12


「姉上ーっ、姉上ー?」

今日の手習いが終わり、姉に見せよう、それから一緒に城下へ甘味を食べに行こうと思って探し回る。いつも部屋で書物を読んでいる時間だが、彼女の部屋は空だった。ならば鍛錬中かもしれないと足を運べば、道場にもいない。何処に行ったのかと城中を駆けずり回ってやっとその後ろ姿を見つけたのは、人のあまり来ない裏庭だった。

「あねう、モガッ」
「お静かに」

呼び掛けようとした大声は、音も無く降りてきた影に塞がれた。

「本日は月で一番大切な鍛錬の日です。依様の集中力を欠くような事はしてはなりません」

静かに耳元で紡がれた言葉にコクコクと頷くと、拘束されていた口は漸く解放された。
それと共に己の忍も傍に降りてくる。

「すまぬ・・・今日だとは思っていなかった」
「いえ」
「自分で探し回らないで俺様に聞けばよかったでしょーが」

それとなく佐助にも注意されてシュンとなる。

「・・・静かにしている分には、お邪魔になることはないでしょう。ここに居るのは構わない筈ですよ」
「む、そうかっ!」

あと少しで終わる筈ですと言う才蔵の一言に頷いて、此処で姉を待つことにした。するり、するりと風と共に舞う彼女を、縁側に座って眺める。

「・・・、」

この日の姉をきちんと見るのは初めての事だ。小さな頃は、毎月のこの鍛練の時だけ雰囲気の一変する姉が、黄金に輝く瞳が何処か恐ろしく、この日だけは彼女に近づこうとしなかった。

シャン、
シャン、

鉄扇が、髪飾りが継続的に立てる音が心地良い。姉曰く、風は大気の流れであり、その大気を揺らすことで音は奏でられるのだと云う。音と風はとても近いところに居る。だから静かな音色を風にのせて、月に一度のこの舞は風への、大気への、自然への御礼なのだと彼女は言っていた。
黄金色に輝く瞳はすぅ、と細められて妖艶に流される。僅かに湛えられた笑みは、いつもの満面の甘やかなものとは違う、涼しげに細められた微笑。緊張感が漂うなか、息を呑むような美しさがそこにはあった。

ヒュオッ

風が鳴る。
巡る風の渦が彼女を持ち上げて、先程の舞を褒め称えるように優しく撫でている。瞳の黄金は色を鎮めて、何時もの黒い瞳に戻れば、姉の笑顔もまた、甘やかなものに戻っていった。
あんなに艶やかな表情をしている自覚は、姉には無いのだ。

「ふふ、喜んでいただけて何よりです」

何もないところに話しかけている訳ではなく、彼女には風の“声”が聞こえるらしい。それが運んでくる様々な情報は、忍の偵察にも勝るほど。けれど、風は気ままなので、本当に欲しい情報が手に入るかどうかは分からないという。彼女の身に及ぶ危険だけは、どんな時も伝えてくれるというのだが。

「あら、弁に佐助も来ていたのですか」

恥ずかしいところを見られてしまいましたね・・・と言って僅かに頬を染める彼女はもう、いつもの姉だった。

「姉上・・・お美しゅう、御座いました」
「ありがとう弁丸」

風に運ばれて上から降りてくる姉を迎えるように手を伸ばす。何かとてつもなく神聖なものを迎え入れているような気持ちになって、才蔵が姉を崇拝するのも頷けると思った。

「・・・佐助?」
「ッッッ!!」

先程から黙ったままだった佐助に声をかける。ぼうっと姉の方を眺めていた彼は、ハッと気付いたように俺の声にビクついた。

「……」
「な、何?弁丸様」

取り作ったように身仕舞いを整える佐助に、訝しむように視線を投げる。・・・姉につく虫は悉く排除しなければならない。

「佐助・・・・・姉上はやらんぞ」
「んなっ?!何言っちゃってんの弁丸様ッ?!そんなこと考えてないからね?!」
「お前、いま姉上に見惚れていたじゃないか」
「そっ、それは…」

「・・・やらんからな。絶対、やらん」

そう、ボソリと呟くと、才蔵に打ち掛けを羽織らされながら話している姉の下へ走る。

「姉上っ!城下へ参りましょうぞ!」
「今日の手習いを終わらせてきたそうですね、弁丸。頑張りましたね」

ぎゅうっと抱き付けば頭を撫でられる。
この幸福を、誰が他にやるものか。

「では行きましょうか。・・・佐助?行きますよ?」
「……はい」

瞳を見開いて固まっていた佐助に、姉の腕の中からニヤリと笑った。



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