可愛さ余って

ニクい憎い難い悪い、如何してそんな顔をするのか。

「仕方のない子」

細めた瞳が柔らかな色を纏って、真っ直ぐと此方を見つめている。

「そんなに汚して」

穢れを知らない白い指先がそろそろと伸ばされて、紅色の飛び散る光秀の頬を優しく滑った。

「まるで幼子のよう」

紅が、移る。
触れた先から、汚れていくのを厭いもせずに。クスクスと、微笑みすら溢す"それ"。

「今日も愉しかったでしょう?」
「はい、とても」

こんなに悍ましいものにすら手を差し伸べる彼女の偽善が憎くて堪らない筈なのに、己の前でこうして微笑む彼女を見ていると、その偽善すら悍ましいものに見えてきてしまう。この優しさは単なる清いものでは無かったということだろうか。ならばそれを、甘受してしまうのもまた一興か。彼女の存在を厭うて堪らず、はじめてこの距離間に近付いたその首筋に鎌の先すら突き付けているのに、それを横に引く気になれないのは目の前のこの女が何処かおかしいのが、元来他人からおかしいと言われる光秀には分かってしまうからだろうか。

「私は貴女が嫌いですよ、三春」
「知っていますよ、光秀。でも私は、貴方が嫌いではありません」

ほら、面と向かってこんな事を言ったって、全く意に返さない彼女が光秀にまた一歩近付いた。この女は、何なのだろうか。どこか化け物染みている、このどす黒い微笑みは。

彼女は、万人に手を差し伸べるひとだった。
市や蘭丸、果てには敵である将達すらも、彼女に声を掛けられればその警戒を解いて近寄ってくるほどだった。彼女がいればどうしてだか、その場は戦など遠くに行ってしまったような、そんな光景に変わる。だから、光秀は彼女が嫌いだった。戦の中で、戦うことに興奮を覚える光秀にとって、彼女は単なる邪魔者でしか無かった。己の思い通りに動かさなくなる原因であるその女を嫌悪していた。その博愛がこの身にすら及ぶのが、憎くてにくくて堪らなかった。だから近寄ったりしなかったし、成る可く関わらないようにしてきたのに。

「貴女のことが、嫌いです」
「はい」

伸ばされたままの彼女の手を掴まえて、その指先の紅を舐めとる。光秀以外の数多に触れたであろうこの指先を、切り落としてしまおうか。

「憎くて憎くて堪りません」
「それはそれは」

嗚呼でも、触れた紅の甘さは、よく舌に馴染む。

「大嫌いです、顔も見たくありません」

くすくすと、喉を鳴らす彼女を試しに腕の中に囲ってみる。どこにも行けないようにして、その瞳に映すものなどもう、己の他に何も無くしてしまうというのはどうだろう。

「では、顔の見えないほど、傍へ」

その痩躯が軋むほど力を込めて、閉じ込めてしまえば。

「嗚呼・・・それは、良いかもしれない。貴女の世界に、私だけというのは」
「ふふ、独り占めしてしまいたいのですか」
「・・・そうかもしれませんね」

彼女が己以外にその視線を送ることすら、同じ空間に存在することすらも。無いように、無くなるように、全部全部消して、奪って、己で覆い尽くしてしまえば良い。そうすれば、この嫌悪する気持ちすら消えて、屹度、この胸は満たされる。



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