嫌よの理由

小早川隆景は三春の事が苦手である。

豊臣の軍師、竹中半兵衛の文官にして右腕の彼女は、彼と官兵衛が元就や隆景のもとを訪れる際、しばしば一緒に訪れる。半兵衛や官兵衛と気安く、けれど此方に対してはきちんと礼節を持って接してくれるとても良く出来た部下であるとは思う。半兵衛も彼女の事をかなり気に入っている様子だし、というか気に入っているからこそこんな所にまで共連れしているのだし、彼女が優秀だというのは間違いないのだろうけど。





とある日、隆景が吉田郡山を訪ねてみると半兵衛と官兵衛が来ていると伝えられた。
ひしひしと嫌な予感を肌身に感じながら父の隠居している庵へと足を運べば、奥の間の一つ手前の客間の端。彼女がひとり、手持ち無沙汰にぼんやりと庭を眺めていた。

「おや、隆景殿」
「…お久しぶりです、三春殿」

隆景の姿を認めるなりふうわりと微笑んだ彼女は、其処にひとりぽつりと取り残されて居る理由も何も隆景が承知の事を分かっていて、ただ挨拶を返すだけ。そして恐らく、隆景が彼女の事を苦手に思っている事すら承知していて、無駄に口を開いて隆景の気分を害すまいと敢えて沈黙を守る所すら流石はかの今孔明の右腕か。
軍師として、そういうところを相手に承知されているというのは如何ともし難く、その察しの良い所が苦手なのだと苦虫を噛み潰す心地なのである。

「半兵衛殿と官兵衛殿は奥に?」
「はい。何やら大事なお話があるとかで。締め出すのであれば連れて来なければ良いですのにね」

隆景がたったいま思った事をそっくりそのまま口に出した彼女は、それきり黙したので隆景は目礼だけして彼らの待つであろう元就の執務(執筆)室と化している奥の間へ進んだ。





「…だからこそ孔子はね、・・・ああ、隆景」

余人に冗長と揶揄される父の話はけれど兵法や論語になると半兵衛の興味を殊更誘うらしく、官兵衛を置いてきぼりに二人して論じ合うのは何時もの事であったのだが。それは彼女の言う“大事な話”とは違い、彼女を締め出すほどの話でも無い上に、聴かせる相手の少ない元就の話を聞いてくれる数少ない一人である彼女を長く放置しているのは一体どういうことなのか。彼女が些か可哀想にすら思えてくる。

「政に関わる話で無いのでしたら三春殿を中へ入れて差し上げたらいかがですか」

隆景の入室に気付いて顔を上げる面々に、締め出されたままの彼女の事を告げれば元就がいつものように困った顔で微笑んだ。

「隆景が相手をしてくれると良かったんだけれどね」

それに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてしまう己を、半兵衛が面白くなさそうに見やる。

「ほら、だから言ったじゃん元就公。もう三春呼んでいいよね?」

いつも彼女を傍に置いている半兵衛はやはりこの状況は不服だったようで、こくりと頷く元就を一瞥するなりそそくさと彼女を呼びに行った。

「・・・一体何がしたかったのですか、父上」

「…隆景、きみは何故自分が彼女の事を苦手なのか、考えた事はあるのかな?」

隆景は元就の己よりも余程優れていると感じている双眸と向かい合い、はたと考え込んでみる。己の弱点と見える、苦手な御仁を“苦手な理由”。

・・・襖の向こうからは、半兵衛と三春の楽し気な声が聞こえてきており、胃の腑の辺りがもやりと戦慄いた。

彼女は何時も半兵衛と一緒で、戦場に於いても、その清々しいまでの手腕は半兵衛の為に奮われる。彼女が気を回すのは何時も半兵衛の為。己へ向けるものと、彼へ向けるその表情の差が憎々しくて。そして最たるは、彼女が真に微笑むのは半兵衛の前だけで、それが、それで、だから、

「〜っ、」
「ふふふ、漸く理解したのかな?」

・・・この想いに名をつけるとするのなら。
分かりたくは無かったことを突き付ける父を睨みつけて、理解せざるを得ない感情を持て余して隆景は立ち上がった。
まずは、彼女との距離を縮めることを考えなければ。


(ふふふ、三春さんはいつお嫁に来てくれるかなあ)
(半兵衛がそう簡単にあれを手放すとは思えんがな)

20170215修正



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