亭主関白?

武田信玄は好色家である。

側室は皆煌びやかで美しく、更には小姓として何人かの美男子も抱えている。夜毎そういうコトに耽っては次の晩には違う者の所へ。数多を抱えていながらも、決して誰か一人を贔屓にする事など無かった。そして朝になればきちんと正室の元へと赴き、共に朝餉を食べ言葉を交わし、何か不都合などは無いかと気に掛けたりする。
信玄の正室、三春は彼のそんな生き方とも云えるそれをを理解していたし、特段不満に思うことも無かった。
普通であれば、他の女の(男も含むが)所へと夜毎に通う夫などと女の嫉妬に苛まれそうであるが、彼女は違った。そもそも、あんな体力無尽蔵な男の相手を毎日(それも朝まで離さぬ事ばかり)していたら、三春は過労で早々に命を無くしてしまっている。側室が何人もいることでその負担が分担されることは、寧ろ彼女にとっては願ってもみないことであった。
それに、側室が何人も居たからといって、信玄からの愛情が薄まる訳でも無くて、やっぱり正室の彼女はきちんと大事にして貰っているし、信玄とは夫婦という間柄を超えて、もはや同志のようなものでもあったから。





「三条の方さま、」
「おや、どうしました由布」

麗らかな午後の日のこと。
己の執務室にてぱちりぱちりと軽快な音を立てて算盤を弾きながら帳簿を纏めていた三春の元へ、おずおずと申し訳なさげに声を掛けてきたのは側室のひとりである由布だった。指を止めて振り向けば、彼女は泣き出しそうな顔をしていて苦笑する。

「おいでなさい」
「はい・・・ッ!」

つつつ、と淑やかながらも急ぎめに入室した彼女は、三春の目の前まで来ると悩む間も無く広げられた腕の中に飛び込んだ。

「さ、三条の方さまっ、殿が、殿が・・・」
「よしよし、また殿に無体を敷かれましたか」

えぐえぐと涙を零しながら胸に埋まる頭を優しく撫ぜながら、三春はさらさらと流れる由布の髪を梳いてやる。此処では正室とは規律を守る厳しいお局では決してない。側室や小姓の尊厳・・・人権を、心を身体を守る人・・・と言うのは、些か聞こえが悪いだろうか。けれどけれど、信玄の奥ではこの光景が日常茶飯事であるのだから聞こえがどうのと言ってはいられない。此方としては正に死活問題なのである。うちの殿は日々鍛錬に勤しみ政務に励みながら何処にそんな余力を残しているのか甚だ疑問なのだが、こうして泣きついてくる側室達は後を絶たない。

「う、うっ、三条の方さまっ、三春さまっ、」
「・・・ほら、顔を上げて。そんなに泣き腫らしたら可愛いお顔が台無しですよ」
「ぅ"う〜・・・三春さまぁッ!」

可哀想に涙の止まらない彼女の目元に手拭いを優しく当ててやりながら、これはどうするべきかと思案する。一昨日は小姓の仙太郎を、10日前には梅という側室を慰めたばかり。こんなに連続なのは久方ぶりで、もういい加減お灸を据えてやらねばならないと三春は由布を慰めながらも静かに夫に対する怒りを燃やしていた。





「殿」
「・・・おお、三春か。どうした」

その晩、独り縁にて晩酌をしていた信玄の元へ三春が現れた。月夜に照らされた彼女は、僅かな光を煌めかせて靡く髪にその白い肌が浮かび上がるようで殊更美しい。

「お注ぎ致します」

丁寧で流れるような所作は見ていて気持ちの良いもの。こうしたふとした瞬間瞬間に、信玄は三春を正室に貰った事を嬉しく思うのだった。

「お前も飲むか」
「頂きます」

ゆったりとした晩に相応しい、言葉少なながらにも二人の間に流れる空気は穏やかで、とても安らかな気持ちになる。そっと寄り添う己の番いに信玄がそうっと手を伸ばした時・・・
するり、
と三春が伸ばした手を避けるようにした。そんな彼女の様子に目を見開いて、そうして直後に伸びてきた腕にそういう気分なのかと笑みを深めると、受け入れるように信玄も腕をのばした・・・のだが、

「ッ、おおッ!」
「・・・チッ」

バチッ

千歳の伸ばした腕が信玄へ触れる刹那に稲妻を放つ。その突然の暴挙を辛うじて避けた信玄は驚きを露わにしながら、恐る恐ると舌打ちを放つ彼女を見つめた。

「みはる・・・?」
「何故、避けるのですか」

暫くお眠りになれば良かったものを。
鋭く言い放った彼女の言葉にひやりと背筋を流れたものに身震いをする。あと一歩気付くのが遅ければ、信玄は三春の婆娑羅で強制的に眠りにつかされていたことだろう。

「い、如何した三春。何を怒っておる」
「・・・よおぉく、自分の胸に聞いてみて下さいませ。…私には奥の子らを護るという使命がありますれば」

ギリギリ間合いの外から睨み上げてくる三春は丸腰で後退る信玄に、何処から取り出したのか千本を構えながらにじり寄ってくる。どうにか彼女の怒りを鎮めなければと全身から嫌な汗が噴き出る信玄は、その数秒後にはその努力も虚しく三春の放った千本によって自室に張り付けられるのであった。



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