仔猫手懐け作戦

秀吉に呼ばれ城内を歩いていると、子飼いの面々が何やら集まっているのを見かけた。

「何してるの?」
「三春!」
「おす」
「…」

いつでも元気な正則が顔を上げ、それに清正や三成が続く。挨拶すらしない三成はいつもの事なので気にしないとして、けれどその三成の影から覗く白い影が気になってジッと見てみるとどうやら彼方もこっちを窺っているようだった。

「・・・」
「・・・」

無言で只管に見つめてくるその影の様子は何も今日が初めてという訳ではない。彼が此処へ来てからずっとこんな感じなのであり、三春も三春で面白いからと野良猫と徐々に交流を深めてゆくかのように彼と接しているのだ。

「・・・」
「・・・」

見つめられるので、見つめ返す。何も言わないので、ジリジリと距離を詰める。

「・・・近いのだよ」

視界いっぱいにデカデカと三成を入れながら、真近に迫っていた彼の瞳を静かに見つめ返していると、限界が来たのか、ぴゃっと三成の影に完璧に隠れてしまった。追いすがるようち右へ左へ覗き込んでも隠れ隠れで表情は見えない。元々彼は口元までその白い装束で隠してしまっているので表情は尚更分かりにくい。けれどその余りにも逃げる感じが面白くて尚も続けていると、

「ぃった!!」
「いい加減にするのだよ!!」

ただの障害物と化していた三成の堪忍袋の尾が切れた。頭に手刀を喰らって悶える三春を清正が呆れたように見て、正則は爆笑していたので蹴飛ばした。

「何すんだ三春!」
「うるさい馬鹿則!





「半兵衛さま、重いですよー」
「えー。だって、三春の背中あったかいんだもん」

またとある日。三春が文机に向かい、溜まる政務を熟している時のこと。
ひとの背にのし掛かるようにして抱きつきながら、働きたくないと駄々を捏ねている主はこれが通常運転であり、その主の放っておいている仕事を熟すのが三春の仕事である・・・と言うと些かおかしいが(そのおかしさに突っ込んでくれる人はここには居ない)、紛うことなき彼女の仕事だ。つまり、半兵衛の世話係。

「半兵衛さまが仕事してくれたらなあ」
「俺の仕事は寝ることなの」
「えぇー」

ブツブツと文句を言いながらも半兵衛を好きにさせて筆を進める三春の背後で、彼女の背に頬を寄せながら半兵衛は反対側の廊下の隅を横目に見た。じっとりとした視線はただ真っ直ぐに半兵衛に浴びせられている。

「・・・悪霊退治しなきゃかなあ」
「えぇっ、お化け出るんです?」
「うん。気を付けてね三春」
「またまたぁ」

彼が此処へ来て暫くしてから時たま注がれるようになったその視線に、三春は未だ気付いていない。あんなにあからさまなのに気付かないのは、それが向けられているのが半兵衛だけだから。まさか、自分が手懐け中の猫が実は自分に興味深々だなどとは夢にも思っていないだろう。
悪意の無いものへ発揮される彼女のその無防備さは美徳であり、特別治せと言うほどのものでもない。ならば、元を絶ってしまえば良いのだ。半兵衛は幼い頃から手ずから育てた可愛い部下を、手放す気は早々無いのだから。





「幸村ー!」
「三春殿」

また別の日のこと。
己を見つけてとてとてと駆け寄ってくる彼女を鍛錬の手を止めて迎えると、彼女は掲げた盆を見せて朗らかに笑った。

「休憩しない?」
「はい、ありがとうございます」

幸村はまだ豊臣に来てから日が浅い。以前から知り合いで、何かと世話好きだという彼女はそんな幸村にも非常に良くしてくれる。三成がいるので気を許せる相手が居ないということもないし、豊臣は温かいところだと既に理解はしているが、こうして気に掛けてくれる三春の存在はとても有り難いものだった。
ふ、と力が抜ける感覚を味わう節々で、己が思いの外気張っていることに気付かせてくれるのだ。

「幸村は真面目だから、たまには息抜きしなくっちゃね。ほんと、半兵衛さまと足して二で割ったらいいのに・・・くぁっ、」
「…また夜更かしされたのですか?」

思わず零してしまったらしい欠伸を咬み殺す彼女をよくよく見てみれば、目の下には柔らかな笑みばかりうかべる顔には似つかわしくない隈が出来てしまっている。

「うん、ちょっと仕事が溜まっててさ・・・でも、もう片付いたから!」

だから今日はゆっくり寝れるから大丈夫、そう言う彼女は幸村のことを気にするばかりで自分の心配はさせてくれないのだ。むっと眉根を寄せた幸村は、笑って誤魔化す三春の腕を引いた。

「わ、幸村?!」
「少し、横になられてください」

己の膝に彼女の頭をのせて身体を倒させる。持って来てもらった盆や湯呑みは上手に避けて誘導すると、存外彼女は素直にそれに応じた。

「いま横になったら絶対寝ちゃうのに…」
「寝て良いですよ」
「ええぇ・・・なんで幸村は私を甘やかすかなあ…」

呆れたように困ったように息を吐きながら、それでもゆるゆると落ちてゆく瞼。顔にかかった髪を退けてやる頃には、三春はすっかり眠りに落ちていた。

「貴方が私に甘いから、お返しをしたくなるんですよ」

もう聞こえていないそこに落とした声は、静かな空気の中に離散して消える。くうくうと小さく寝息をもらす無防備さに幸村が表情を緩めていると、ぬっと近くに気配がひとつ。

「すっかり気が抜けているな」
「大谷殿」

白い装束の彼は先程からずっと近くに潜んでいた。幸村は気が付いていたが、気にしないようにしていたのだ。自分より少し前に豊臣家族の中に入った彼が、なにやら三春と悶着を続けているのは幸村も知っていた。いつも遠巻きにしているのに近付いて来たのは、彼女の意識がないからか。
彼は三春の顔を覗き込み、じっと見つめると二人の近くに腰を下ろした。

「彼女はお前に懐いているな」
「そうでしょうか」

ひしひしと刺さる視線に知らぬ存ぜぬを貫き通す。この御仁はどういうわけだか、彼女のゆく先々に現れてはそっと物陰から彼女を見つめているのだ。それは病だと人は言う。そしてそれを知っている誰しもが、彼女がそれに気が付かなければ良いと思っている。その見つめる距離以上に近いところに居る誰しもが、これ以上彼が彼女に触れられる圏内に入って来なければ良いと思っている。

「三春殿には、まだまだ遠いですよ」
「・・・ああ、そのようだ」

いつも流ればかり読んでいるいる彼のこと。周りが近付けさせない流れをつくっていることにも既に気付いているのだろう。

「まあ、時には流れに逆らうことも必要、ということだな」

そんな不穏な囁きを残して、彼はスッと立ち上がってその場を辞した。幸村は表情を変えぬまま、彼女の頬をそっと撫でる。願わくば、何時までも彼女が己の傍にこうして居てくれますよう。

「・・・吉継さん、本気出すって?」
「はい、気をつけねばなりませんね」
「いつもこそこそとしているのに三春に近付けるのか?」
「吉継はやる時はやるヤツなのだよ、注意するに越したことはない」
「かーッ、それにしてもコイツ、幸せそうに寝やがって」

徹底抗戦の構えを見せている三春の防衛戦戦は、今日も強固に彼女を護っているのだ。吉継がこれを越えられる日は来るのか、否か。

(ま、俺が本気だしたら無理でしょ)
(頼りにしています、半兵衛軍師殿)



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