セドリック・ディゴリーはモテる。
彼は誰にでも優しく手を差し伸べるし、何よりとても爽やかでハンサムだ。頭も良く、彼が誰かに勉強を教えてあげている姿を見かける事も珍しくない。
あの誰にでも振り撒く甘やかな笑顔で、きっとわかりやすく、そして優しく教えてくれることだろう。彼が通り過ぎるといつも女の子達がきゃあきゃあと黄色い悲鳴をあげていたし、エヴァーニアはそれをとても微笑ましく思っていた。
ホグワーツ、楽しい友達、逃げられない課題達、ハンサムな先輩、淡い初恋・・・
エヴァーニアにもそんな青春時代があったなあと懐かしく思う。と言っても、まだ卒業してから3年くらいしか経っていないのだけれど。
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「あ、の・・・セドリック、離れてくれないかな…」
「いやだ」
そんなエヴァーニアは今、窮地に陥っていた。男子生徒に詰め寄られ、後ろは壁。顔の両脇を腕に囲まれて逃げ場のない中、限りなく近い距離を更にジリジリと詰められていた。
その男子生徒は、誰にでも優しく、そしてとても優秀な生徒であるはずだった。
彼、セドリック・ディゴリーがこんな暴挙に出るなんて、しかも相手がまさかまさかの自分だなんて、エヴァーニアは全然、本当にこれっぽっちも思ってもみなかった。
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何故こんな事になったかというと、全ての始まりは一年前まで遡る。
その年、天文学のオーロラ・シニストラ教授が産休に入るというので、その空きを埋めてくれないかとエヴァーニアのところに打診があった。
何故エヴァーニアのようなまだ若い人間にそんな大役が回って来たのかと言うと、そのシニストラ教授がエヴァーニアの叔母であったこと、そしてエヴァーニアが在学中、天文学において天才的な才能を発揮していたことをダンブルドア校長が覚えていたからだった。
ちょうど卒業してから進めていた双子座と半死半生についての論文を書き上げたばかりだった彼女は、二つ返事でそれを引き受けた。懐かしい学舎に、卒業してからも入ることができるなんて・・・なんて素晴らしいんだろう!しかも、教師としてだなんて!
大好きな天文学でこれからどうやってご飯を食べていこうか考えていた彼女にとって、この話はまたと無いチャンスだった。叔母の産休の一年間だけでも、ホグワーツで教えていたという実績は彼女の将来にとって大いに役に立ってくれることだろう。ダンブルドア校長はそこまで見越して彼女を雇ってくれたのだろのうか?もしもそうであるならば、校長には感謝してもしきれない。
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ホグワーツで天文学を教えるのはとても楽しかった。生徒達は可愛いし、分かりやすいと彼女を慕ってくれる子も多く、エヴァーニアはとても幸せだった。
その中でも最近よく彼女のところへ質問に来るのが彼、セドリック・ディゴリーだったのだ。
セドリックはとても優秀で、授業でわからないところなんてどこにもないような生徒だ。それでも彼が質問に訪れるのは、授業で教えるのとは違った切り口で疑問を覚えたりすることがあるからだった。
天文学は奥深く、エヴァーニア自身も答えに悩んでしまうような質問もある。
そんな時は彼に少しだけ時間を貰い、エヴァーニアなりにその答えをしっかりと拵えてから彼に答えるようにしていた。するとセドリックも納得してくれたり、はたまたさらに疑問が芽生えたり・・・優秀な生徒との議論は楽しく、いつの間にかセドリックの質問タイムは彼女にとってやり甲斐のある、楽しみなものとなっていた。
「先生」
「あらセドリック、また何か質問?」
2年生の授業の後片付けをしていると、セドリックが教室に入ってきた。いつもの爽やかな笑顔に少しだけ癒される。
昨晩は3年生と星座を見ていたので、今日は途轍もなく眠い日だった。天文学の授業は、通常通りの昼に理論や知識を教え、それとは別に夜間に実際に星を見るという時間が全体の半分くらいある。そういう授業をやった次の日でも、スケジュールによっては昼の授業もあったりするので彼女が眠くて堪らない日は多いのだ。
「今日は質問じゃなくて・・・ホグズミートに行ったから、お土産を持ってきたんだ。先生、これ好きでしょう?」
いつものお礼に、と言ってセドリックが渡してきたのはエヴァーニアの大好きなかぼちゃフィズだった。確かに大好きだし、よく食べているかもしれないが・・・何故それを彼が知っているのだろうか。そんな話をしたかしら?エヴァーニアが首を傾けると、セドリックが照れたように人差し指で頬を掻いた。
「・・・この間、チョウが先生はかぼちゃフィズが好きなんだって言ってたから」
確かにこの間、レイブンクローの子達が中庭でお菓子を広げているところに通りかかって、エヴァーニアも交ぜて貰ったことがあった。・・・その時にそんな話をしたような気もする。
「もしかして、好きじゃなかった・・・?」
「そんなことないわ、大好きよ」
ありがとう、とセドリックに微笑むと彼は頬を染めてどういたしまして、とはにかんだ。
「これを片付けたら、お茶にするからよかったらあっちで少し待ってて?一緒に食べましょう」
エヴァーニアはセドリックに自室のソファを進めると、後片付けをしに教室へ戻って行った。
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セドリックとのお茶会は楽しかった。いつもと違って天文学以外の話をしたが、彼はとても話し上手でエヴァーニアは何度も笑った。彼の大好きなクィディッチや友達のこと、最近の生徒達の流行り。エヴァーニアは学生時代を懐かしみながら、それに頷いたり、微笑んだり、驚いたり。その都度セドリックはエヴァーニアを見て、そして同じように笑顔を見せてくれるのだった。
「ふぁ…」
「先生、寝不足なの?」
楽しい時間は過ぎるのが早く、気が付けば随分と長い時間を彼と過ごしていたらしい。遂に寝不足の身体に限界が来たのか、こんなに楽しい中なのに欠伸が漏れた。
「・・・ごめんなさい、おしゃべりの途中に。楽しくないわけじゃないのよ?むしろ、貴方の話はとっても面白いわ!・・・でも昨日の夜は星を見る授業で、今日は朝から別の授業があったから寝てなくてね…そろそろ限界」
エヴァーニアが申し訳なさそうに、欠伸で零れた目尻の涙を拭いながらセドリックに微笑むと、彼は頬を赤くした。あれ、何かおかしなこと言ったかしら?
「セドリック?」
「せ、先生・・・もう僕、戻ります・・・ゆっくり休んで」
少し吃りながらそそくさと出て行く彼に、エヴァーニアは首を傾けた。
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それからセドリックは質問以外にも何かにつけてエヴァーニアのところを訪ねてくるようになった。
セドリックがそういう、お茶会の為に訪ねて来るのは何故かいつもエヴァーニアが眠くて堪らない日で、だんだんとそれに慣れてしまった彼女は彼が居るのに最後には机に伏せて眠ってしまっている、なんて事もザラにあるのうになってしまった。毎回申し訳なく思うエヴァーニアだったが、セドリックは全然気にしていないと言い、またお菓子をもって訪ねてきてくれるので、エヴァーニアもいつの間にか気にしなくなってしまった。
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そんなふうに日々は過ぎて、エヴァーニアが天文学を受け持つ一年は終わった。
また来年からは叔母のオーロラ・シニストラが天文学を教える。エヴァーニアは少しだけ切ない気持ちを胸に、部屋の後片付けをしていた。
(ここでの一年間は楽しいことばかりだった・・・)
ふうと溜息を吐き杖を振って最後のトランクを閉めると、誰かがバタバタと部屋に入ってきた。
「っ先生、」
「あらセドリックどうした、の・・・セドリック、?」
走ってきたのか息が切れている彼は、ズンズンと部屋の奥まで進んで、エヴァーニアの方へ真っ直ぐに近づいた。その距離がどんどん縮まって、ほとんど無くなって、近い、近い、近い!!と思ってエヴァーニアはどんどん後退った。それでもまだまだ近づいてくる彼に、とうとう壁まで追い詰められる。
「あ、の・・・セドリック、?」
トン、と彼の手がエヴァーニアの顔の横に突かれて、覗き込まれる。小柄なエヴァーニアは、セドリックの広い肩幅にスッポリと収まってしまう。
「…先生、」
セドリックはエヴァーニアに顔を近付けた。その瞳は真剣で、何が何だか分からないエヴァーニアも、目を逸らすことが出来なかった。
「セ、ド・・・んぅ、」
極限まで近付いた距離は、いま、ゼロになった。
「んっ、セド、っやめ、」
「はっ、せんせ、かわいい」
壁に置かれていたセドリックの手はいつの間にかエヴァーニアの首の後ろと腰に廻り、彼女を翻弄するように口腔を這い回る舌とは裏腹に、紳士的に彼女を支えていた。
ちゅっ、
名残惜しむかのようにゆっくりと離された唇と唇を、銀の糸が繋ぐ。酷く熱い眼差しで見つめてくるセドリックに、官能的な口付けのせいで腰の抜けてしまったエヴァーニアは縋るしかなかった。
「先生・・・好きなんだ。貴女が僕の前からいなくなるなんて、考えられないくらいに」
付き合ってくれるよね、上手く回らない思考回路の中、耳元で腰にクるような低く甘い声で囁かれて・・・
エヴァーニアは迂闊にもコクリと、頷いてしまったのだった。