「・・・やあっと見つけた、」 禍々しい気を放つ、その山に足を踏み入れる。
身体を押し返すような暗く、濃く、深い色の邪気と、ジッとこちらを見つめるような鋭い視線に晒され、息を繋ぐのにも神経を擦り減らしながら、北は一歩一歩と足を進めた。
「ほんまに…お前は、アホなんやから」
背丈を越えるほどの大きな、岩と言っていいほどの巨大な石が、その邪気の中心にはあった。
"それ"の前に立つだけで、全身が弾き飛ばされそうな勢いに押し返される。身体がへし折れてしまいそうな圧に、全身の皮がひっくり返ったように肌が泡立つ。背筋を冷や汗が流れ落ちるのを感じながら、北はゆっくりと慎重に、腕を潰してしまわないようにと注意をしながら持ち上げて、その石に手のひらをぺたりと触れ合わせた。
「えっらいご機嫌ナナメやなぁ、三春」
石から伝わってくるのは深く強い怒りの感情 けれどその中にも、確かに"彼女"の霊力を感じて、それに触れられる事だけで、こんなにも胸の内が震えている。とてつもなく、それが懐かしくて、そして愛しいだなんて、そんな事を思う自分を誰か笑ってくれてもいい。人間の理を超えて、長く永い時間をかけて、こんなところまでやって来た北の未練がましさを、執着を、"彼女"にこそ、笑って欲しかった。
フッ、と自嘲するような笑みが零れる。
「寝起きに、当たらんでくれよ?」
触れた手を滑らせるように、ゴツゴツとした石の表面をそっと撫でる。グッ、と足を地に踏ん張り、ありったけの霊力をそこへ集めて、濃い塊を捻じ込むように、手のひらに力を籠めた。石にピシリと罅が入る。その罅を広げるように、更に力を込めていく。
「ほら・・・戻って来ぃ」
石が、大きな音を立てて割れる。
辺りを覆っていた邪気が晴れ、割れて崩れた石の上に、先程までただ禍々しいだけであったそこに、これまでの時間なんて感じさせないような能天気さでグッと伸びをしながら目の端から欠伸の涙を零した女が、金の瞳をまあるく丸めてこちらを見下ろして、へらりと笑った。
「おはよぉ、さん?」
「えっらい遅いお目覚めやなあ、三春」
そのあんまりな間抜け面に もうなんだか身体中の力が抜けてしまって、ふはっ、と笑って、北はその場に崩れ落ちた。