐を御割譲頂きたい」

やはりそう来たか、と元親はその瞳を細めた。

「我らがほおずる織田信長様は、貴殿が土佐と阿波の二国を治めるに留めるならば、所領安土を約束すると申しておられる」

利家がそう言い放つと、彼らの後ろに控えていた子分達がザワザワと騒ぎ出す。ふざけるなと憤っているのだ。

「静かにしねぇかっ!」

ガシャンッと破槍を鳴らして子分達を嗜めると、ゆらりと立ち上がって元親は言った。

「・・・ふっ、無条件で寄越せってか。まるでもう天下人になったみてぇな物言いだな。尾張の魔王にはこう伝えてくれ。足元掬われねぇように気をつけな!ってなあ」

その時、スッと利家の斜め後ろに控えていたまつが動いた。

「・・・西海の鬼、長曾我部元親殿。四国全土を焼け野原にしない為に御座います。何卒、お受入れくださりませ」
「…嫌だと言ったら?」

そう言えば、ゆっくりと顔を上げたまつは後ろに下げてあった薙刀を手に取った。

「まつ!!っ、・・・元よりそれは覚悟の上。長曾我部殿。某とお手合わせ願い申す。…その上でッ!」
「ハッ、噂に聞く槍の又左とは、一度戦ってみてぇと思っていたところよ!!」
「元親ッッッ!!!」

破槍を持ち上げて応戦の構えを取る元親の前に、風から聞きつけて急いで飛んで来た依が止めに入ろうとしたその時。

ガシィン…

彼は、破槍を二人に当てないように軽く振り回して、その場に座した。

「・・・だがよ、ちょいと待ちな」
「ちか、?」
「・・・?」

「仕える相手を間違えると苦労が絶えねぇ。いつの世だろうと、海だろうと丘だろうとなあ。降りてくる命令と言やぁ焼き討ちに皆殺し、理不尽で納得のいかねぇ事ばかり。堪り兼ねて直訴したが、魔王は聞く耳なんざ持っちゃくれねぇ」
「っ、」
「逆に四国を統べたこの俺を手なづけて来いと命じられ、口説き落とせねぇ時は加賀を潰すと脅された。差し詰めそんなとこだろう」
「・・・」
「近江の浅井が受けた仕打ちも伝え聞いているしな」

優しく語り掛ける元親に、依はフッと表情を崩した。流石、四国を統べた西海の鬼。彼女が駆けつけるまでもなかったようだ。

「そこまで見透かされており申したか」
「お二人さん、さぞ領民の信望も厚いこったろう。嫁さんの度胸も大したもんだ。あの野郎に聞いていた通りだぜ」
「あの野郎・・・?」

ハッと瞳を丸くした二人に、傍に降りてきていた依は歩み出た。

「前田の風来坊、前田慶次」
「っ!!依殿!!」
「お久しぶりです、利家殿、まつ殿」

やっぱり知り合いだったか、と元親は自分の横に並んで二人に微笑む依を見上げて口の端を上げた。



「織田、包囲網?」
「はい・・・前田慶次、それに我らが武田信玄公が画策しております策に御座います」

改めて利家とまつに、元親と共に向かい合った依。慶次が四国までやって来た理由を話せば、二人は瞳を見開いた。

「それを、慶次が・・・?」
「ああ。今頃は毛利の懐に飛び込んでやがるはずだ。敵情視察に行ったきり戻らねぇウチの子分共と、奴が土産に連れてきた毛利の拙攻・・・海の上で互いの人質を交換させた上で、魔王をぶっ倒すべく一時共闘の手打ちに持ち込もうって腹よ」
「っ!!」
「何ということを…」
「毛利元就殿は、自ら他国を攻める事は致さぬ武将と聞き及んでおる」
「その懐へ飛び込んで、織田への戦を嗾けるなど、」

安芸の泰平だけを願う毛利には申し訳ないものの、このままではその中国すら危うい現状・・・やはり、一時共闘が一番良い策であると依 依と元親は思う。

「確かに、あの毛利元就が簡単に話しに乗るとは思えねぇが、鬼の島津を破った勢いで一気に九州まで取られるとありゃあ、さしもの奴さんも考えざるを得なくなる。俺も出来りゃあ組みたかねぇが、趨勢を見るに、背に腹は代えられねぇ」
「魔王が作り出す暗雲が日ノ本を覆い尽くす前に、何としても、」

今は離れる甲斐、上田・・・それから依の大切な者達の住む越後に奥州、そして大阪・・・東の国達に思いを馳せて海を振り返る彼女の頭を、元親は優しく撫ぜた。

「そこでだ。ここはひとつ、あんたらにも腹を括ってもらいてえ。慶次の野郎がこーんな大それた事をしようとしやがるのは、誰の為でもねぇ。お前さん達、二人の為よ」



前田夫婦が一度退き、答えを出すまでの時間。あれからずっと東を見て物思いに耽っていた依を、元親が後ろから抱き締める。

「チカ、」
「前田夫婦が織田から離反した。毛利の船も今日こちらへ向かうそうだ」
「そうですか…」

慶次が上手くやったのであればそれに越した事はなかったが、智将と謳われる毛利元就の事・・・何やら危うい、嫌な予感がして依は顔を曇らせていた。

「どうした、依」
「・・・相手はあの毛利元就です。気をつけすぎても余分ということは無いでしょう」
「ああ。いくら富嶽があるとは言え、気ぃ締めて行かねぇとな」

何もなければ良いが、相手はあの今孔明とも謳われる稀代の智将。依の表情が晴れることは無かった。



「野郎共ッ!!要塞・富嶽の初乗りだアッ!!気合入れて行くぜェッ!!!」
「「「「オーッ!!!」」」」

地鳴りのような音が四国を揺らす。
島に張り付くように建った富嶽は、その動きを開始した。

富嶽の中、美味しそうな匂いの漂ってきたのを拾って、依は首を傾けた。その出所へ足を向けると、まつの手料理を振舞われる毛利の兵の姿。その光景には多少思うところがあり、眉根が寄るのを隠すようにその場を離れた。長曾我部に絆された拙攻を、毛利がどう扱うかは目に見えている。それが悪い事かはともかく、敵国に絆された兵を手元に戻すリスクを、あの毛利元就が負うとは彼女には思えなかった。これは、必ず何かある。
いつでも出られるようにと刀と鉄扇をしっかりと携えて、彼女は場を見据えられる富嶽の上部に向かった。



「よう、前田慶次!上々の首尾じゃねぇか!・・・久しぶりだなァ、毛利元就!お前んとこの拙攻は、この通り無事だ!!」
「も、毛利様っ!!」
「…こちらも命までは奪ってはおらぬ」
「アニキ・・・っ、」
「ッ、やりやがったな」

傷一つ無い毛利の拙攻に比べて、ボコボコにやられている長曾我部の子分達に元親は眉根を顰めて毛利を睨み付けた。

「では取引と参ろうか、長曾我部よ」

そう毛利が言い放つと共に、富嶽は全方位から照らされる。

「アニキ!!囲まれてますぜ!!」
「…ッチ、」

舌打ちする元親の遥か頭上で、依も同じように舌打ちをしていた。

「やはり毛利元就、一筋縄ではいかないようですね・・・」

彼女は鉄扇を構えると、様子を見ていた富嶽の砲台上から飛び降りた。



「っ!!毛利、アンタ・・・」

毛利元就の振舞いに、慶次は驚いて声を上げた。

「全ては我の計算通り。前田慶次、貴様の姑息なる働き、全て我が策の内よ」
「なんだと?」
「この瀬戸海に貴様が現れる事、予め含みおき、利用させて貰ったわ」
「全部アンタの掌の上だったって事かよ」

貴方は人の善を信じすぎている。謙信に言われた一言が頭の中に蘇ってきていた。

「この世に我が知略を破るもの無し。長曾我部よ。その要塞・富嶽を毛利へ献上し、早々に逃げ去るがよい。日輪の申し子たる我が、海賊風情と対等に共闘致す等あり得ん」
「待ってくれ!!せっかく二人が顔を合わせたんだ。考え直しちゃくれないか?!」

交渉決裂と毛利が取引を進める中、慌てる慶次の声に、毛利の拙攻が口を開いた。

「お待ちください!!毛利様!!」
「ここは何卒、織田包囲網への参陣を!!」
「然る後に、長曾我部との共存の道を!!」

その流れに、滑降する依は、不味いと舌打ちをして鉄扇で風を巻き起こしながら叫んだ。それと同時に、毛利元就が弓兵に指示を送る。

「それ以上、口を開くなッ!!!」
「使えぬ者め」

毛利の弓兵から放たれた弓矢は、風に阻まれて海へ落ちた。何が起こったのかと騒然となる場に依が着地し、毛利元就を見据えると、その容貌に瞳を見開いた。

「依ッ?!」
「依殿ッ?!」

彼女の登場と罵声に驚いて注目する一同。しかし彼女は、ただ一点、毛利元就だけを見つめていた。

「松くん・・・?」
「依、」

彼女と毛利元就の口が開かれたのは、同時だった。そして、それに驚き固まる一同から、最初に我に返ったのも彼女で。

「ふ、ふふ・・・そうですか、松くんが毛利元就。・・・じゃあやっぱり、もうこの拙攻にはもう人質の価値は無い」
「どういう事だ依ッ?!」

何が面白いのか笑った後の、冷たくも聞こえる彼女の言葉に元親が声を荒げた。

「・・・敵方に絆されてしまった拙攻を抱えて帰れば、それだけ自軍内部の混乱や亀裂を生むものでしょう。彼らは毛利に忠誠を誓ってこそ人質と成り得るのに、毛利と四六時中睨み合っている長曾我部と共存をと言う。これをここで処分しなかった時、毛利は自軍の兵を危険に晒す事となるでしょう」
「・・・フン、」
「なるべく被害は最小限にしたいという、自軍を思ってこその采配。この場で如何にそれが酷に見えたとしても、先に裏切ったのは彼らなのですから」

まあ、殺すことは無いと思いますが。そう言って拙攻を見据えると、気まずげに俯く彼ら。依はもう一度元親を見上げると、それも一理あるかもしれないと黙って考え込む彼を見てふわりと笑った。

「っ、依ッ!!」

そして元就のすぐ横に降り立つと、彼と向かい合う。危険だと慌てる慶次の声が聞こえた。

「お久しぶりですね松くん。まさか、こんな形で見えるとは」
「・・・貴様に次に逢うのは神無月かと思うておったが」
「少し早めの逢瀬となりましたね」

そう言って笑うと、依は元就の前に膝をついた。

「「「「?!」」」」

「・・・改めまして、武田信玄が家臣、真田幸村が姉、依と申します。毛利元就公へ、武田・上杉・伊達・徳川、そして長曾我部との一時共闘を申し入れまする。ここは四国との小競り合いを休戦し、我らに力を貸して頂くわけにはいきませぬか」

正々堂々、正面から。武田の使者として、この場に立つ、真田依という女がそこには居た。
その堂々たる居住まい、元就を見上げてハッキリと言い切る言葉に、一同は息を呑んで彼女を見つめた。

「依よ、」
「はい」
「中国の情勢をいかに捉える」
「・・・恐れ多くも、九州を落とした事で、織田にとって中国・四国はいつでも落とせる立ち位置に置かれているであろう事は必至。東をまとめて誘き出し、潰した後にこちらも直ぐに攻め落とされましょう」

そう言い切った依を真直ぐに見つめていた元就は、自分の中でも何処かで理解していたそれを、漸く認めるに至った。

「・・・その者達を解放してやれ」
「はっ!!」
「…?!」
「ありがとうございます、毛利殿」
「・・・その気持ち悪い呼び方を止めよ」
「ふふふ、松くんは素直じゃないですね」
「煩いわっ!!その口塞がれたく無くば、さっさとそこの猿使いらと共に彼方へ戻るが良いっ」

武田の使者としての役目を終えた依と戯れる元就を見て、元親や子分達は唖然として固まった。それは彼らだけでは無く、毛利の兵達や慶次もそうで。

「あれ、毛利か?」
「毛利の旦那・・・?」

そんな彼らを気にすること無く、人質達に歩み寄る彼女は、お疲れ様と言わんばかりに慶次の手を取ると彼の立つのを手伝った。

「慶ちゃん、大丈夫でしたか?」
「ああ、・・・ていうか依、何でここに…?」
「御館様に、慶次の援護をと命じられまして。元親とは面識があったものですから」

口の端を引きつらせる慶次の肩を叩いて労いながら、依は元親の子分達にも声を掛けていく。初対面の筈が、何故かアネゴォーッ!!と泣き付かれてしまい、首を傾けながら。

「・・・早うそやつ等を連れて行け、依」
「ふふ、松くんのところへはまた後で伺いますね」
「・・・フン、」

顔を背けるように立つ元就に笑う依に。慶次は呆れたように溜息を吐いた。

「はあ・・・依ってさァ…」
「?」
「・・・まあ、いいけどね」

彼女が居れば、天下統一は容易いかもしれない・・・なんてね。





「依ッッッ!!!お前、毛利の野郎とはどういう関係なんだ?!」
「年に一度会うお友達ですよ。出雲の参拝仲間なんです」

富嶽へ慶次と共に上がるなり詰め寄ってくる元親を、ハイハイと宥める依。嫉妬に燃える彼を落ち着かせるべく背を叩く彼女を、元親はぎゅーっと抱き締めた。

「・・・それ、今度は俺も行く」
「元親・・・静かに座っていられます?」
「・・・」
「じゃあ無理ですね。行った後は、四国にも寄ることにしますから」
「チッ、仕方ねぇな」

よしよし、と彼の頭に手を伸ばして撫でる依。その様子を見ていた慶次は放心していたが、ハッと気づくと彼らをべりっと引き剥がした。

「何しやがる慶次ッ」
「元親ッ!!お前、依に抱き付いてもらうなんざ羨ましい事を!」
「ああん?なんだ、慶次まで依にご執心だってのか?!」
「俺こそ驚きだってんだ!!毛利の旦那だけならまだしも、元親までってもう何が何だか分かんねぇよっ!!」

何だか騒がしくなってきてしまった彼らをズルズルと引き摺りながら、富嶽の仲へと戻っていく依を、利家とまつは呆気にとられて見つめていた。

「依殿・・・お強う御座いますね、」
「ああ、」



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