引き際を弁える

半兵衛様は人が悪い。
戦中にひとり早々に織田側に寝返って、味方のつもりでいたくだらない奴らに歯向い始めたので私は対応が遅れるというとばっちりを喰らってそこそこ大変な怪我をした。そういう心算があったのなら最初から教えておいてくれれば私だって身構えていることも、雰囲気の変化に反応して即座に寝返りに気付くことも出来たのに。

「ごめんって!三春のこと、忘れてた訳じゃないから!」

ええ、ええ、分かっていますとも。忘れてた訳ではなく、割とどうでも良いと思っていたのだろうということは。けれど私はそれに対して文句を言ったりなどしませんとも。それくらいの認識でいて貰った方が、いざという時にこの身を盾にし易いですしね。ええ、ええ、別に怒ってなんていませんよ。何時もの事ではないですか。



織田側に付くと言っても、半兵衛様は信長は好かないと言ってその家臣である羽柴秀吉の傘下に入った。どうやら先だっての戦で秀吉が一夜にして城を作りあげ、斎藤方の士気を大きく削いだことがお気に召したらしい。確かにあれは良い策だった。…お陰で私は引き返して来た“元”味方の武将達に忽ち半兵衛様のお抱えだとバレて囲まれてとても大変な目に遭い、剰え腕を折ってしまったのだけれど。

「半兵衛様、私の腕見えてます?」
「んー?見えてる見えてる。痛い?痛いの?何で怪我してんの?」
「痛っ!!何してんですか痛い!!片手で書状書くの大変なんですから邪魔しないでくださいよ!!ていうかこれ、アンタの仕事なんですけどね!!」

苛めかと思う、なんで怪我してまで働かにゃならんのか。筆は辛うじて握れても、紙が押さえらんないんだから字なんて書けやしない。まあ、文鎮とかを多用してなんとかしますけども!そして半兵衛様が気にせず叩いてくる腕が、痛い、い・た・い!響く!!骨!!折れてるから!!



「卿は三春にもう少し優しくしてやったらどうだ」
「えー?充分優しいよおれ」
「!!もっと言ってやってくださいよ官兵衛様!!この人ほんと、鬼畜!鬼ですよ鬼!!」

同じく羽柴に臣従した黒田官兵衛とは気が合うようで、半兵衛様はよく彼を部屋に連れて来た。官兵衛様は見かけによらず凄く良い人で、私は何度鞍替えしたいと思ったか知れない。

「うぅ・・・官兵衛様、もう私のこと引き抜いてくださいよう、やだこの人…」
「ふーん、そんなこと言っていいのかな、三春」
「ぎゃっ!半兵衛様居たんですか!!」

神出鬼没の半兵衛様は私が他所に助けを求める度に現れては仕置きをする。もう、ほんとヤダこの人・・・と泣く泣くいつも敵わないと理解するのだ。









「半兵衛様!!!」

戦中、突然喀血した彼はその発作から倒れこむようにして、その隙を相手方が見逃す筈も無い。彼を襲う刃、それを防ごうとして弾くのでは間に合わないと思った時には、勝手に身体が飛び出していた。

「みはる・・・?」

胸部にはしる衝撃は、熱。
痛みよりも噴き出るものの熱さを感じ、私はそのまま崩折れた。熱い、あつい、そして痛い、いたすぎる。指一本も動きそうになく瞳を動かすのも億劫な中、視界の端に黒い手が敵を薙ぎ倒すのが見えて、嗚呼、これで半兵衛様は大丈夫だとただ自然とそれだけを思った。

「半兵衛ッ!!」
「な、で・・・なんで、助けた!!!」

抱き起こされるというよりも、胸元を掴み上げるようにして私の身を起こした半兵衛様が叫んでいる。痛いっつてんだろばかやろー。刺さってる刀抜けたら私、たぶん事切れちゃうんですけど。いやまあ、元気そうでよかった。このところ体調が悪そうだったから、ずっと心配だったんですよ。

「いつも・・・いつもそうだ、三春は、俺は助けてくれなんて、言ってないじゃんか・・・ッ」

半兵衛様の顔が私の肩に埋まって、その小さな頭が震えているような感触がした。憎たらしいまでの小顔のくせして一体どうしたというのだろうか。この後に及んで私の顔の大きさと比べて嘲笑おうってんですかね。ちょ、ちょっと。肩濡らさないでくださいよ。これ数少ない一張羅なんですけど・・・らしくないですよ、と声に出して馬鹿にしたいのだけれど、そんな力はもう残っていなくて。

「俺のことなんか、嫌いになって離れればよかったのに・・・きみを完璧に突き放すことの出来なかった、中途半端だった俺の、弱さ、かな・・・」
「半兵衛、三春は・・・」

わあ珍しい、半兵衛様が泣いてるなんて。いつも私の事なんてどうでも良さそうだった癖に、最期ばかりは泣いてくれるんですね。ちょっとだけ素直に言うとね、そんなに貴方が悲しんでくれるのが、私はとても嬉しいですよ。酷かな。ずっと、貴方に拾われた時から、貴方の為にこの命を使いたかったから。私は本望なんですよ。だから、だから・・・泣かなくたっていいのに。笑ってくださいよ。いつもの悪戯っ子みたいな、年齢をさっぱり感じさせない笑顔でもって。やっぱり声は出そうにないから、代わりにゆるりと口角を持ち上げる。貴方の笑顔を見せて欲しいと、だめだなあ、伝わらないなあ。

「っ、みはる、逝かないでよ・・・」

余計に泣いちゃった半兵衛様がぎゅう、と抱き締めるから、近くに寄った頭に鼻先を擦り付ける。幸せでした、私は私の命に満足でしたと、これで伝えられるかな。

「みはる、」

顔を上げた半兵衛様に、再度口角を持ち上げて見せる。さっきのより上手に出来てる?目元も緩ませたつもりなんだけど、出来てる?ああ嗚呼、お顔が酷いことになっていますよ。私の下手くそな笑顔よりも、ずっと酷い。貴方のそんな酷い顔見たの、私が初めてなんじゃないですか?ほらしっかりして、これからはお傍に居られないけれど、さっさとその情けない顔をどうにかして、それからお身体を大切に、どうかどうか、長生きしてくださいね。あの世で会うのはずっと先、その年齢を感じさせない童顔が、流石に老けたと分かるくらいになってから、なんて。すうっと遠退く意識の中で、只々、貴方の幸せだけを、祈って。



「三春ッ!!!」

半兵衛の咆哮が響く。腕の中の彼女は既に事切れて、その亡骸に縋る男が、随分と前から彼女のことを想っていたのを官兵衛は知っていた。
いつも戦では半兵衛を守るべく盾になろうと無茶をする彼女に、そうさせない為に辛く当たったり、怪我の治りを少しでも遅くして、戦に出陣出来なければ良いと足掻いたり。けれど突き放すことだけは出来なかったのは、彼女の傍に居たかった半兵衛の想いの所為で。今回の戦とて、半兵衛から離れた位置に配置した筈であったのに、いつの間にやら。どうしていつも彼女は、己を守ろうとしてしまうのかと嘆いていた彼の、半兵衛の命を護って、此度ばかりは本当に逝ってしまった。

「みはる・・・」

三春は、半兵衛の想いを全く理解することなどなかったけれど。彼女の半兵衛を護りたいという想いは、彼の"それ"と酷く似通っていたと、側から見ていた官兵衛は思っていた。あと少し、互いに素直になっていれば。なんて、お互いそんなことできない性分であったのも、分かっているけれど。
最後まですれ違ってしまった想いは、伝わることなく、交わることなく、その胸の裡に押し込められたまま、戦の中に散っていくのだろう。

「・・・半兵衛、」
「分かってるよ官兵衛殿・・・まだ、終わってないもんね」

彼女の身体に刺さったままだった刀を抜いてやり、まるで大切なもののように腕に抱いていた彼女を近くの茂みにそっと横たえて、そして再び立ち上がる半兵衛の背は、病のそれの所為だけではなく・・・酷く頼りなく見えた。

20170330修正



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