20


真田幸村と言う男は、熱血漢、純粋無垢、一本槍(彼は二槍の使い手だけれど)、単純馬鹿・・・そんな言葉達の似合う、御館様への忠義に充ち満ちた人物である。
幼い頃から御館様の御為と武術に励み、武功を上げること、御館様のお役に立つことだけに心血を注いできた彼の苦手なもの。
最早それは周知の事実・・・女人であった。

もういい加減慣れた筈の城の女中ですら、少し手が触れてしまっただけで破廉恥だと叫び逃げ惑う彼は城下でも有名で、上田の城下では幸村が訪れる時、甘味屋や茶屋では店の者が気を遣って若い女子は奥に下がらせる程。
しかし、そんな彼にも例外はある。





「姉上ッ!!!」
「あら幸村。ふふふ、突然抱き付いたら危ないでしょう?」

幸村の実の姉、依。
彼女だけは、幸村の女人嫌い(別に嫌いな訳では無いのだけれど)が発動しない相手である。
むしろ彼の方から触れに行く程二人は大層仲睦まじく、お互いがお互いをこの世で一番大切に思っているのであろう事は、見ている人間には火を見るよりも明らかだった。
幸村より七つ八つほど歳が上な彼女は、幼い頃から弟を真田の宝だと大層大事に育てた。
幸村を産んですぐ亡くなってしまった母に代わり、彼を甘やかす事は幼い彼女の使命だった。彼女のあの困った放浪癖すら、幸村へこの世の様々な物を見せたいと始まったのだから驚きである。・・・まあ今では本末転倒の末、彼女の趣味となってはいるが。

「姉上、本日はどちらへ?」
「今日は越後へ行ってきました。謙信公から美味しい清酒を頂いて来ましたよ!」

もちろん、甘味もありますよ。
そう言う姉に瞳を輝かせる幸村が、一番喜ぶお土産が甘味だと分かってからは、彼女は日ノ本のどこの国へ行っても、馴染みの甘味屋をつくることになってしまった。
何処ぞの国はあの甘味屋、何処ぞの国はあそこの茶屋、と現地の人よりも詳しいかもしれない穴場なところまで知っているのは、偏に幸村に喜んで欲しいという姉ごころなのだけれど、その所為で幸村は大層舌が肥えて育ってしまったのは言うまでも無い。
・・・まあそんな彼も、甘味よりも何よりも、姉と一緒に居れることの方が喜ぶのだけれど。





土産を食べ終わって政務に戻った幸村の胡座の中には、何故か依が座っていた。

「あ、幸村。ここの治水はもう少し待った方が良いですよ。其方の地方はこちらより先に長雨になると風が言っておりましたから」
「分かり申した。では此方から先に致しましょう。…となると、其方には川へは余り近付かぬようにと触れを出しておかねばなりませぬな」
「そうですね。書いていただければ、私が運びますよ。様子も見て来れますし」
「うむ…」

「ねぇ旦那・・・書きにくくないの、ソレ」

ほらこれ、あれそれ、と姉を抱えたまま仕事をする幸村に、様子を見に来た佐助はおずおずと進言する。
ああ、佐助か。と呑気に応える二人に苦笑した。

「やりにくくはないぞ。姉上にずっと触れていられて俺の心は満たされるし、それで政務をすれば捗るというもの。その上、姉上からの御助言まで頂けるのだから一石二鳥ではないか」
「ふふふ、私も幸村の傍に居ることが出来て幸せですから、一石三鳥ですね」

ぎゅう、と依を後ろから抱き締める幸村も、そんな幸村に抱き締められる依も幸せそうに笑っていて、まあこんな姉弟もいてもいいのかもなあと佐助は思う。いい加減見慣れすぎて感覚麻痺して来たかなあ、と思わないでもないけれど。でも、そんな二人がつくり出す空気に癒されていることも事実で。
そんなんだと二人とも、いつまで経ってもお嫁にいけないしお嫁貰えないよーっと思いつつも言い出すことは終ぞ出来ないのだった。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -