遺品一時預所

※名前変換なし
ポッター家について、捏造過多注意!














ダイアゴン横丁の奥の奥、ノクターンに差し掛かる手前の端っこの端っこ、古ぼけたドアが一枚、壁にぺとりと貼り付けてあるだけのようなそこが、彼女の店だった。

そこが店だと云うことに気付く者がまず、少ないこと。店だと知ってはいても、その店の仕組み故に弾かれてしまう者がいること。そして彼女の生業故に、その店を忌み嫌う者が多いこと。この三つの理由から、その店は何時も空いている。ハリーがそこを訪れた時も、やはり誰もがそのドアに見向きもする事なかったし、本当にこれかと訝りながら開いたその先は、話に聞く通りにスカスカであった。

「いらっしゃいませ」

店内は、あのドア一枚からは想像がつかない程の空間が広がっていた。隣の店の大きさも考えると、到底あの隙間には入らないであろう空間を有するそこは、細長い部屋と云う事だけが辛うじて外見の印象を引き継いでいた(幅が狭いのはどうやら店主の趣味であるらしかった)。
壁という壁が引き出しになっており、宙に浮かぶ小さな明かりがそれを照らしていた。どこまでも続く棚で天井が見えず、けれど真上が僅かに明るく光っている事から、恐らく天井はあるのだろうが、それは遥か彼方遠くである。

「本日は何を求めていらしたのですか?」

壁に挟まれた店内の、中心に据えられた丸いテーブルの側に店主は立っていた。二つ置かれたティーカップには既に湯気の立つ紅茶が注がれている。彼女の後ろ、店の奥の方には何やら工房らしき部屋が続いていて、暖炉の中で炎が楽しそうに踊っていた。
導かれるままテーブルに付くと、向かいに座った彼女が杖を一振りしてお茶請けにクッキーが出てきた。周りを見回す事に夢中になっていて彼女の問い掛けに一切返事をしていなかった事を、ハリーはここへきて急に思い出した。

「あっ・・・!あの、僕、今日は…」

慌てたように言葉を連ねようとしたハリーに彼女はくすりと笑った。

「嗚呼、大丈夫ですよ。貴方が何を必要としていらっしゃったのかは、分かっています」

再度、彼女が指先をくるりと回すと、だいぶ上の方で二つ、隣り合った引き出しが壁から飛び出してテーブルの側でピタリと浮かんだまま停止した。

「此方がジェームズ・ポッターの、そして此方がリリー・ポッターの遺品です」

彼女の一言に緊張した面持ちのハリーが小さな引き出しを覗きこむ。するとその中は見かけからは想像がつかないような広い空間になっていた。

「部屋・・・?」

引き出しの中はひとつの部屋になっていた。そこに今も誰かが住んでいて、今は少し外出しているだけだと云うような程に生き生きとして見える空間は、両親のことを人づてにしか知らないハリーの心臓を少しだけきゅう、と締め付けた。

「よく吟味して、持って行くのは持てる分だけにすることをお勧めしますよ」

耳元から直接響くようなその声にひとつ瞬きをすると、次に瞼を上げた時にはハリーはその覗き込んでいた部屋の中に立っていた。





「ここはジェームズ・ポッターの部屋を再現した空間です。彼の生きていた頃の部屋の端々を再現しながら、ひとつに纏めてありますが・・・遺品として遺っていたものには触れることが出来ます。それ以外は形として見えているだけ、まあ、遺っていたものにしか興味は惹かれないでしょうが…」

天井から降り注ぐような彼女の声が響く。耳に馴染みの良いアルトは、ゆっくりとこの“部屋”の使い方を説明していく。

「誰も管理できる人物のいない場合、悲しみに暮れて遺品に手をつけることが出来ない場合、相続者が複数いて相続者を決めるまでの一時など、"此処"に遺品が預けられるのはそういった場合です。故人の生きていた場を再現するのは、此処に閉じ込める遺品の時間を護る為。此処には故人は生きていませんが、故人の思い出は今も生きている。それを受け取りに来ていただいた方に感じて頂く為の場ともなっています」

“ジェームズ・ポッターの部屋”は、子供のいる成人男性の部屋とは些か信じがたい程に遊び心に満ち満ちていた。クィディッチ用品、飛び回る選手が試合を行っているミニチュア模型、悪戯玩具、ぐつぐつと怪しい色合いの薬の煮えたぎる大鍋。本棚からはみ出した付箋だらけの本、そして飾り棚の一角は一人の女性の写真で溢れていた。

「ママだ・・・」

リリー・ポッターの写真で溢れたそこには、二人で写ったものもあればシリウスやリーマス、ピーター・ペティグリューの写った写真もある。皆がにこやかにこちらへ手を振っているのを見て、ハリーは心が温かくなるのを感じていた。嗚呼、自分は今、彼らのおかげで生きているのだ。
棚の端、最近購入したばかりに見える真新しい写真立ての中には、小さな赤ん坊を抱いて溢れんばかりの幸せを表情いっぱいに浮かべた夫婦が移っていた。そのすぐ側の棚にあった使い込まれたグローブを、ハリーはそっと手に取った。





次に瞳を開くと、今度は打って変わって整えられた女性の部屋に変わっていた。鏡台に映った自分の緑の瞳を見て一瞬固まると、ハリーは部屋の中央にあるベビーベッドへと進んで行った。鮮やかなおもちゃが周りに浮かんだそこは部屋の中心で、そして壁の方にはキッチンにぐつぐつと鍋が火に掛けられている。彼女がいかに女性らしかったか、そして母親らしかったのかが分かる部屋であるとハリーは思った。キッチンの反対側の窓際には書き物机があり、その横の本棚には先程の部屋とは違い、きっちりと整頓された本が並んでいる。真ん中の飾り棚にはやはり写真立てがあって、家族で写っているものの他に叔母のペチュニアとリリーらしき少女が二人で写っているマグルの写真もあって驚いた。

「これ・・・」

書き物机に上には小さな箱が置いてあった。グリーンの石のついた目立たないデザインのアンクレットは、中の説明書きに魔除けの品と書かれていた。つけていると様々な困難から護る。まるで魔法界らしい謳い文句でハリーは苦笑を溢した。するとひらりと、もう一枚あったらしいカードが手元から落ちた。

“お誕生日おめでとう、ハリー”

「…っ、」

女性らしい繊細な文字で書かれたそれを目にした途端、ハリーの涙腺は急激に崩壊した。今までただただ温かい気持ちでいただけなのに、その一言を見た途端に何処から湧いて出たのか分からないほどの涙が溢れる。その、初めての誕生日に用意されていたのであろうプレゼントと、そして先程ジェームズの部屋から持ってきたグローブをしっかりと胸に握りしめて、ハリーは声を殺すことなくその衝動に身を任せた。





「ひとつずつとは、懸命な判断です。ハリー・ポッター」

気が付くと、いつの間にか店内に戻ってきていたハリーは最初の椅子に座っており、空になったティーカップに温かな紅茶が注がれているところだった。目の前の店主は優しく微笑み、その柔らかい眼差しでこちらを見つめていた。そういえば泣き腫らした筈だと目元を慌てて触ったが、泣いた跡も腫れた跡も無いようでカップの中に映った普段と変わらぬ己の様子に安堵した。夢だったのかと錯覚しそうになったけれど、ハリーの左手には確かに握りしめていたふたつの遺品があってあれは夢ではなかったのだということが分かった。

「どうか、大切になさってくださいね」

そう言って彼女は満足そうに笑みを深めて紅茶を啜った。その時はじめて、彼女の髪が白銀色をしているのに気が付いた。真っ白な肌に、細い指先。優しく見つめる瞳は深いブルーで、ピンク色に色付く唇とふたつ、色彩はそこだけだった。何故こんな特徴的な外見に今まで視線が行かなかったのだろうと、不思議に思いながらまだ温かい紅茶を口に運んだ。

「それでは、もうお会いすることがありませんように」

その見送りの言葉に、何だか少し寂しいけれどその通りだとハリーは苦笑した。だって彼女は遺品を取り扱うひとで、彼女に何度も会うということは大切なひとを何度も亡くすことに他ならないのだから。

「貴女も、お元気で」

こうして優しいものをひとり孤独に守っている、この淡い色合いの彼女に幸多からんことを。ハリーの返事に彼女はきょとりと瞳を丸くして、それからありがとう、と微笑んだ。



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