if佐助

「佐助!佐助えぇぇっっ!!佐助はおらぬのか!」
「幸村様」
「む・・・才蔵か。如何した?」
「長は今、退っ引きならない事情により手が離せないでおります」
「退っ引きならない・・・?」
「・・・こちらへ」

躑躅ヶ崎館に滞在していた幸村は、昼過ぎ頃から己の付き忍の姿が見えない気がして呼びつけたのだけれど、何時もとは違いすぐにその姿が現れず首を傾けているところに現れたのは真田忍では二番手につける姉お抱えの忍。才蔵が言うには、佐助は今ちょうど手が離せないらしい。己の呼び出しに応じないほどの一大事が起こっているのだろうかと眉根を寄せると、才蔵は幸村に決して声を立てないでくださいねと言い含めて家臣の謁見に使われる広間の方へ連れ立った。





「いやあ、依殿ご無沙汰しています」
「こちらこそ久しくお顔を見せず申し訳ありません、原美濃守殿」

その頃佐助は、己が主が才蔵に連れられて来ているとは知らず、その広間の戸口裏にて僅かに開けた隙間からギリリと室内を睨みつけていた。そこには依と武田家臣の重臣である原昌俊、そして何故か孫の昌栄がいる。好々爺面で常に一物抱えているような昌俊は出来る武将であるが、その行動が今回は些か不躾であった。

「これではまるで見合いではないか」

さも不服そうに、そう口を開いたのは幸村であった。

「っ、旦那?!なんでいるの?!」

それに酷く驚いたように肩を震わせる佐助。忍の癖して気配すら察せられないとは真田忍隊の長の名が泣くと才蔵は物陰で目頭を押さえた。だがしかし、そんなことよりも彼らにとってその室内でのやり取りは一大事であるのだ。

「原美濃守殿も何を考えていらっしゃるのか・・・嗚呼、昌栄殿だけ置いて出て行かれる」

中の実況を語る幸村は、照れたようにはにかむ昌栄と、それに楽しげに微笑む姉を見て盛大に眉根を寄せた。そもそも、正式な申し込みもせぬままこんな見合いじみた、しかも断りにくい状況を作るなど言語道断。本当に姉が欲しいのならば正式に信玄に申し入れるところから始めねば、こんな形で顔を合わせるなどして良い筈もない。けれど・・・なんというか、そんな無礼な状況であるにも関わらず、姉がとても楽しそうに見えてしまい、邪魔するにも邪魔できないのである。
昌栄の方はというと明らかに姉にデレデレとしており(それはそうだ、姉上はお美しいのだからとは幸村談である)、気があるのは明白。祖父の後ろ盾を得て最早押せ押せであろうその様子が、殊更気に入らないのは幸村だけではない。

「あー・・・・もう、無理」

さてどうしたものかと見守る幸村と才蔵の背後で、最初から見聞きしていた佐助がポツリと呟いた。





スパンッ

開け放たれた襖に、瞳を見開くのは昌栄。依はというと、入室してきた佐助の姿を見てそれはそれは甘く微笑んだ。その表情に、佐助は彼女の思惑も何も全てを悟ってしまったのだけれど…もう後戻りは出来ない。

「・・・依」
「はい」

佐助が彼女の名を呼ぶ。いつもとは違う、敬称の付いていないそれに、瞳を見開いたのは昌栄だけではなく、幸村も。才蔵は、いつもと変わらなかったけれど。
立ち上がり佐助に近づいた依は、そのまま彼の手を取ってその傍に寄り添うようにした。佐助と顔を合わせて普段のものよりも余程甘さの際立つ微笑みを溢した彼女のそれが、仕方がないと溜息を吐きながらも眸を優しく細めた真田忍の長のそれが、二人の関係を如実に表していた。

「っ?!」
「すみません、昌栄殿。そういうことですので、御祖父上には依はご期待に沿えませぬとお伝えいただけますか」

眉尻を下げて、昌栄に申し訳なさげに苦笑するそれは、もういつも彼女が誰にでも見せるものになっていた。その落差に、本物を見て初めて気がついたのは、悔しいけれど昌栄に横から入る隙も何も無いのだろう。彼と己では、彼女と関わってきた年季の入り方も、そして屹度想ってきた歳月も何もかもが敵わない。





「ふふ。佐助、来てくれて嬉しかったです」
「・・・依、俺様が見てるの気付いてて相手してたでしょ」
「ええ勿論」
「・・・」

昌栄が諦めてふっと力を抜いて笑って去った後、寄り添ったままだった二人は軽口を溢し合う。視線を交えて、他人とよりも近いその距離に、二人が随分と昔からそういう関係なのだと伺わせる。

「佐助が何を思おうと、私は貴方以外には嫌ですから」
「・・・だからって、」

二人の関係は、今まで内密にされてきたことだった。それは総て、佐助が依を想ってやっていたこと。武家の娘が忍と恋仲などと、体裁が悪すぎるだとか、姫様なのだからとか。いくら忍が人として扱われる真田や武田であったとしても、それはまた別の話だと。
けれど、依はそんな佐助の想いを汲んでも尚、それを公にする意思をずっと示してきた。そしてとうとう強行手段に出た、末の今回の事件である。昌栄には申し訳ないが、良い機会として利用させて貰った。そもそも昌俊の勝手で始まった事であったし、正式には大変無礼なことである為お互い様であろうとの妥協である。

「だって・・・佐助が大切だと、胸を張って言いたかったから」

困った顔のままの佐助に依はそうやって呟いて。瞼を伏せる彼女に、佐助が敵うはずもない。

「・・・もうホント、勘弁して」

どうしてこのひとはこんなにも愛おしいのかと。佐助はすぐ傍にあるその身を抱き寄せた。腕の中でくすくすと笑う声が聞こえる。こんなに幸せで良いのかと、少しだけ、手が震えてしまいそうだった。それを隠すように、ぎゅうと腕の力を強めると、回された腕が宥めるようにそっと佐助の背を撫ぜる。

「愛してますよ、佐助」
「・・・俺様も」

佐助の言い知れぬ恐怖を、彼女には理解されてしまっている。けれど、それでも、それを嫌とも、情けないとも思わなかった。お互いがお互いを理解し合えているということが、この上ない幸福であるのだと・・・それを彼女に、教えられた。教えられて、しまったのだ。

「は、は、は、破廉恥ッッッ!!!」

何か忘れている気がする。
それを幸村の絶叫で思い出すと同時に、佐助の身体は吹っ飛ばされた。

「あらあら」

きっちり姉には当たらないように佐助にだけ攻撃した幸村は、顔が真っ赤ですよ、と頬に手の甲を当てて己を見上げる何よりも大事な姉を見て、彼女が佐助にそれはそれは幸せそうに微笑んでいたのを、これ以上無い幸福と思うと同時に…まだやらん、とやはり眉根を寄せつつ、その優しい手を享受するのだった。

「・・・そりゃないぜ旦那!」

知るか馬鹿者。



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