次はどうか、そう、幸せに

「・・・ほら、早くして」
「三春、」
「だめ。約束したでしょう」

彼の直ぐ向かいに膝を着いて、私の胸に懐刀を付けつけるようにと乞う。この期に及んで渋る彼に鋭い視線を向けながら、早く、高虎が来てしまうからと急かした。彼が来て、これを見たら屹度、いや絶対、止められてしまうから。それだけは、私が私を許せなくなってしまうから。
吉継のいない世で生きるつもりは、もう無いのだから。





吉継と高虎は、浅井時代からの親友である。織田に下る際に僅かにつく主を違えたものの、豊臣と徳川に別れても交流は続いていた。そんな頃に二人が出会ったのが、三春だった。

「正則が幽霊だなんて言うからどんなひとかと思ったら、こんなに綺麗な方だったんですね」

「三成が話の分からない堅物だと言っていたけれど、真面目で真っ直ぐな方なのだと分かりました」

三春は半兵衛が秀吉に臣従する際に美濃から連れて来た彼の小姓のような人物で、子飼い衆とも歳が近しく親しくしていたようだった。病床の半兵衛を一番に支え、一番に寄り添っていたのも彼女だった。その華奢な後ろ姿を見ながら、吉継と高虎が最終的に抱いた想いは同じだったように思う。

「半兵衛様が・・・」
「大丈夫です、私は、だいじょうぶ」

気丈に振舞う様が、痛々しかった。

「吉継殿と高虎殿は昔馴染みだったのですね!」

無邪気に微笑む様が眩しかった。

「吉継、高虎がいじめる」
「ふ・・・しょうがない匿ってやろう」
「待て三春ッ!!」
「ぎゃ、もう来た!」

3人で馬鹿をやるのが楽しかった。

「三春、下がっていろ」
「高虎ッッ」
「大丈夫だ三春、落ち着け」
「吉継、」

二人とも、彼女を大切に想っていた。

「三春、泣くな」
「三春」
「吉継、高虎・・・」

悲しんでいればその悲しみを包み込んで癒してやりたかったし、何かを恐れていればなにものからも護ってやりたいと願った。

「お前が好きだ、三春」
「高虎・・・ごめん、」

彼女が高虎の告白を断った事は意外で、そして、どうしようも無く期待した。もしかしたら、己を選んでくれるのかもしれないと、高虎でないのならば、己がと。

「吉継、あのね、お願いが…あるの」

彼女の心の奥底に根深く残る彼の人の杭をわかっていて、その生傷を撫でるように甘い蜜を塗ったのは吉継だ。

「分かった、お前の願う通りにしよう」
「・・・ありがとう」

そういう流れだと、笑ったのはこの時だけで。彼女を己に繋ぎとめられるのならば何でも良いとあの時選んだそれを今、こんなにも悔いている俺はいっそ阿呆だろうか。







「貴方が死ぬ時には私も殺してと、そう、言ったでしょう。貴方はそれを了承してくれた」
「・・・嗚呼、」

力の入れることが出来ない指先で、無理矢理構えさせられたそれを彼女に己が指ごと握り込まれて。切っ先がその胸へと当てがわれるのを虚ろな目で眺めていた。彼女の、三春という人間の死、愛する女の命を握っていると云う事実を目の前にして…初めて吉継は怯んだのだ。そんな吉継に躊躇など許さぬようにと、絡められた指先が熱い。近づく距離が、目の前に力強い彼女の眸があって。嗚呼、駄目だと、こんなに愛しいものの命を奪うなどと。

「三春・・・やはり、」
「吉継」

逃げを認めぬ真摯な瞳は、とろりと突然甘く蕩けた。

「すきだよ」

その一言に瞳を見開いた吉継に、微笑んだ彼女が唇を合わせるのと同時、彼女は吉継に握らせていたその刃を己が胸へと捩じ込んだ。







「三春、そろそろ・・・・っ、吉継お前ッ!!」
「たか、とら・・・」

面会も終わりだと、離れたところに居た高虎は戻ってくるなりその光景に瞳を見開いた。吉継に身を寄せるようにして、肩口に頭を預ける彼女は、貫かれた胸と背中と、そして口の端から紅を零していた。その瞼は伏せられたままで、もう二度と持ち上がることは無い。まだ暖かい身体の熱が冷めぬようにと、吉継は空いた左手で彼女を抱き締めてその細い髪を梳いていた。三春の香りがした。滑らかな肌に触れた。今まで、触れたくて堪らなかった筈のそれなのに、けれど、彼女の息はもう、

「ッ三春は、自分でやったのか」
「俺が死ぬ時、殺してやると約束をしていた」
「なッッッ、」
「もう、遺される事には耐えられないと言っていた・・・そして、お前は屹度その願いを叶えてはくれないだろうとも」

高虎なら絶対に彼女を殺せない。半兵衛が亡くなった後、暫く抜け殻のように心ここに在らずが続いていたのを好機にと、彼女を安全な場所に匿って、戦場から遠ざけようとすらしていたのだから。それを嫌ったから、一種の追腹のように、彼女は己を、西軍を選んだのだと心の何処かで思っていた。けれど、

「好きだと、そう言って自分で胸を貫いた」
「っ、」
「俺の言葉も聞かずに逝くとは…彼女も大概、勝手なようだ」

好きだと、言って笑った彼女の眸。
嗚呼、何故もっと早く、己の心に正直に在らなかったのだと自嘲して、ふっと笑って瞳を細めると溜まっていた涙が一筋伝った。

「高虎」
「っ、なんだ」
「俺も勝手だ。お前を苦しめるのを分かっていて、ここで死ぬ・・・許せ」

顔をグシャリと顰めて、眉を寄せる高虎に笑う。

「すまんな、」

そうして、三春に握られたままのその手で吉継は己の腹を切り裂いた。介錯をする高虎も、その腹の底から絞り出すような慟哭を響かせて・・・誰もこんな終わりなど望んでいなかった筈なのに。どうしてこうも、儘ならない、一体誰が、何が、どこから間違えていたのだろう。それとも、こんなに辛いことすら、こんなに苦しいことすら、正しい道に必要なことだと云うのだろうか。

東軍の鬨の声が、遠くに聞こえた。



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